四話 揺れる覚悟
人間は変化を嫌う生き物であり、それは私も同じです。
何故なら人間は何も変化のない方が好きだからです。
気が楽で、同じ様にすればいいだけであり、わざわざ対応を変える必要も無いのですから。
しかし、その変化に一度慣れてしまい、流れる様に行動できる様になれば、苦も何も感じなくなります。
「三匹、ですか」
木の陰に隠れてその影から少しだけ顔を出して、奥にいる何か話しているゴブリンを見て、数を数えます。
こちらには気づいていない様で舌があるのにろくに動いていない潰れた様な声を発して、機嫌良さそうに話していました。
私が進みたい方向なのですが、邪魔だと、思いました。
「殺しますか」
そう考えついた私は、左手に持っていた死体を地面に置き、斧を持つ右手に力を入れます。
そして、音を立てないように足を曲げて、腰を下ろし、左の膝を地面に付けます。
左手を伸ばして地面に置いてあった少し大きめの石を手に取ります。
その石を握り締めた後、私は木の陰から左手だけ出して石を適当に投げました。
当てるつもりもなく、ただあそこにいるゴブリン達の近くに投げます。
石はそのままゴブリン達とは大外れの草むらに落ち、草を潰す様な音を立てました。
その瞬間、ゴブリン達は音に反応し、先程落ちた石の元を見て、話を止め、後ろを向きら背中を向けました。
その瞬間に私は木の陰から飛び出て、一番後ろに居て、私に近いゴブリンに向かって走り、右手だけで持っていた斧を両手で持ち、後ろに引き、背中を向けて隙を見せているゴブリンの頭目掛けて斧を背中から上に上げて振り下ろしました。
振り下ろした斧はゴブリンの頭を軽々と斬り裂き、肉を破壊して、ゴブリンの脳みそを守っていたはずの骨すら破壊し、脳を潰し斬りました。
脳を破壊されたゴブリンはまるで糸が切れた人形の様に身体が崩れ、身体は地面に倒れ落ちました。
飛び出てきた血が地面に血が飛び散り、私の顔や手、そして身体に付き、元々返り血が付き、黒くなっていた服を赤く染め直されました。
「ゲヒャッ!?」
「ようやく気づいたんですね。 もう遅いですけど」
一匹やられてようやく気付いたのか他の二匹も後ろを見てきました。
しかし、もう遅いです。
二匹目は頭はもう間に合わないので未だ呆気に取られて動けていないゴブリンの首目掛けて斧を振りました。
ゴブリンの首を斧の刃が捉え、肉を断ちました。
肉を断った所から流れ続けていた血が勢いよく噴き出し、その血は私の身体を全て赤く染め、もはや元の服が何色だったのかも分からないほど赤く染まりました。
顔に付いた血を血の付いた腕で拭い、視界を少しクリアにします。
仲間の二匹を失ってようやく気付いたのか、怒りの表情を浮かべて単調な声を上げながら、武器すら持たず、走ってきました。
斧を構え直し、刃を向ける程私は速くは動かせないので、そのまま振った状態から戻る様に斧を横にゴブリン目掛けて振りました。
斧はゴブリンの首筋に当たり、そしてゴブリンの首を折る様に私は斧を振り抜きました。
斧が当たった瞬間、ゴブリンは倒れながら私から少し離れた位置に吹き飛びました。
吹き飛んだ後、ゴブリンは声すら出せず、首を両手で抑え、四肢を暴れさせながら、もがき苦しんでいました。
「力、弱いんですね。 思ったよりも」
斧から右手だけ離して右手の掌を見詰めます。
ゴブリンは意外と軽く、私ですら吹き飛ばせれるほどでした。
意外と弱い存在と心が思った瞬間、身体は動き始めました。
未だ苦しんでいるゴブリンの首を右手で掴み、地面に抑えつけます。
苦しいのか暴れてきますが、私の手が首から離れることはありませんでした。
もう何も出来ず、嫌だ嫌だと子供のように暴れることしか出来ないゴブリンの頭を狙って私は左手に持った斧を上に上げ、笑みを浮かべながら。
「…………さようなら」
斧を振り下ろしました。
暴れていた身体は動かなくなり、豚のような顔は衝撃で潰れて、頭は二つに割れていました。
もう動かなくなった死体を右手で持ち上げ、先程地面に置いておいた死体の場所へと歩き、投げて置きます。
他の二匹も同様に投げて置きます。
しかし、流石に四匹の死体を持って歩けるほど、私には体力も筋力もありません。
このままでは持って歩くことは出来ません。
「片腕を切り落とせば持てそうですね」
そう考えついた私は左手に持った斧を上に上げ、ゴブリンの死体の右腕に目掛けて、斧を振り下ろしました。
振り下ろした斧は肉を断ち、骨を断裂させ、右腕を軽々と切り落としました。
残り二匹の右腕も同じように切り落とします。
引き摺らないと持てませんが、持つことは出来るようになりました。
私は右腕を切り取った死体はそのまま捨てて置き、足を動かし、歩き始めました。
ゴブリンを殺すことに、もう私は躊躇いを感じることは無くなりました。
ゴブリンの死体を食べることも。
人間は一度慣れてしまえば何も感じなくなる、ほんとにその通りだなと私は思いながら歩みを進めます。
この森に入ってから、何度も遭遇するゴブリン、私に襲い掛かってくるゴブリンを私は殺していくほど、何も感じなくなりました。
しかし、そんなことはどうでもいいですね。
私の目的は生き抜くことですから。
左手に持った死体を持ち上げて、口を近づけて、先程切り落とした腕に噛み付きます。
肉を噛みちぎり、千切れた肉を口の中に収めて歯で噛み潰し、喉の奥に無理矢理押し込みます。
「うっ……おぇ、ッ!」
二回目であっても、身体は慣れないもので拒絶し、口から吐き出しそうになるのを左手で持っていた死体を地面に落として、口を塞いで抑えます。
しかし、口に入れた肉は手だけで止まってくれますが、喉の奥底から溢れ出てくる液体は止められることが出来ず、手の指の隙間から、流れ出ていき、地面を濡らします。
喉から溢れ出てくる液体を無理矢理抑えつけ、肉と共に呑み込みます。
「んッ……はぁ……はぁ……ッ!」
口から左手を離して黄色く汚れた左手でまた死体を持ち上げ、また歩みを始めようと足を動かそうとした時でした。
「!…………また、ゴブリンですか。 いや、一匹おかしい」
目線の先で見つけたゴブリンの群れに私は咄嗟に近くの木に隠れ、少しだけ顔を出して見つめます。
ゴブリンの数は五匹、それだけならなんとも思いません。
しかし、一番の問題は。
五匹のうち、一番奥にある他のゴブリンと比べて身体が二回りほど大きく、右手に剣を持ち、他のゴブリンには無い逆立つ様な毛を持ち、堂々とした立ち姿で残りの四匹のゴブリンを見ていました。
私は左手の死体を床に捨て、右手に持った斧を握り締めます。
「さて、どうします……か。 あれ、わた、し」
そこでようやく私は気付いたのです。
なぜ自分は逃げずに、殺しに行こうとしているのかと言うことに。
さっきの三匹のゴブリン達だって、この森の木々を上手く使い、少し遠回りして避ければ良いだけでした。
それなのに、何故私は殺しに行ったのでしょう。
その瞬間、私の身体は震え、右手に持っていた斧は手からの支えを失い、地面へと落ちました。
私は、生きたい、死にたくないその筈なのに。
どうして私は。
「どうして私は死ぬ可能性を選んだ、の?」
息を上手く吸うことが出来なくなり、口を開けて肩を素早く、大きく動かして呼吸を繰り返します。
身体がガクガクと震え、立っていることすらままならなくなり、地面に座り込みます。
まるで、自分じゃない様な、不気味な気持ちの悪い感触が身体全体に広がり、目に涙が浮かんできます。
私は呼吸が安定するまでずっと身体を抱え込み、震え続けているだけでした。
もう何分、何時間経ったのか分かりませんが、ようやく心が落ち着き、身体の震えはおさまり、呼吸もゆっくりと安定しました。
私はゆっくりと木の陰から顔を出し、ゴブリン達を確認します。
目線を向けるとそこには何も存在せず、木々が広がるばかりでした。
いつの間にかいなくなっていたのか、ゴブリン達が居た形跡すらありませんでした。
「…………よかった。 もう、平気です、よね」
木の陰からゆっくりと出て、私は両手で斧を持ち、左手を斧から離し、地面に落ちている死体に伸ばそうとしました。
「ッ!…………ぃ、や」
死体を見た瞬間、恐怖が浮き出て、死体を持つことをやめました。
私は死体を持たず、そのまま死体をもう見ることは無く、斧をまた両手で持ち、私はゆっくりと足を動かし始めました。
「っ、?……な、に?」
突然左腕に電気が走った様な感覚が走り、左腕を見ると。
私の左腕を後ろから矢が貫き、腕から血を吐き出させていました。
「いッ!?……あぁあッ!?」
右手から斧を落とし、左腕を抑えます。
そのまま私は身体から力が抜けて、地面へと倒れます。
痛みに顔を顰め、後ろを見ると、そこには先程居たゴブリンとその後ろから。
剣を肩に担ぎ持ち、巨大なゴブリンが不気味な笑みを浮かべ、私を見下ろしていました。