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三十五話 初めての友達。

 「ぐっ!! ゲホゲホッ、! おぇ、えげぼ、………!」

 「……………………蘭、もうこれ以上は、」


 息が上手く出来ない。


 もう何度殴られ、吹き飛ばされただろうか。


 数えきれないほど吹き飛ばされて、無理矢理起き上げられて。


 五回目以降からはほとんど覚えていませんけど、起き上げられるのが痛いよりもイラつきの方が強くて、とにかくがむしゃらに起き上がって剣を振るいました。


 もちろんそんなただ考えもない剣が当たるはずもなく、その後も私は何度も何度も殴られ、蹴られ、投げ飛ばされの繰り返しでした。


 今も私は血が混じった嘔吐物を吐き出しながらも、無理矢理立ち上がって、せめてもの抵抗で遥さんを睨み付けます。


 腕はもうほとんど動かないため、私が出来る唯一の抵抗はこれしかありません。


 ていうか、なんで遥さんがそんなに辛そうな顔をしてるのか意味が分かりません。


 私をこんな風にしているのは遥さんだというのに。


 呼吸をするたびに血の特有の匂いがして呼吸をするのが嫌ですし、唾を飲み込むたびに怪我をした喉が悲鳴を上げるかのように痛みを与えてきます。


 「……………………ここまで、でしょうかね。遥、終わっていいですよ」

 「あ、あぁ…………えっと、その」

 「、、は、ッ……何、ですかその顔」


 元々訳が分からないままこんなにボコボコにされて、というか異世界というところに来ただけでも心は落ち着いてないし、何よりも人が死んだところも何回も見たからマシとは言え、それも心に来ています。


 そして、ここまで私に傷を付けた本人が罪悪感を感じている顔をしているとか、その顔を見た瞬間私の溜まってた色々のものが溢れるのを感じるとともにブツンと音が私の中で聞こえた気がしました。


 「ここま、で…………したのはやったのは、あなたのくせに、ッ……! なのに、なんでそんな顔をするんですかッッ!!!」

 「っ……ご、ごめ」


 聞きたくない、と拒絶するように私は遥さんから顔を逸らして俯きます。


 あ、と遥さんの行き場のない声が聞こえた気がしましたが、私はその彼の声を無視して、俯き続けます。


 「とにかく! 華鈴様はこちらに、遥は蓮達と共にいてください。私は彼女の怪我などを治療してきます。華鈴様いいでしょうか」


 蘭さんは私に近づいて来て、私に手を差し出してきてくれましたが、私はそれが酷く恐怖でした。


 蘭さんの手を何度も取ろうと思いましたが、手を伸ばして掴もうとすると手が震えて、彼女の手を掴むことなく、引っ込めてしまいます。


 「怖いと感じますか?」


 私は声を出さずに小さく首を何度も縦に振り続けます。


 「では、顔は上げなくてもいいので、少しだけ手を握ってもらえないでしょうか」


 それだけなら、と私は恐る恐る彼女の手を指先だけを掴むようにしました。


 蘭さんはそのまま指先からゆっくりと私の身体の傷を治療してくれました。


 普段なら、蘭さんと何かするときはいつも会話をしますが、今は会話をする気も起きませんでした。


 ただ、ずっとここに居るのも嫌でした。


 「蘭さん、少し時間を貰ってもいいですか?」

 「大丈夫ですが、どうかしましたか?」

 「少し、一人になりたいです」

 「……………………かしこまりました。今日一日は華鈴様のお好きなように過ごしてもらって大丈夫ですので。ただ、冒険者協会にはいかないようにしてください」


 蘭さんの言葉に何も答えることをせず、痛みを感じなくなった身体を動かして、念のための武器を持って、蘭さん達から逃げるように走りました。


 何も考えずに走る速度を抑えることをしなかったので、すぐに息が上がってしまい、足が上手く動かなくなっていき、徐々に速度は落ちていきました。


 ですが、蘭さん達の姿はもう見えず、目の前には賑わいを見せる街の景色がありました。


 街の眩しいような明るさとは裏腹に私の心は黒い霧に覆われているように暗くて、はぁ。と溜め息が口から漏れてきます。


 あれが何となく必要なことは私も分かってはいます。


 だって、実際に同じ人間に命を狙われて殺されかけたのですから、でも。


 納得は出来ませんでした。


 でも、誰にも言えない、ずっともやもやとした何かが私の中に今もあり続けています。


 特に何も考えず、テキトーに歩き続け、口から出てくるのは溜め息。


 黒い感情ばかりが私の中を渦巻き続けています。


 「華鈴ちゃ~ん!」

 「あ、空さん」

 「あ、えっと何かあった? 凄く暗い顔してるけど」


 いつの間に近くに来ていたのか、後ろから話しかけてきたのは空さんでした。


 ただ、明るく話しかけてくれた空さんでしたが、私の顔を見た後、すぐに声が少し抑えられ、私の顔色を窺うような顔をしました。


 「いえ、別に何でもないです。ただ、蘭さん達の鍛錬が大変で」

 「あぁ~確かにトップギルドだもんね。確かに大変そう」


 なんて、話しているときに、ふと空さんのこと出来になることがありました。


 「あの、そういえば空さんは白翼の試験に合格したんじゃなかったんですか?」

 「うん。合格はしたよ。でも、私達やっぱり白翼に入るのはやめたんだ」

 「やめた、えっとどうして」


 あんなに入るために試験を真剣に受けてたのにどうしてやめてしまったのか、私にはよく分かりませんでした。


 空さんは少し、考えたような顔をした後にすぐに口を開きました。


 「理由は色々あるんだけど、私が人を殺しちゃったのが一番大きくて、あれ以降私戦うのやっぱり怖くなっちゃって。一応モンスターとは戦えるんだけど、人との戦いになると。だから、そういう人との戦いが起こる可能性が高い白翼に入るのはやめようってなったの」

 「…………そういう、ことだったんですね」


 私のせい、と暗い考えが思い浮かんできましたが、すぐにそれを心の奥底に仕舞うようにします。


 いい加減吹っ切れないといけないと、ずっと感じていますから。


 「そういえば、鍛錬って言ってたけど、もしかして。本物の武器を使った戦闘?」

 「……………………は、い。でもどうして」

 「うーん私も同じだったから、かな。少し長くなるんだけど、いい?」

 「えっと、はい」


 空さんは、笑顔を浮かべているけど、哀しそうな顔をしていました。


 「私のお父さん、冒険者だったの。だから、私が冒険者になるって言った時に、喜んではくれたんだ。そこからは、私はお父さんと海達に冒険者としてのことを沢山しごかれた」

 「あ、あはは、かなり大変だったんですね」


 あのいつも明るい空さんの目が死んでいる、笑っているのに空さんの目が。


 それだけで空さんが昔相当な目に遭っていたのだと分かります。


 「うん、ほんとにね。まぁ、そういうわけでかなりしごかれたおかげで今モンスターとの戦いにも慣れているんだけど。ただ、華鈴ちゃんと同じように私も本物の武器を使った戦闘をやらされたことがあるんだ」

 「…………空さんも、ですか」

 「うん、いつも通り模造刀で鍛錬されると思ったから、突然本物の剣を渡されて、お父さんも本物の剣を持ってて。なんの冗談かと思ったんだけど、本気だった。多分華鈴ちゃんも同じ意見だと思うんだけど、どうしてこんなことしなきゃいけないとか、思った?」

 「それは、はいもちろん」


 遥さんとの殺し合いが始まった瞬間から、蘭さんに止められるまで何度もそんなことは考えました。


 てかもはや、それ以上に怒りの気持ちが大きいです。


 でも、それで遥さんに当たるようなことをしたのは申し訳ないと感じますけど。


 「まだ小さかった私はよく分からなかったし、その一件でお父さんのことが嫌いになりそうだったんだけど、すぐにこれをやられた理由が分かったの。それも、望まない形で」

 「え、?」

 「私の村は、盗賊に襲われたの。一応何とかうちの村は冒険者として働いている人が多かったから、その人達が戦ってくれたおかげで何とか追い返せることは出来たんだ。でも、損害も酷くて、村のほとんどの家は燃やされちゃって、それに死んじゃった人も」

 「そんな、ことが」

 「その中には、お父さんもいて」


 衝撃的な話、という言葉が的を得ていると感じる程、空さんの話は私には重たくて、衝撃でした。


 私と同じくらいの歳なのに、家族を失うなんて言うのは辛すぎる経験なはずです。


 空さんはそのまま口を閉じてしまい、私達の間に静寂と気まずい状態が続くばかりでした。


 だって、どう声を掛ければいいか私には分からないからです。


 変に彼女に慰めの言葉を掛けたところでそれは逆効果にしかならないからです。


 それに、彼女は家族を失う辛さを知っていますが、私は家族を失う辛さを知らないから。


 「ごめんごめん、気まずいよね。でも、今思うとあの時人を殺す覚悟が出来たのはお父さんとの戦闘が大きかったなって思う。そのおかげで華鈴ちゃんのことを守れたしね」

 「空さん…………そんな、私のせいで空さんは」

 「華鈴ちゃんは悪くないから! それに何なら被害者だし!」


 あはは、と乾いた笑いしか出なかったのですが、空さんがこうやって言ってくださるのは嬉しかったと言いますか、心的に安心感が生まれました。


 「だからさ。華鈴ちゃんに私から一つ言いたいんだけど、今は辛いかもしれないけど。いつか、蘭さん達がやってくれていることは華鈴ちゃんの役に立つから、責めないで上げてほしいかな。私が言うのもおかしいんだけどね。私は結局喧嘩して、そのまま何もお父さんとは話すことも出来ずにだから」

 「あ…………」

 「後悔したから、そのせいで」


 その通りだと、感じました。


 私の中でもう白翼の方々の存在はかなり大きくなっています。


 利用、という言葉が使えなくなるくらいに。


 だからこそ、空さんの言葉は私の心に重く、深く刻み込まれました。


 それに、蘭さん達が私にしてくれたことは、感謝しきれないことだからです。


 「はい、ありがとうございます」

 「あはは、感謝しなくても大丈夫だけど、どういたしまして」

 「あの、最後に空さんに聞きたいことがあるんですけど」

 「私に?」


 ずっと気になっていたことでした。


 正直、聞く気のが怖いのですけど、ずっと気になっていて、ずっと引っかかり続けていたことでしたから。


 「オークに襲われた時、空さんはその、右腕を潰されたじゃ、ないですか」

 「…………うん」

 「あれが、もしも私だったら、空さんは逃げましたか、?」

 「わぁ、華鈴ちゃん意外とすごいこと聞いてくるんだねぇ」


 空さんは私びっくりとばかりに目を少し見開いて、口をポカンと開けました。


 というか、聞き方がかなり失礼だったと思い、私はすぐに質問を取り消そうとしたのですが。


 「逃げなかったよ。絶対にね」

 「え、」

 「だって、華鈴ちゃんはもう友達、、、ううん」


 空さんが左手で私に右手を掴んで、そのまま指も絡ませてきました。


 「親友だから! まぁ、華鈴ちゃんがいいなら、なんだけど」


 純粋に嬉しかった。


 ずっと、誰を信頼していいのかよく分からず、助けてくれるとはいえ、蘭さん達を完全に信用し切っていいのか、分からずにいましたから。


 今は信用することは出来ますが、それは私自身の話であり、蘭さん達がどう思っているのかよく分からず、怖かったからです。


 それは空さん達に対しても同じ気持ちでした。


 でも、言葉だけでも私は。


 「あ、りがとう………ございます、」

 「わぁ!? 華鈴ちゃん泣かないでぇ!?」


 今私は泣いているみたいです。


 正直自分では泣いている感じが無いんですけど、確かに目から冷たいものが流れて来ているのを感じます。


 「え、えっとぉ~。よ、よしよし!!」

 「…………ぷふっ、なんですかそれ」

 「だ、だって私こういうの慣れてないし! なんなら海達によく慰められてた方だから!」

 「空さんもよくこんな風に泣くんですね」

 「うっ、昔から泣き虫だったの! てかそれを言ったら華鈴ちゃんだって!」

 「そうですね」


 特に何も変わったことがない普通の会話、でもそんな会話が凄く嬉しいです。


 「でも、なんか華鈴ちゃん顔が変わったね」

 「え?」

 「あ、いや言葉間違えた。さっきまではすっごく暗かったんだけど、今はなんか明るい顔してるから」

 「そう、でしょうか。空さんのおかげですね。空さんと話してたら、なんか色々楽になりましたから」

 「それはよかった。あ、ならさこのままお出かけしない? いいところ知ってるんだぁ」

 「行きたかったんですけど、もう戻らないといけないので」

 「……………………そっか。華鈴ちゃん頑張って」

 「はい」


 私は空さんから離れ、立ち上がり、彼女に背を向けます。


 「ありがとうございました。私が立ち直れたのは空さんのおかげです」

 「ううん、私もよく海達にやってもらってたから。でも、華鈴ちゃん一つ覚えておいて欲しいんだ」

 「はい、どうしましたか?」

 「ずっと親友、だよ!」

 「!…………はい、ずっと、です」


 空さんが伸ばしてきた手を掴んで、ギュッと握り締めます。


 少し時間経った後、私は彼女の手を離し、最後にもう一度お礼を言って私は走り出します。


 頑張ってー! と後ろから聞こえてたのを心の鼓舞にして私は元の道を戻り続けました。


 長く感じる道を走り抜けていき、身体に感じる向かい風を掻っ切るようにして。


 さっきはすぐ疲れたのに、今は身体が凄く軽く感じます。


 心次第で人間の身体というのはこんなにも変わるんですね。


 そして、全てを駆け抜けて来た時、蘭さんが元の場所に居ました。


 「あ、蘭さん」


 はっ、はっ、と荒く短い呼吸が漏れる口で蘭さんに話しかけます。


 「お待ちしておりました華鈴様。申し訳ありません、少し不安でしたので魔法で華鈴様の動向を見ておりました」

 「大丈夫ですありがとうございます。なら、お願いします」

 「はい、遥」


 そう蘭さんが言うと、後ろからバツが悪そうにしている遥さん、無表情の蓮さん、木にもたれているルルさんが居ました。


 「な、なぁ華鈴俺」

 「すいません遥さん。せっかく私に稽古を付けてくれているのにあんなことを言ってしまって」

 「い、いや気にしてねぇから! 寧ろあんなに殴っちまって悪かったというか」

 「もう大丈夫ですので、では、お願いしていいですか?」

 「おう、お前が良ければ俺はいつでもいいぜ」


 蘭さんから、私の戦闘服である黒いコートを受け取り、着て、斧と剣を受け取ります。


 そのまま遥さんから敢えて背を向けて離れ、ある程度離れたところで剣を右手、二本のうち一本の斧を左手に持ちます。


 「では、早速始めさせていただきます。どうぞ、お好きなよう」


 蘭さんが言いきる前に私は、走り出し、まだ構えたままの遥さん目掛けて剣を思いっきり振ります。


 「っぅお!?」


 私の剣は遥さんの腕に防がれました。


 遥さんの手に付いている鉄のグローブはかなり固く、防がれた時に手に強い衝撃が走ってきました。


 でも、剣は別にいいです。


 斧がまだあるから。


 左下から横腹を狙うように斧を振りましたが、遥さんは弾けるように後ろに飛んで私から距離を取りながら、離れました。


 「…………マジか、よ。これは驚きを隠せねぇよ」


 蘭さんも、蓮さん達もが少し驚いている様子でした。


 完全な不意打ちなのは分かっていますが、これは殺し合い、不意打ちが卑怯、なんて言葉は通用しないんですから。


 「この短期間で、ほんとに何があったのやら。華鈴様には驚かされますね」


 蘭さんの言葉に、私も正直。


 「…………私でも、正直よく分かりません。ただ、今なら戦えるってだけです」

 「はは、こりゃ本気でやらなきゃな」


 遥さんも完全にやる気を出してくれたようです。


 もちろん勝てないとは思いますが、簡単に負けるつもりはありません。


 ニヤッと笑って、私はそのまま走り始めました。


 遥さんも同じように走り、距離が縮まってきたところで。


 私は遥さん目掛けて、剣と斧を上に持ち上げ、振り下ろしました。


 耳の中に鋭く、響くような金属の音が辺りに響きわたりました。

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