三十三話 朝の歓迎会。
目を何度が瞑って寝るようにと努力はしましたが、結局完全に眠りにつくことは出来ず、気付けばカーテンの隙間から朝日が差し込んできていました。
寝転がっていたおかげで身体の疲れは無くなっていますが、頭はぼーっとしますし、目は乾燥したような乾いた感じがあります。
そして、空さんと一緒に寝て分かったことがあります。
彼女はあまり寝相がよくないということです。
私が起きていたからよかったものの、何度か掛け布団を取られ、何度も殴られかけ、蹴られかけ。
ある意味それを言えば起きていたことはよかったことかもしれませんね。
それに寝相が悪いおかげで彼女の拘束からは解放され、こうやって起き上がることが出来ると考えれば、いや、マイナスの方が大きいですね。
ベッドからゆっくりと起きて、立ち上がります。
包帯にぐるぐる巻きにされた片腕を同じように包帯によって巻かれている片手で抑えるように握り締めて、ゆっくりと白い日差しがカーテンの隙間から差し込んできている窓へと歩いて行きます。
握っている方の腕を動かして、その手でカーテンの布を少しまくり上げるようにします。
ずっと暗いところに居たせいもあり、うっ、となる光に目を閉じて、少し目を背けます。
薄目でもろくに外を見ることが出来ず、中々目を開けることが出来ません。
眠れていないこともあり、目の中に少しズキン、とした感じの痛みが生じてきます。
何度か目を閉じて、開けてを繰り返し、少しずつ目を開けれるようになっていきました。
ようやくきちんと開けれるようになった私の目に映ったのは、見慣れたはずの景色とはまた違った景色でした。
白い光によってまるで雪が積もっているかのような真っ白に染まった建物や地面、その照らされている建物の逆に出来ている真っ黒な黒い影。
ここに来てからもう毎日見ているはずの景色のはずですが、それでも私には綺麗な景色だと思います。
「…………ここの人達は、朝が早いんですね」
誰にも聞こえないのは分かっていますが、勝手に口から出てくる独り言。
日差しの差し方や光が白いのを見て、まだ朝がかなり早いというのは分かります。
ですが、街には昼と変わりないくらいの人達が居て、店の準備をしたり、大きな荷物を持った人達が歩いていたり、武器を持った人達が居たり、武装した人達が隊を成して歩いていたり。
たくさんの人々が居て、正直言いきれないですが、このいつもと違う光景は面白いなと感じさせてくれます。
自然と溢れてくる笑み、笑ったのは…………いえ、笑えたのはいつぶりでしょうか。
自分のことだからこそ、よく分かっていますが、私は表情がほとんど出ません。
だからこそ、さっきみたいに笑えたのはいつぶりなのか。
いや、今はそんなことはどうでもいいこと、ひとまず身体はまともに動かせるようにようやくなりました。
また魔法と戦闘の鍛錬を二人にお願いしないといけません。
ゆっくりしている暇は私にはあまりありませんから。
カーテンを全部開けて、日差しが完全にこの部屋に入ってくるようになり、この部屋全体が明るくなります。
部屋は先程と比べて、てか、比べられない程、明るくなったはずなんですが、どうして空さんは寝続けられるのでしょうか。
私は疑問と共に未だに寝息を立てて、掛け布団を抱き枕の代わりにして眠っている空さんへと目を向けます。
いや、人それぞれなのはもちろん分かっているのですが、この明るさは目を瞑っていても少し眩しさを感じるくらいのはずです。
それだというのに、よく寝れるなと感じます。
「空さん、起きてください。もう朝ですよ」
窓から離れて、ベッドへと向かいながら、未だ眠っている彼女に声だけでも掛けますが、全く効果は見られず。
はぁ、と一つ息を吐き、私は彼女の肩を右手で掴んで、少し揺らしながら声を掛けます。
「空さん、もう朝です」
「、、んぅ、もう、ちょい、」
「…………分かりました。特に何もないのでいいですよ」
起こそうかと思いましたが、よくよく考えれば今日は別に何かがあるわけではありません。
それに何かあれば空さんのことは海さん達が迎えに来ると思いますし、時間が来れば蘭さんが声を掛けに来てくれると思いますから。
なんて考えていると扉を叩く音が私の耳の中に入ってきました。
噂をすればなんとやら、この優しい呼びかけるような扉の叩き方は一人しかいません。
「華鈴様、起きていますか? もし、お目覚めであれば一言お願いします。声が聞こえなければ申し訳ございませんが、勝手に入らせていただきます」
「入ってもらっても大丈夫ですよ蘭さん。私はもう起きていますから」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
優しく扉が開かれ、その扉から片腕にタオルのようなものを掛けている蘭さんが入ってきました。
「おはようございます。と、華鈴様だけかと思いましたが、空様もここにいらしたのですね」
「はい。一緒に眠ったので」
「なるほど。探す手間が無くなったのである意味ありがたいです。実はお二人にお話しがございます」
タオルを机の上に置きながら、蘭さんは私の横を通り、未だにベッドの上で寝息を立てて寝ている空さんの身体に触れて、揺らしながら声を掛け始めました。
「空様も、起きてください。お話ししたいことがございます」
何度か蘭さんが空さんに声を掛けて、身体も揺らしていますが、全く起きる気配が見えず。
五回目ともなってくると、蘭さんの身体から威圧感のような気配を感じてきました。
「…………空様、あと二回で起きないのであれば私も少々武力行使に」
「ハイ! 起きましたー!!」
「よかったです。では、お着替えをしましょうか。華鈴様はこちらの服を」
飛び起きて、少し震えて笑顔が引きつっている空さんをあまり見ないようにして、私は蘭さんから渡された服を手に取って自分の今着ている服を脱ぎ始めます。
その途中空さんから強い視線を感じますが、気付かないふりをします。
正直なことを言うと、空さんと会話をすることが難しいくらい私は今、渡された服を着るのに苦戦しています。
先に言うと着る、というところまでは出来ますが、問題は服が徐々に落ちてきてしまうということです。
蘭さんが私の身体に合うように服を選んでくれているので、落ちるなんてことは本来ないはずなのですが、私がきちんと着れないのがあり、動いていると少しずつ服がズルズルと下に落ちて行ってしまいます。
「…………フフッ、華鈴様まだ手が上手く動きませんか?」
「…………は、はい」
「分かりました。手伝いますので、また服が落ちないように抑えておいてください」
結局蘭さんの手を借りて、私は服を着ました。
私が服を着終わる時には空さんは別の服に着替え終わっていて、私のことをジトッと見つめて来ていました。
顔が少しむっとしたような顔をしている気がしますが、気のせいだと思うようにして、目線を蘭さんに向け続けます。
「それではご飯に行きましょうか」
「はい、あの蘭さん、顔を…………洗いたいんです、けど」
「華鈴様ならそう言うと思っていましたよ。水を出しますので、それで顔を洗ってください。洗いにくいとは思いますが、急ぎのようなので申し訳ありませんが、これで」
「い、いえ大丈夫ですよ。タオル貰ってもいいですか?」
蘭さんからタオルを渡され、蘭さんが出してくれた水の球に顔を近づけて、水の中に顔を入れて、水の球から顔を出して、入れて、出してを繰り返してそれを何回か繰り返した後、水を手ですくい直接顔に塗るように掛けた後、タオルに顔を埋めるように当てて、拭いていきます。
疲れでぼーっとしていた意識がパッと覚醒したように目が覚め、スッキリとした感じが頭の中に広がります。
疲れがなくなったわけではありませんが、さっきよりは断然楽です。
「空さんもどうです?」
「私は大丈夫です! それよりもお腹すきました」
「かしこまりました。それでは行きましょうか」
蘭さんは私から濡れたタオルを受け取ると、ドアを開けて、私達もそれに続いて出ていきました。
「それではこちらです。椅子は空いているところをお好きに座ってください」
「はい」
蘭さんに案内された扉をくぐった先には大きな長方形型の机の右側に手を振っておはよう! と大声で言ってきている慶さん、一言小さく挨拶をして、座るように促してくれている蓮さん、満面の笑みで手を振ってきている遥さんが座っていました。
蓮さん達とは真逆の左に座っているのは空さんのことを呼んでいる海さんともう大皿にある料理を小皿に移して海さん達に配っている彩月さんがいました。
空さんはそのまま海さんの横に座って、彩月さんから皿を受け取り、もう手にはナイフとフォークを手にしていました。
私は、遥さんの隣に座っている腕と足を組み、黒衣の服に身を包み、仮面を付けて、顔が全く見えない人を見つめていました。
白翼のギルドで生活を始めてから、時間は経っていますが、私はこの人には一度も会ったことがありません。
「そんなに見つめられると、とても気になるのだが、私に何か用か?」
「い、いえ、すいません。あなたとは初めて会ったので」
正直話すとは思わなかったので、突然の声にビクッと身体が跳ねてしまいました。
他の人とは全く違うはっきりとした声で、誰よりも強い口調でした。
「確かにそうだな。だが、だからと言ってあまり人のことを見続けるのは感心しない。私だから許されるが、次からは気を付けるように」
「は、はいすいません」
人を見すぎるのは確かによくないことだとは分かっているのですが、ここまで指摘されて言われるとは思っていませんでした。
「まぁいいさ。それだけ私に魅力があるということだ。特別だ私の横に座るといい。遠慮はしなくていい」
…………なるほどこういうタイプの人なんですね。
危うくため息が出るところでしたが、それをぐっと抑えて、少し気ノリはしませんが、仮面の人の横に座ります。
声的にはっきりとした言葉ではありますが、声は女性のように聞こえたので、恐らく中身は女性だと思うのですが、分からない以上何も言いません。
「あ、あの。名前とか、聞いてもいいですか?」
「あぁ、すまない名乗っていなかったねレディー。私の名前はルルという。訳合って素顔を見せることは出来ないが、性別は女性だ。あと、種族は耳を隠しているが、私はエルフ族だ」
「ルルさん、ですね。私は白樺 華鈴です。白翼に入隊しました。これからもよろしくお願いします」
「……………………華鈴は苗字を持っているのか?」
「はい、それがどうかしましたか?」
「お、おい君は苗字がどんな意味を持っているのか知らないのか?」
「はい」
ルルさんは私の反応に仮面で表情は分かりませんが、声からして驚いていると分かりました。
そういえば海さんも私が苗字があることを少し疑問に感じて私に聞いてきました。
どうしてこんなにも驚くのか、私にはよく分かりませんでした。
私からすれば苗字は生まれた時に、両親から授かるものであり、それは私が結婚でもしない限り、一生付いている大切な名前だからです。
「華鈴、君は聞くが、人族、だよな?」
「はい、もちろん人ですが」
「人族で苗字を持つ人間は、貴族や王族のみだ。それ以外には苗字は存在しない。否、存在してはいけないんだ。華鈴、その苗字はいつから付けられたんだ?」
「え、生まれた時、からですが」
貴族と王族のみ、? この世界の苗字はそういう位の高い人達しかいないのですか。
私からしてはそんな制度? は訳が分かりませんが、それならルルさんの反応も海さんの反応にも納得がいきます。
「なら、君は両親にその名を付けられたと、君は貴族や王族なのか?」
「いえ、違います。普通の一般庶民です。ですが、両親にも苗字は存在します」
「お二人とも、お話しのところすいませんが、お話はまた今度にいたしてください。そして、ルル様。あまり華鈴様のことを詮索なさらないようにしてください。華鈴様は記憶が曖昧になっており、彼女自身もここに居る理由をよく分かっていないのですから」
どう返答すればいいか分からなかった自分に私の後ろにいる蘭さんが、ルルさんを止めてくれました。
ルリさんはどこか納得いかないとばかりにしかし、と口を開きますが、蘭さんが再度それを抑え、耳打ちで会話をしているようでした。
「そうか……………………すまなかった華鈴。だが、もし君が良ければ君の話をいつか聞かせてくれ」
ルルさんは私に謝罪の言葉を話したのち、机に向き直り、机の背に掛けていた背中を離し、組んでいた手と足を解いて、きちんとした姿勢で座ります。
「……………………よろしいですね。それではギルド長、よろしくお願いします」
「おう! さて、今回は時間が無いため、簡易的だが、後日新しい入団者、華鈴の歓迎会を行う! とりあえず朝っぱらだから、こんなには食べれないかもしれないが、好きなだけ食べていくといい! それでは、乾杯!」
「乾杯!」
私だけ何も言えず、というか、全く知らされなかった私は目の前で起こったことに着いて行けず、一人、ポカンとすることしか出来ませんでした。
こうして、主役が全く着いていけない意味が分からない、慶さんの言う通り、こんな朝っぱらから胃もたれしそうな料理に囲まれた歓迎会が始まりました




