思い出のスマホケース
「結衣、申し訳ないけど、後はお願いしても大丈夫?」
時間は11時を少し回った頃。スマホの手続きが終わり私達はお店を出ると、直後に優仁が口を開いた。どうやら、この後、木原さんと打ち合わせがある様で「こもれび」に戻らなければいけないらしい。
「わかった。この後、小華のスマホケースとか買いに行こうと思うけど、お金は後で精算でいい?」
「うん、それで良いよ。一旦、結衣の方で払っておいて。小華さんと優理も、申し訳ないけどよろしくね。それじゃ。」
時間にあまり余裕がなかったのか、優仁はそそくさと立ち去っていった。
「結衣 姉、この後どうするの?」
優理が僅かに小首を傾げながら言う。
「そうだね〜、小華のスマホが生身なのはどうにかしないとね。ケースと画面フィルムを買いに行こうと思うんだけど、小華、大丈夫?」
「はい、予定ありませんし、お願いします。」
「駅前まで行くー?家電なら、たしかノジマあったよね。」
優理が「こもれび」の最寄り駅前にある家電チェーン店を提案してくれた。
「どうせなら新宿行かない?品揃えも間違いないし。」
「新宿!いいね、久しぶりに行きたい!美味しいもの食べたい!」
優理のテンションが上がってきた様で若干興奮気味だ。軽くジャンプしたおかげで、頭の横で簡単に結んでいるサイドテールが可愛く揺れている。
「小華も新宿で大丈夫?なんか勝手に決めちゃったけれど……。」
「いえ、大丈夫ですよ。それに、いづれケースとかフィルム?は必要なんですよね?」
「うん。擦れて傷ついたり、落として画面を割ったりしないようにあった方が良い。それにケース付けると可愛くなるしね。」
それから私達は電車に乗って新宿へ向かった。徒歩含め30分程度で新宿駅に着いたが、土曜日ということもあって、駅構内はかなり人が出ていた。結衣曰く、スマホケースの品揃えはヨドバシが豊富らしいので、新宿西口方面へ向かったのだが、きっと私一人では駅から出ることすら出来なかったと思う。それくらい、駅構内は迷宮だった。私も、ずっと都内住みなので電車にはそれなりに乗り慣れていると思っていたが、新宿や大手町などの大きな駅は殆ど行ったことが無く、今どこにいるのか、どこに向かっているのか分からない。軽快に進む結衣と優理の後ろ姿に一生懸命について行く。二人とも人を避けるのも上手く、人混みに慣れている事は明らかだった。ふと、優理がチラと後ろを振り返り私の方を見やる。私が二人に後れを取っている事に気付いたからか、優理は私に近寄ると、自分の右腕を私の左腕に巻きつける様に抱きついてきて、「こっち、こっち」と結衣の後方へ導いてくれた。優理の温もりが伝わってくると同時に、サイドテールの先端がちょうど私の鼻先に触れてくすぐったい。甘くてとても良い香りも、ふわりと鼻先を撫でた。私の髪と同じ匂いだと思った。今は私も優理も、結衣のシャンプーとコンディショナーを拝借しているので、当然と言えば当然だった。
私達は、スマホ関連の商品を扱っているヨドバシの建屋に着くと、優理は一目散に何処かへ行ってしまった。きっと興味がある物が沢山あるのだろう。
「優理ったら、全く」
結衣がやれやれと言った感じで項垂れている。今日は制服を着ていないので、結衣の印象がまた違って見えていた。黒のスキニーに、白いTシャツの上からグレーのジップパーカーを羽織っている。両手をパーカーのポケットに入れた立ち姿は、黒髪ショートのボーイッシュな彼女を、よりハンサムにさせていた。私はと言うと、以前、結衣と優理と3人でユニクロに行った時に選んで貰った、淡いグリーンの膝丈下ほどのレーススカートに、襟元に控えめなフリルをあしらった白のブラウスだった。これまででは絶対にしない格好なのだが、休日の外出だったので思い切っておしゃれをしてみた。本当は、優理一押しの白のワンピースもあったが、優理が水族館に行くときにこれを着て欲しいと言っていたのを思い出し、それまではクローゼットに仕舞っておく事にした。
「さて、小華のスマホケース探そっか。どんなのがいい?」
「どんなの……ですか?う〜ん。」
「あはは、最初は難しいよね。色々あるよ、手帳型とか、キャラクター物とか、あと芝生みたいな変わった物まで。」
「芝生?ですか?」
「そうそう。あぁ、これこれ。」
結衣と陳列棚を歩きながら話していると、確かに裏面に芝生の様な鮮やかな黄緑色の毛がびっしりと生えているケースがあった。サンプルがぶら下がっていたので手に取ってみると、サラサラと言う様な何とも言えない触感だった。
「不思議なケースですね……。」
「おっ、こういう変わったケースがお好み?」
結衣がからかう様な笑みで見つめてくる。
「え……いや……。これはこれで面白いと思いますが、ちょっと……。」
「あはは、冗談だよ。なんかスマホの緑色が気に入っていたみたいだけど、外観が見えた方が良いんじゃない?」
結衣が手に取って見せてくれた物は、全体が透明で少し柔らかな樹脂で出来たケースだった。確かにこれであれば、スマホの筐体をそのまま見る事が出来る。
「良いですね、これ。外観を邪魔しないので、リンゴマークもそのままです。」
「やっぱ中が見えた方がお好みなのね。ただ柔らかいTPU素材は劣化して黄ばむからなぁ……。」
「そうなんですね……。これはどうでしょう?」
私が気になって手に取ったケースは、縁が黒い樹脂で覆われていて、背面は透明なプラスチックになっているケースだった。さっきの少し柔らかな樹脂と違いハードケースになっていた。
「かっこいいね。黒縁だから締まるんじゃない?ちょっと嵌めてみようよ。」
私は左手に持っていた紙袋の中からスマホを取り出し結衣に渡す。結衣はサンプルに私の淡いグリーンのスマホを嵌めてくれた。思っているよりも、とても映えて見えた。甘い印象の淡い緑色が、黒縁に覆われることで締まって見える。可愛さの中に格好良さが包含されている様な印象だった。何と言っても背面にリンゴマークがしっかりと見えるのが可愛さを引き立てている。
「いいです……。これ、良いですね……。」
「うん、格好良いと思う。ちゃんと緑色も可愛いし。」
結局、一目惚れした黒縁の透明ハードケースにする事にした。毎度の事で、お金については「こもれび」に頼ってばっかりで申し訳ない気持ちで一杯なのだが、結衣が「私も浩も好きなもの買ってもらったんだから、小華だって同じじゃないと不公平でしょ。」と言ってくれた。この場は結衣がケースと画面フィルム(高強度のオススメの物を選んでくれた)の支払いをしてくれて、後で優仁に精算してもらうとの事だった。
「画面フィルムは、貼るのが上手い奴がうちにいるから頼んであげる。」
レジで会計を済ませ、何処かに行ってしまった優理を探しながら、結衣が教えてくれた。
「誰でしょう?橋本さんですか?」
「いいや、浩だよ。」
「下田さん?」
「うん。手先が器用なんだよ。なんかプラモデルとか良く作ってるし。」
「へ〜、そうなんですね。」
「よく、家電屋でもお金払うと上手く貼ってくれるサービスあるけど、それよりもずっと上手いね、あれは。優仁も田辺さんも、みんな浩に張ってもらってるんさ。私もね。」
「へ〜、意外な特技があったんですね。ただ星が好きなんだと思ってました。」
「あぁ、そうそう、よく知ってるね。夜な夜な流れ星見たり、望遠鏡覗いたりしてるね。」
「え……。えぇ、前に少し教えて貰って……。」
「へ〜、そうなんだ。」
星の話題を出した時、しまったと思った。結衣に、流れ星を浩と一緒に見た日の事がバレているのかと思った。全く隠すつもりはないのだけれど、どこか恥ずかしさがあって、バレないようにと振る舞ってしまう。少しわざとらしかっただろうか?変に思われただろうか?しかし結衣は、それ以上、追及はしてこなかった。
そんな話をしている内に、スマホを弄っている優理の姿が見えた。今日は、膝丈ほどのグレーのチェックが入ったプリーツスカートに、上は淡い水色系で可愛らしいデザインのトレーナーの出で立ちだった。日ごろの優理の気質にぴったりで、可愛さと活発さをより引き立たせる様なコーデだと思う。
「優理、あんたも懲りないねー」
結衣が、スマホに夢中になっている優理の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「わっ、結衣 姉!びっくりした!」
「スマホ、欲しいよね〜。気持ちは凄く分かるけれど、「こもれび」のルールがね……。」
「父さんにずっと言ってるけど、全く許可してくれないんだもん……。」
「あとは勉強で見返す作戦に持ってくかだね。例えば全教科100点とか。」
「全教科100点……。無理だよ〜。」
「いや〜小学生のテストなら、それくらいインパクトないと許可してくれないよ〜、優仁は。それに一回だけじゃ厳しいね。たまたま一回だけ頑張っただけじゃ、それを継続しないと。後で没収されちゃうよ。」
「もう無理じゃん!」
「そこをどう頑張るのかは、優理次第だね。」
優理は、半分べそをかいた様な表情で結衣に抱きついている。この二人のやり取りを見ていると、何とも微笑ましい気分になってくるのは何でだろう。血はつながっていないのに、どこかの姉妹よりも、ずっと姉妹らしいからだろうか。
「そういえば、ハナちゃんのスマホケース買えたの?」
「え、あぁ、はい。買えましたよ。ほら。」
私はさっき、結衣に買ってもらったスマホケースを見せる。
「えっ、なんかオシャレだね。黒縁ケース。なんかシック?な感じがして、落ち着いたハナちゃんっぽいかも。」
「ありがと。これ、背面が透明なので、ちゃんとリンゴのマークが見えるんですよ。」
優理は「いいね!ハナちゃんにぴったりだよ!」とニッコリと笑って言ってくれた。こうして、また3人での思い出が一つ一つと増えていく。どんなに時間が経っても、今日の出来事は頭の何処かに必ずこびり付いていて、スマホとケースに触れる度、優理のこの満面の笑顔を思い出せる自信が私にはあった。