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八話 白翼

 「ぎるど……は、くよく?」

 「はい、華鈴様にお聞きしたいのですが、ギルドと言うのがどういうものなのか、ご存じですか?」


 蘭さんの問いに、私は咄嗟に首を横に振ります。

正直蘭さんと二人でいるこの状況ですら、今の私には恐怖と不安で仕方ありませんでした。


 蘭さんは見ただけでは、武器などは見えませんが、ここは異世界であり、何が起こるのかは私の中の常識を悠々と超えています。


 蘭さんがその気になれば、私の命なんて軽々と奪うことが出来るでしょう。

笑みを浮かべて、私を見続けている蘭さんの姿は、私にとって恐怖の対象でしかありません。


 少し震えて、震えがおさまらない身体を抑えるように、両腕を交差させ、震える肩を掴んで、自分の身体を抱き締めます。


 「怖いですか? 私は」

 「…………すこ、し」

 「そうですか。 それでは、少し失礼します」


 蘭さんは笑顔を消した後、私に向かって早歩きで向かって来ました。

距離を縮めてくる蘭さんに私は目を瞑って、腰を後ろに引いて、身体を縮こませます。


 しかし、恐怖で動かなくなっていた私の身体を温もりが包み込みました。

突然感じた温もりに私は素早く目を開けました。


 目を開けた目の前には誰もいませんでしたが、目線を下に下げると、私のお腹には手が重なっており、後ろから巻き付けられていました。


 首を後ろに捻って、後ろを見ると、蘭さんが私を後ろから抱きしめていて、私のことを見つめていました。

恐怖の感情は消えていませんし、不安な心も存在しています。


 しかし、この温もりから、離れたくないという思いが、私の中で強くなり、恐怖と不安を消していきます。

蘭さんは手で私のお腹を優しく撫でながら、身体を密着させてきました。


 「これで、どうですか? びっくりさせてしまい申し訳ございません。 私はこの方法しか落ち着かせる方法を知らないので」


 耳元で囁かれる蘭さんの落ち着いた私の声よりも低い、ですが透き通るような綺麗な声が、私の心をさらに落ち着かせてくれます。


 「…………ごめん、なさい。 おかげさまで、落ち着きました」

 「そうですか、よかったです」


 蘭さんは私から、手を離し、私を解放しました。

抱擁が無くなり、温もりが消えた私の心は、恐怖とはまた違う感情に染まりました。


 恐怖も不安ももう無いはずなのに、私の身体にポッカリと穴が空いて、失った感覚が私の中で生まれて、それが強く残っています。


 「華鈴様、どうかなさいましたか?」

 「!…………ぃえ、なんでもないです」


 私のことを覗き込むようにして、声を掛けてくる蘭さんに、私は直ぐに言葉を返して、蘭さんを見つめます。

未だ温もりを持った身体に、寂しさを感じながら、私は口を開きました。


 「それで、ギルドとはなんですか?」

 「はい、ご説明させて頂きますが、その前にベットへ。 まだ華鈴様は怪我人でありますから、経ち続けるのはよろしく無いかと」


 蘭さんは、私の右手を持ち、ベットの元へゆっくりと引っ張って来ました。

私の身体は、蘭さんにより、引っ張られた方向に動かされ、そのままベットへと座らされました。


 よく見ると私の身体は、両腕だけで無く、両足まで包帯で巻かれており、肌の色は白色の布に包み込まれていました。

今になって、私は自身の身体からくる痛みを感じ、顔を顰めてベットに更に深く腰を落としました。


 蘭さんは、私がベットに腰を下ろしたのを見た後に、ゆっくりと口を開きました。


 「ギルドとは、冒険者が集まり、出来た軍団のことを言います。 二人以上であれば、ギルドとして認められ、冒険者協会で登録することが出来ます」


 蘭さんは丁寧な口調で、私に分かりやすいように、ゆっくりと説明してくれました。

私は口を閉ざして、蘭さんから、自分の手に目を移します。


 「そして、冒険者についても説明いたします。 分かりやすく言うなら、依頼をこなし、お金を稼ぐ人達のことを言います」

 「依頼、ですか」

 「はい、例えばモンスターを倒したり、指定された素材を集め、指定された量を集めて納めたりなど、依頼は様々です。 さらに、依頼にはクラスが決められており、高くなればなるほど、危険度が上がり、命を落とす可能性が高まりますが、報酬も相応の量と…………華鈴様、どうなさいましたか?」

 「ぇ……、?」


 蘭さんが話を一度止め、私の方に近付いて、私を見つめて来ました。

蘭さんは私の肩に手を置いて、目線を合わせてきました。


 「お身体が震えております。 さらに体温が低くなっていますし、顔色も良くありません」

 「平気です。 少し、思い出したく無いことが、浮かんだだけなので」


 私の頭の中に私が殺して来たゴブリンの姿が浮かび上がって来ます。

二度と思い出したく無い、私にとって消えて欲しい記憶が、頭の中に浮かび上がり、身体中で駆け回るようにあの時の、感覚が、感触が、広がって行きます。


 「…………お話は聞いております。 華鈴様は、お一人でキングゴブリンを討伐した、と」


 その言葉に私の身体は反応して、少し震えます。

消したい記憶を蘭さんは、止めることをせずにそのまま言葉を続けていきます。


 「素晴らしいです華鈴様。 キングゴブリンは討伐依頼に載るモンスターをなので、この後冒険者協会で」

 「名誉じゃないです!!」


 私はベットから飛び出るように起き上がり、声を荒げて蘭さんの言葉を遮ります。

蘭さんは目を見開いて、口を閉ざし、私のことを呆けた表情で見ていました。


 しかし、私はそんな蘭さんを無視して、言葉を続けます。

今まで溜めてきたモノを全て解放するように。


 「他の生物から命を奪うなんて、そんなの名誉な訳が無いじゃないですか!? そんなのが名誉な訳がっ、!」

 「華鈴様」


 蘭さんの凛とした声が響き渡り、続けようとした私の言葉は消され、口は閉ざされました。

蘭さんはその声のまま言葉を続けました。


 「華鈴様はとてもお優しいですね。 しかし、話の通じない相手に、どう対応するのですか?」

 「っ……そ、れは」

 「恐らく、華鈴様も見たことがあると思われます。 その目で、モンスターに命を奪われる姿を」


 私は目を下に向けて、顔を俯かせて、目を瞑ります。

浮かんでくるあの時の、ゴブリン達に目の前で、何度も刺され、殴られ、四肢を奪われ、誰かも分からないほどの肉塊へと変えられた男性のあの姿が、今も明確に浮かんできます。


 「それが、理由です。 さらに、モンスター達はどんどんと数を増やしていきます。 もし、その数を放っておけば、いつかは小さな村、もしくは今私達がいるこの大きな町ですら、襲われて壊滅させられてしまうのです」


 両手を握り締めて、唇を噛みます。

モンスターを殺さなければ、いずれ人の命が失われるのです。

そして、私の命も。


 死にたくない、生きたい、私の中で何度も反響し続ける心の想いが、溢れ、心だけで無く、身体に広がっていきます。


 「……心が落ち着いたら声を掛けてください。 このギルドのリーダーの元に行来ますので。 私は右隣の部屋で華鈴様の服などの準備を」

 「行きます」

 「華鈴様?」


 私は蘭さんの言葉を遮って、声を発します。

殺すことに躊躇いもありますし、あの時の感触や感覚は消えません。


 しかし、生きる為に私は、私の出来ることをします。

それが、どれほど人から離れたことであろうとも。


 「私を、蘭さんの言うリーダーさんの元に、連れて行ってください」


 私は、蘭さんの瞳を瞬き一つすらせずに、睨み付けるように、目を向けました。



 私はもう人殺しであり、命を奪った汚れた人間です。

しかし、だからこそ、どれほど蔑まされようと、私は自分が生きる為なら、全てを犠牲にしてでも抗い続けます。


 だから、利用させて頂きます。

ギルド『白翼』さん。

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