三十六話 振り回される少女。
「華鈴様、この一週間でまた大きく変わられましたね」
「え、そうですかね」
「はい、と言ってもあの時よりも更に」
正直そんなこと言われてもあまり名残が無いというのが私の中での本音です。
あれからまた早いもので、気付けばもう一週間が経ち、白翼と肩を並べる程の実力を持つギルド。
黒狼との合同演習の日になりました。
「華鈴様、魔石の扱いもかなり慣れてきましたね。呑み込みが速いおかげでこちらも教えがいがあります。ただ、隙あり」
一瞬の隙を突かれ、身体に受けた衝撃により私は後ろへと転がるように飛んでしまいます。
痛みは蘭さんが加減してくれているのでないのが、救いです。
「ッあ! 蘭さんはどうして魔法使いなのに近接戦がそんなに強いんですか」
「魔法使いといえども、近づかれて何も出来ないでは二流ですから。それに実際での戦闘では魔法だけでは困難な時もありますから。魔法と体術二つの別の力をうまく使うことにより、隙を作らないことが重要です。例えば華鈴様は今ほとんど蓮に鍛錬をしてもらっていますよね?」
「はい、たまに遥さんで、冒険知識や魔石や魔法に関しては蘭さんやルルさんに」
ほとんど休みのない一週間ではありましたが、体力が付いたおかげが特に苦を感じませんでした。
基本的な戦闘での鍛錬はほとんど蓮さんが行ってくれ、特に武器での戦闘のほとんどは蓮さんでした。
遥さんは蓮さんの用事がある時や休憩の時に来ては、私と武器を使わない体術のみの近接戦闘を行ってくれました。
まだ実践を試したことはありませんが、蓮さんにはたまに切り傷を付けるくらい、遥さんにはたまに一撃入れれるくらいには実力が備わっています。
今日も正直鍛錬をつけてくれるのは蓮さんだと思っていたのですが、鍛錬場に実際に行ったら居たのは蘭さんでした。
突然、集大成を見せてくださいと言われて、殴られた時は驚きました。
「はい。さらに言えば、魔石はやりすぎてしまった場合、特に華鈴様は身体に影響が生まれやすいので、近接戦闘の方が多くなっています。そのため、もし私が魔法だけしか使えない遠距離戦闘しか出来なかった場合、近づくまでが難儀なところですが、一度近づかれてしまえば私は華鈴様に為す術もなく負けてしまうでしょう」
確かに近づくのが難しいことですが、仮に蘭さんが遠距離のみであるなら、勝機はあります。
ダメージ覚悟で無理矢理近づいて、彼女に一撃を加えるくらいなら。
「ですが、今このように私が近接が出来るともなれば華鈴様は迂闊に近寄れないと思われます」
「はい」
「しかし、逆に華鈴様は魔石に慣れてきたとはいえ、まだ練度は低く、実践に使うのは難しいと思われます。そして、私は近距離、遠距離と共に両方使うことが出来ます。もうこの意味がお分かりでしょうか」
最初は蘭さんの言っていることがよく分かりませんでしたが、冷静に今の状況を見た瞬間、私の口から、あっ…………と声が出ました。
「お気づきになられたようですね。ですが、そんな華鈴様にも勝機はございます」
「え、あるんですか?」
「はい、今回は素手でと決めているので何も渡していませんから、ないですが、これで魔石や華鈴様の武器があれば話は変わると思いませんか?」
「確かに、そうかもしれません」
「華鈴様は魔石の魔法を威力は低いですが、隙を作るくらいの魔法を放つことが出来ますよね? あとは華鈴様が冒険者協会の時に戦ったあの戦法とに似たようなことが可能です」
魔法の遠距離攻撃で相手に隙を作り、その隙を突いて近づき、近接戦闘を仕掛ける。
そう考えると確かに勝機はあるかもしれません。
ただ、蘭さんにそれが通じるかどうか、ということです。
「ただ、今回の私のように華鈴様の作戦が分かっている相手には通じづらいと思われます。ですから、華鈴様に今必要なのは作戦二重三重に考えておくということです。近接戦を仕掛けるためにはどうするか、どう近づくか、どう相手の隙を突くか、作るか。これが大事なことになっていきます」
「…………なんか、頭が混乱しそうです」
戦うということに全くの無縁だった私にとって、蘭さんの言うことは理解出来るのがものすごく難しいです。
そして、頭で理解したところでそれを実践して出来るかどうかということが重要なところになっていきます。
「ふふ、そうですねまだ華鈴様には速い内容かもしれません。さて、今回はこれで終わっておきましょうか。黒狼との演習もございますから」
「はい、ありがとうございました。あの、お風呂にまた入ってもいいですか?」
「もちろんです。衣服は準備しておきますので、そのまま向かってください。また、お身体洗いましょうか?」
「だ、大丈夫です。もう傷も治ってきているので自分で入れますッ」
クスクスとからかうように言ってきた蘭さんの言葉を遮るように言葉を返して、逃げるようにお風呂場へと足を動かしました。
鍛錬場から走り出て、ギルドの廊下を走り抜けて、大きな浴室に来ました。
正直気が重い。
演習と言ってもトップギルド同士でやるなんて考えただけで胃が痛くなってきます。
ほとんどの人が遥さん達と同じレベルと考えられるでしょう。
はぁ、一体私に何が出来るというのか、着実に蘭さん達のおかげで戦闘の力も知識も付いて来てはいますが、自身は全くありません。
脱衣所で服を脱ぎながら、頭の中は演習のことでいっぱいです。
とはいえ、今悩んだところでなんも変わりませんしね。
さっさとお風呂に入って汗を流しましょう。
脱衣所から、もう一つ引き戸を開けてお風呂場へと入り、タオルで身体を隠すようにシャワーへと向かいます。
そういえば、あまりここのお風呂場を見れていませんでしたけど、意外にも綺麗なところなんですよね。
異世界のお風呂場と聞いてあまり綺麗でなくて、狭いものと思っていたのですけど、広くて思ったよりも綺麗でした。
なんなら、温泉よりも綺麗なんじゃと思う位に。
蘭さんが掃除しているのでしょうか。
もしかして、それも魔法で簡単に出来るのでしょうか。
どちらにせよこんなお風呂に入れるなんて贅沢だなぁと思います。
身体と髪を洗い、泡を流した後、湯気を上げている湯舟へと向かいます。
ゆっくりと足を湯舟へと入れていき、徐々に足首から、太ももまで入り、その次に下半身が完全につかりきり、足の関節を曲げていき、上半身まで入れます。
そのまま下半身を湯舟の地面へと付けて、肩までつかりきり、座り込みます。
はぁ、と口から息が漏れ、身体と心が温まり、なんか幸福感が凄いです。
温度もちょうどいい温度でありがたいです。
疲れていた身体が癒されていき、嫌なことすべてが吹き飛んでいくようです。
ふぅ、と一つ息を吐き、長くゆっくり湯舟につかった後私は出て、最後にシャワーで身体をもう一度だけ濡らした後、私はお風呂場から脱衣所へと出ました。
出たすぐ前の服のお気の置き場所に私の服と黒いローブが置いてあり、バスタオルとタオルが置いてありました。
私は置いた記憶が無いので恐らく蘭さんがここまでわざわざ来てくれて置いてくれたのだと思います。
ありがとうございます。と小さく呟いた後、バスタオルを持って、足から拭いていき、下から上へと拭く場所を変えていきます。
身体を完全に拭き終わった後、小さいほうのタオルで髪の毛を拭いていきます。
あ、そういえばタオルである程度の水気は取れるんですけど、ドライヤーとかは流石にない、ですね。
周りを見てもそれらしいものがありませんし、もしあったとしてもコンセントなんてものがこの世界にはありません。
とりあえず、服を着て、髪は濡れたままですが、黒いローブを服の上に着ます。
髪の毛は、蘭さんを探して蘭さんに聞いた方が速いでしょうね。
「お探し物はこれかな? 可愛いお嬢さん」
「え? あ、ルルさん」
後ろから声が聞こえて、振り向くとルルさんが魔石を持って立っていました。
「蘭は今忙しいからね。代わりに私が来たのさ。髪の毛乾かしたいだろ?」
「はい、てかそれは?」
「あぁ、きちんと聞いていないんだな。魔石には生活用の魔石も存在するんだ。これはその一つで、物を乾かすことに特化したもので、例えば洗濯物を乾かしたり、今の華鈴みたいに髪の毛を乾かしたりするために使うのさ」
何それ凄く便利、元の世界にもぜひそれが欲しい限りです。
そんな小型で髪の毛や洗濯物、乾かしたい物が乾くなんて。
「まぁ、これは魔力が無いと使えないがな」
前言撤回いりません。
「えっと、それならどうやって乾かせば」
「ん? そんなの私が乾かすんだぞ?」
「あ、なるほど。それならお願いしてもいいですか?」
「もちろんだ。その為に私がここに来たんだからな。さっ! ここに座ってくれ。私が直々に乾かそうじゃないか。私に乾かしてもらえるなんて、中々ないぞ」
ルルさんはいい人ではあるんですよね。
ただ、こういうキザというか、ナルシストなところが無ければもっといいのですが。
「え、っととりあえずお願いします」
私はルルさんの前にある椅子に座って、背中を向けます。
「じゃあ、髪の毛に触るぞ」
首を縦に動かすと、髪の毛に熱すぎないくらいの温かい風が私の髪の毛の間を通っていき、抜けていきます。
それにしても失礼ながら、少し意外だったのが、ルルさんの手先がかなり器用であり、優しいということでした。
髪の毛を傷めないようにゆっくりと髪を掻き分けながら、まだ濡れている個所や濡れてそのままでは乾きづらいところを丁寧に乾かしてくれています。
「…………なんか、意外です」
「私の手が器用なことか?」
「えっと、、、、はい」
「はは! 君は正直な子だな。まぁそこが君の良いところであり、可愛いところなんだがな。蘭ほどではないが、私も女の子の相手をするからね。傷つけたり、したくないからある程度のことは出来るようにしたのさ。まぁ、モテすぎるからね!」
後ろで謎のポーズをとっているルルさんを無視して、私は乾ききった髪の毛に触れて、最後にくしで整えていきます。
「最後まで私がやるよ。貸して華鈴」
「いえ、これ以上は自分でやれますから、大丈夫ですよ」
「おやおや、参ったね振られてしまった。それじゃあ、朝のティータイムはご一緒してくれるかな?」
「まぁ、、、そのくらいなら」
そう言うと、ルルさんは笑みを浮かべて、ご案内しようお嬢様と手を差し伸べてくるので、手を取ることなく、私は椅子から降りて。
「場所はどこでやるんですか?」と一言いいました。
「やれやれ、蘭に似て気が強い子だな」
と彼女は苦笑して、扉を開けようとドアノブに手を伸ばしました。
ですが、突然動きを止めてルルさんはドアノブから手を離し、私の方に向き直りました。
「と思ったが、一つ忘れていたな。お風呂上りには肌の手入れを」
「…………え? いや私は別に」
「いやダメだ。女の子の肌はとても繊細。少しの乾燥でも荒れてしまうんだ。さぁ! 早く寝転がりなさい!」
何でここまでやる気なのか訳が分からないのですが、てか肌のこととか正直私はどうでもいいのですが。
元の世界でも肌の手入れとかはロクにやってませんし、何よりもこの世界でやる必要があまりないような気がしますし。
友達には何もしてないのにそんなに肌がきれいなのずるいとか言われてましたけど、そんなの知りませんとしか言えませんけど。
「いや別に本当に大丈夫です。私これまで全くそういうのやってこなかったので」
「一度もこういうことをしてこなかったのかい?」
「はい、なので大丈夫です」
ルルさんにもう一言断りを入れて私はさっさと脱衣所から出ようとした瞬間、身体が動かなくなりました。
「…………あぇ? ちょ、なんか身体が」
「フッ、私がやると言ったら華鈴にははいという以外の選択肢は与える気はない。悪いけど、魔法で拘束させてもらったよ」
「いやそんなことで魔法を使わないでください!? そして寄って来ないでください!」
「悪いが問答無用だ」
どうしてこうなったのか誰か説明してください。
「てかなんで服を脱がしてるんですか!?」
「身体の肌の手入れも大事だ」
私が反論しようとした瞬間、私の身体は柔らかいところに寝かされ、服が脱がされ、下着姿にされます。
「きゃあ!? ちょ、ちょっと!? ひゃぁ!」
抗議の声を上げる前に、私の身体に液体が垂らされ、ルルさんの手でその液体は身体全体に塗られていき、そのまま足、手と広げられていき、マッサージのように揉まれていきます。
「気持ちいいだろう? これでもマッサージの心得もあるのさ」
「いや、この格好はただ単に恥ずかしいだけなんですけど」
「我慢しろ」
もうどうにでもなってくださいと、やけくそに思った私は身体から力を完全に抜いてルルさんに身体を預けました。
この後すぐに開放はされましたし、何なら身体がいつもより楽でしたし、肌がお餅のようにもっちりしていて、気持ちよかったのですが。
次はもっと普通にやってほしいと思いました。
ルルさんは満足げでしたが、私はすこし不満げです。
そして、お風呂で休憩してたはずなのに、さっきよりも疲れた私はルルさんに連れられて脱衣所から出ました。




