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初めてのスマホ

 (コウ)と一緒に流れ星を見てからというもの、彼と顔を合わせるのが気恥ずかしい様で、嬉しい様で、とても面映ゆかった。朝食や夕食を食べる時は、いつも席が隣なので必ず顔を合わせるし、特に朝、彼が2階から降りてきた時に微笑を携えた表情で「おはよう」と私に声を掛けてくれるのだが、とても彼の顔を真っ直ぐに見ることができず、どこかに目線を逸らしてしまっていた。その度に繰り返す、ぎこちない「おはようございます」の返答は挙動不審極まりなく、彼に変に思われていないだろうかとか、可笑しな女と思われていないだろうかとか、嫌われていると思われていないだろうかとか、朝の電車の中で後悔と妄想のループに陥るのだった。

 浩と流れ星を見るイベントがあった週の週末は、スマートフォンを買ってもらう事になっていた。今まで触ったことがなく、憧れもあったので、何処か浮足立つ気分を抑えられなかった。買ってもらうと言っても、「こもれび」ではスマートフォンを法人契約をしている様で、あくまで所有は「こもれび」の日常的な運営を担っている団体側にある為、私には貸与される形になるとのことだった。通常であれば未成年の私がスマートフォンを所有するには、保護者の同意や許可などが必要となるので、まだ優仁と後見人(保護者と同様な法的な手続きが可能になると、以前木原さんが言っていた)になる手続きが完了していない私にとっては、そもそも契約が難しいかもしれない。ただ結衣や浩も同様らしく、結局のところ費用だったり、各スマホの契約だったり、各々の使用状況の管理だったりと、「こもれび」の様な団体の場合は、法人契約の方が何かと都合が良いのだと優仁が言っていた。

「小華さん。この前、結衣からも言われたんだけど、スマホ欲しいなら週末買いに行こうか?」

 木曜日の夜、夕飯を食べ終わり、食器の片付けも一通り終わった所で、みんなでお茶を飲みながらのんびりしている時間だった。優仁(ユウジ)が、食後のコーヒーを啜りながら言う。

「え。あ、はい……。でも絶対とかではなくて、これまでも平気だったので、無くても生活はできます。でも、やっぱり憧れみたいなのがあって……。」

「あはは、大丈夫。「こもれび」のルールで高校生になったら持って良い事にしてるから。上の児童相談所と自治体にも話して許可も貰ってるし、そういう予算も組んでるしね。」

「本当に良いんでしょうか……。」

「大丈夫、大丈夫。私も浩も、当たり前の様に使ってるんだから。」

 いつものダイニングキッチンの長テーブルで、私の正面に座った結衣が、紅茶の入ったマグカップを手を添えながら朗らかに言った。結衣(ユイ)が紅茶を啜るのに合わせて、私も同時にマグカップを口に運んだ。今日はアップルティーにしたので、リンゴの香りが口内から鼻腔へ抜けていった。この場に浩は居なかったが、きっとお風呂に入っているのだろう。今はちょうど男子の時間だった。お風呂場の方から、(イタル)和人(カズト)の元気な喧騒がぼんやりと聴こえてくる。私の隣では優理(ユリ)が、「いいなー、スマホ。私もほしいなー。父さん、小学生もOKにしてよー」と駄々をこねていた。優理は、ミルクティーを飲んでいたが、さっきミルクと砂糖をたっぷり入れている所を見たので、きっととても甘いだろう。

「いやー、ちょっと上の許可を貰うのが難しいよ……。高校生は、卒業したら就職する人もいるから、これからの時代、社会人になる前の練習も必要かと思って許可を貰ってるのであって、娯楽とか遊びだけの理由だと厳しいかな……。」

「えー、ケチー」

 優理の頬を膨らませた不満顔が可愛くて、少しほっこりした。

「小華さんは真面目だから大丈夫だと思うけど、使いすぎたり、遊びすぎたりしないように。僕も何でも駄目にするんじゃなくて、世の中に出ていく為に必要な事は、学生の内でも経験とか勉強をしといた方が良いって考えているから、児童相談所と自治体にも相談してスマホを持っても良い許可と予算を貰えたのであって、それを忘れないで欲しいな。」

「はい、分かりました。」

 優仁に改まった表情で言われてしまうと、何だか使うのが億劫になる。スマホでどんな事が出来るのか、まだ全然分からないが、そこまで言われると慎重にならざるを得ない。

「って、優仁は言ってるけど、そんなビビらなくても大丈夫だよ。意外とゆるゆるだから。普通に使ってたら問題ない。連絡手段である事と、あとはYouTube見たり、インスタやったり、ゲームしたり。あ、あと勉強の決まりもあったっけ?」

 結衣はそう言っているが、肌感が分からないので、何が何処まで許されるのかイメージが沸かなかった。

「そう。あくまで学生は勉強が本分なんだから、スマホが原因でテストの成績が悪くなる一方だったら没収もあり得ます。別に点数がいくつ下がったとかは決めてはいないけど、そこは状況に応じてね。」

「これ聴くと真面目な小華はビビっちゃうかもだけど、ほんと大丈夫だから。」

「はい……」

「結衣、小華さんにスマホの使い方、教えてあげてね。小華さん、初めてだから。」

「おっけー。最初からそのつもりだから。」

 辛い一週間をなんとか乗り切り、待ちに待った週末の土曜日、優仁と結衣、優理の4人で近所のスマホショップに行った。このイベントがあったからこそ、毎日学校を休まず早退せず、通えていた節は否めなかった。今回のスマホは法人契約なので、所有は「こもれび」を主に運営している団体(主に優仁が運営している民間団体で、「こもれび」の運営は自治体から委託されているらしい)になり、優仁が手続きなどをしてくれるとの事だった。店内に入ると賑やかなBGMと共に、煌びやかなスマートフォンの広告や様々な機種のサンプルの光景が目に入ってくる。これまで私には縁遠い場所であったが故に、目に映る全てが物珍しく見えた。光景のほとんどが気になってしまい、目から入ってくる情報と脳内の処理が追いつかなかった。

「なんか気になる機種とかあるの?」

 店内に入るやいなや、優仁がそれとなく聴いてきた。

「いや……。それが全く知らないんです。何が良いんでしょう。橋本さんは、なに使ってるんですか?」

「僕は、この青いスマホ使ってるんだけど、あぁこれこれ」

 優仁は、ポケットから自分のスマホを出して見せながら言うと、ある一角のブースに近づいていく。パネルには大きくスマホの機種名が掲げられており、その下にはサンプルが整然と並んでいた。各色、それほど色が濃くなくパステルカラー様で、淡い色彩がおしゃれな印象だった。

「へぇ〜。なんかおしゃれですね。」

「ね。僕は薄いブルーを使ってるんだけど、けっこう使いやすいよ。でも最近の高校生はリンゴマークのスマホの方が良いんじゃない?」

「あぁ最近、新しいのが出た奴ですかね?ニュースでやってました。」

「そう。なんか、そっちの方が高校生の間では人気みたいだよ。浩も結衣も使ってたと思うけど。」

 優仁はそう言って首を左右に振り周囲を見渡すと、リンゴマークのスマホブースを見つけたらしく「こっち、こっち」と手招きする。すると、入店直後くらいから姿が見えなくなっていた優理と結衣の後ろ姿が、そのブースの一角にあった。優理は、展示されているスマホを手にとって何やら弄っている様だ。

「なんだ二人とも、いつの間にか居ないと思ったら、ここに居たんだ。」

「ごめん、ちょっと最新のが気になっちゃって……。」

 優理と一緒にスマホの画面を見ていた結衣が振り向く。

「結衣、小華さんのスマホ、やっぱりコレの方がいいよね?高校生は、みんな使ってるみたいだし。」

「う〜ん、そうだね……。私の周りだと全員って訳ではないけれど、やっぱり多いね……。」

 目の前のブースには、様々なカラーバリエーションの筐体が整然と並んでおり、金属のボディに合わせたメタリック様の光沢のある色合いが印象的だった。特に淡い緑色と背面に描かれた齧られたリンゴのマークが可愛くて、目を惹かれてしまった。

「これ、女子高生に人気なんですね。」

「うん。ほとんど皆、これしか使ってないかも。」

「やっぱり、使いやすいからですかね?」

「う〜ん。私、他のスマホ使ったことないから比較できないけれど、でも普通に使いやすいよ。あとデザインも可愛いし。選べるケースが沢山あって、可愛いのが選び放題ってのも理由かもね。」

「そうなんですね……。」 

「小華が気に入った物を選ぶのが一番だと思うけれど、今日一日で見極めるのは難しいだろうし、見つからなかったらiPhone選んでおけば間違いはないと思うよ。」

 結衣の助言通り、他のスマホも一通り触ったり、操作してみたりしたが、頭の片隅には淡い緑色のスマホがあって、それを超える機種は最後まで見つからなかった。

「やっぱり、これが良いです。」

 私はリンゴマークのあるブースに戻り、淡い緑色の筐体を手に取る。サイズ感も色合いも良く、そして何と言っても背面の齧られたリンゴマークが可愛かった。

「いいね!その色、ハナちゃんに凄く似合うと思うよ!」

 優理が屈託のない笑顔で距離を詰めてくる。優理は今日一日スマホに夢中で、ほとんど単独行動をしていたので油断してしまっていた。彼女は本来、こういう距離の詰め方をするのだった。

 優仁が「それじゃ、手続きしちゃいましょうか。」と言うと、それから1時間弱で手元にはスマホが入った袋を抱えていた。私には絶対に手に入らないと思っていた物。贅沢品。両親のもとでは決して触れる事すら出来なかった物。私達は店を出ると、私は優仁に深くお礼をする。優仁は「いいよ。いいよ。気にしないで。」と言うが、今まで自分が欲しいと思う物を買ってもらった試しは全く無くて、これから生活の可能性が広がる事を想像するだけで胸が高鳴るのであった。

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