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セーラー服

 朝、起きると時計は7時を指していた。昨日の不安や久しぶりの登校という事もあって、気が立っていたのだろう。いつも7時半に設定している目覚まし時計よりも早く目が覚めてしまった。ベッドの上で重い身体を起こすと、両手の手のひらで顔を覆う。胸の奥底に、鈍重な憂鬱と不安が澱の様に溜まっていた。どうも朝は調子が良くない。平日は特に。手のひらの中で目をぎゅっと固く閉じる。そして昨日の夜中の事を頭の中で何度もリフレインする。結衣(ユイ)が私を励ましてくれたこと。週末、結衣と優理(ユリ)と3人でお出掛けをすること。もしかしたらスマホを買ってもらえるかもしれないこと。そうやって、胸の奥底に澱の様に沈んでいる負の感情を少しずつ、少しずつ追い出していった。そして顔から手のひらを離し、瞑った目を開く。カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいた。今日は、高校に行かなければいけない。そう考えただけで重くなる腰をなんとか上げると、ベッドから降りてカーテンを目一杯に開け放った。太陽の輝きが急激に差し込み、一瞬視界が真っ白になる。すぐに目が慣れると、窓の外には朝日に照らされた住宅街が広がっていた。いつもだったら清々しい気分になるのだろうが、今日はあまり気分が乗らなかった。

 しばらく朝の閑静な住宅街を見つめていたが、制服に着替えることにした私は、レース生地のカーテンだけを閉めて外からは見えない様にする。そして寝間着の上下を脱ぎベッドに放り投げると下着姿になった。部屋に備え付けてある姿見(部屋の入口を入って左手の壁にある)には、私の貧相な身体が写し出されていた。とてもじゃないが綺麗な身体とは到底思えなかった。生肌に残る傷跡もそうだが、単調な淡い水色のブラに包まれた情けない二つの膨らみは、未だ道半ばだった。ウエスト周りのくびれも、お世辞にも女性的とは言えずメリハリが殆ど無い。身長は153cm、ブラと合わせた淡い水色のショーツから伸びる足は短く、低い身長も相まってずんぐりと見えてしまい、未だ幼児体型から脱しきれていない印象だった。こんな私でも、女性的な身体に憧れがないと言えば嘘になる。結衣は身長が高くて(以前165cmと言っていた)スタイルも良く、着衣越しでも分かる女性的な凹凸は魅力的だった。それに顔立ちも整っているし、勝ち気な面持ちに黒髪のショートカットがとても似合っていた。そこに制服を着こなし女子高生としての魅力をふんだんに醸し出している。いつの間にか結衣に憧れている自分がいた。

 私は、ハンガーに掛かっている制服に手を伸ばした。まず濃紺のプリーツスカートの脇に付いているホックとファスナーを開いて足を通す。丈はちょうど膝丈ほどで短くも長くもない印象だった。次にブラの上に白いキャミソールを着た後、冬服の脇にあるファスナーを開き、頭から被るとファスナーを元に戻した。ほぼ新品の濃紺のセーラー服は、思っていたよりもサイズ感は丁度よい。そして深みのある赤いスカーフを細長に畳むと、背中から回し首元に結ぶ。中学校でもセーラー服だったので結び方には慣れていた。改めて姿見を前にし、背中を何度か振り返り、変な所はないかを確認する。振り返る度に、特徴的な白いセーラーカラーが左右に揺れた。最後に、ネイビーの靴下を履くと、以前、買い物に行った時に優理に選んでもらった櫛で寝癖を整える。時計は7時15分を指していた。「こもれび」の皆は7時半に起きるので、先に洗面所(洗面所は2階の浩の部屋の目の前にもある)で洗顔や歯磨きを済ませようと思い扉を開けると、既に洗面所の前では結衣が歯を磨いている所だった。

「むっ、もはよう」

 口に泡を含んだままの結衣は、覚束ない口調だったが、「おはよう」と言っている事は理解できた。

「おはようございます。結衣さん、早いですね。」

「まあ7時半過ぎると、みんなバタバタし始めるからね。先にゆっくり準備してるんさ。」

口をゆすぎ終わった結衣は、いつものブレザー姿で一通りの準備が終わった様子だった。

「セーラー服いいね。似合ってるじゃん。」

「そうですか?ありがとうございます。」

「優理が見たら、絶対かわいいって抱きついてくるよ。」

「確かに……。絶対来ますよね……。心の準備をしておきます。」

「うん、突然くるからね。そうしたほうがいいよ。」

 私は洗面所で顔を洗い、歯を磨き、もう一度髪を簡単に整えると、結衣と一緒に1階に降りる。1階では、優仁が朝食の準備をしていて、トーストの焼ける香ばしい匂いが広がっていた。

「おはよう。小華さん、昨日はよく眠れた?」

「まあまあ、ですかね……。久しぶりの学校でちょっと緊張しちゃってて。」

「そっか。今日は、あんまり無理せずに慣れること最優先で。担任の先生には事情を話してるから、体調が悪くなった時は帰ってきても大丈夫だから。」

「ありがとうございます。その時はそうします。」

「そうそう。放課後は寄り道しないで、真っ直ぐ帰ってきなよ。優理と待ってるからさ。」

 結衣が、ブレザーの上にエプロンを着た姿で私の肩を軽くポンポンと叩いてきた。私も一緒に手伝おうと思い、余っているエプロンを手に取ると、ちょうど7時半になったのだろう。色々な部屋から、色々な目覚ましの音色が聴こえてきた。ぞろぞろと子供たちが部屋から出てくると、洗面所に行く子、トイレに行く子と各々が準備をし始める。まだ小学3年生の子もいるのに、皆とても自立していた。優理も寝ぼけ眼で「おはよ〜」とダイニングキッチンに入ってきた。そして私の姿を見るやいなや、表情がパッと明るくなり「ハナちゃん、セーラー服かわいいね!」と言って私の懐に迫って来る。優理の黒髪は寝癖でボサボサだった。横では結衣がクスクスと笑いながら、スクランブルエッグを皿に配膳している。

「結衣 (ねぇ)、なに笑ってるの??」

 優理が私の胸に抱きついたまま横を向き、ジト目で結衣に投げかける。

「いや。小華とさっき話した通りになってさ。可笑しくて……。」

 私も何だか可笑しくて、クスクスと笑いが止まらなくなる。

「もぉ、ハナちゃんまで!」

「ごめんね。さっき、絶対に優理さん抱きついてくるよねって話してて……。その通りになったから可笑しくて……。」

「もお!いいじゃん!本当に可愛いんだから!」

「優理さん、ありがと。ご飯の配膳をするから、その間に準備してきちゃって下さい。」

 優理は私から離れると、とぼとぼと洗面所の方へ歩いていった。私は結衣と一緒に配膳を手伝い、テーブルに料理を運んでいく。一通り準備が終わりエプロンを脱いだ頃には、みんな身なりを整え終わり着席する子が増えていった。ブレザー姿の男の子、(コウ)も「おはよー」と二階から降りてきた所だった。

「おはようございます。」

「おっ、今日から学校?」

「はい、そうなんです。」

 私がそう言うと、後ろから結衣が私の制服を見せびらかす様にして、「浩。ほら見てごらん。セーラー服。かわいいでしょ?」と、浩をからかうのだった。私は、男の子に自分の姿をまじまじと見られている事に恥ずかしくなってしまい、一気に顔が熱くなった。きっと赤面もしているはずだ。

「え……。いや、べつに……。似合ってる……と思うけど……。」

「めっちゃ。狼狽えてるじゃん。」

「うっさいな……。」

「小華、かわいいでしょ。制服、似合ってるもんね。」

「か、わ……いい……。と思うよ……。」

「はいはい、よくできました。最初から、かわいいって言っとけばいいのよ。」

「はぁ〜。もう分かったから……。」

 浩は諦めた様に溜息をつきながら項垂れた。心なしか顔もほんのりと赤くなっている様に見えた。私も可愛いと言われた事に、心臓が強く拍動してしまって全く言葉が出てこない。

すると優仁が、「さ、みんな席に付いて。結衣も、浩をからかってないで朝ご飯たべよう。」と促し、みんなで「いただきます」をした。

 朝ご飯のトーストは、浩の隣と言う事もあって終始緊張してしまい、ブルーベリーのジャムを塗ったのに全く味がせず上手く飲み込む事が出来なかった。ご飯を食べ終わった後、結衣が「さっきはゴメンね。小華が可愛かったから、ちょっと浩をからかいたくなっちゃって。」とこっそり謝ってきた。私としては、別に嫌な思いをした訳では無いのだが複雑な気持ちだった。

「ああいうのに慣れてなくて……。ちょっと緊張してしまって……。」

「ほんとゴメン。今度からは、ほどほどにするから。」

「結衣 (ねぇ)、ハナちゃん困ってるじゃん。ほどほどにって辞める気ないし……。」

「だって浩をからかうのは何時もの事だし……。」

 みんな学校に行く準備を整えると、一斉に外へ出る。いつもの光景だったが、今日は見送る側ではなく見送られる側だった。みんなで「行ってきます」を言うと、優仁が「行ってらっしゃい。気を付けてね。」と手を振りながら返してくれる。私以外の皆は、徒歩で通える距離に学校があったが、私は電車で行く必要があり駅まで向かわなければいけない。途中で皆と別れる事になった。

「ハナちゃん、早く帰ってきてね!放課後、一緒に遊びにいこー。結衣 (ねぇ)と待ってるから!」

「わかった。できるだけ早く帰ってくるね。」

「小華、無理しないようにね。」

「はい、ありがとうございます。」

 皆と別れ、少し道を進んだ後に、ちょっと気になり後ろを振り返ってみたら、まだ優理が一生懸命に大きく手を振ってくれていた。きっと私の姿が見えなくなるまで手を振るつもりなのだろう。そんな健気な姿が可笑しくて、少し笑ってしまう。私は、大きく手を振り返した。

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