三十一話 最悪な話。
「我らの隊員の命を、あなたはなんだとお考えなのですか?」
「なにも軽く考えてなど我々も考えてはいない。戦力が減れば減るほど我が国は危険に晒されてしまうからなぁ。まぁそのような女子が一人消えても、なんとも思わんがな」
「…………華鈴は我々の大切な仲間であり、私の大切な団員の一人です。そのようなことを口に出して、ましてや本人の前で言うのはお控え願いしたい」
私には何を話しているのか、初めから聞いていたわけではないのでよく分かりませんが、この男の人が良い人じゃないと言うのは、話している感じから伝わってきます。
しかし、私も空さんにやったことはこの男の人の言っていることと何変わらないこと、私もこの男の人とは何も変わらないんです。
「まぁ良い話を戻すぞ。断られたとしても"彩の世界"を調査するのは変えられないことだ。それに、君ら白翼が出ない場合は黒浪とその下のギルドに無理をさせるだけのこと。だが、そうなった場合、貴様らは白翼は他ギルドからどう見られるであろうなぁ」
「…………一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ふん、一つだけだぞ? それ以上は聞かん」
面倒臭そうに指に付いている金色の指輪を見ながら、男の人は足を組んで、偉そうな態度を取ります。
この前からも少しイラッとは来ますが、私がここで何か言う権利も資格もありません。
それに、私にはまだ分からない話ですから、黙っているのが今は得策でしょう。
「王族からと言うことは、これは王命から、と言うことでしょうか?」
「だからそうだと言っているであろう!? まともに話も聞けないのか!」
男性は口調を荒くして、慶さんの言葉に対して怒鳴り声を上げながら、椅子を倒すほどの勢いで立ち上がり、慶さんに詰め寄りました。
胸倉を掴んで慶さんに詰め寄り、怒鳴り散らしている小綺麗で豪華に装飾されたコートと大量の宝石が施されたネックレスを揺らしながら男性は慶さんが何も言わない、否何も言えないのを良いことに声の大きさと言葉の強さを抑えることをせずに怒鳴り続けています。
この世界をろくに知らない私でも、王族がどれほど上の人か、力を持つかよく分かっています。
だって、私達の世界とそれは似ているから。
でも、納得は出来ません。
何故、慶さんがここまで言われなきゃいけないのか、怒りを隠すことが出来ません。
あなたに何が分かるんですか、そう問いただしたい程に。
「はぁ……はぁ……全く貴様ら下民の者どもと話している暇は私には無いんだよ。とにかくこれは王命であり、もう一度彩の世界は攻略することが決まった。トップギルドは強制参加だ。不参加は認められん」
「それはまだ入ったばかりの新人でも、でしょうか」
「何度言わせるのだ? ギルドに入っている以上新人などそんなことは関係ないのだ。使える駒を使わないでどうする? 最悪そんな小娘は捨ててしまえ。囮くらいには使えるだろ」
「…………それはもしもその時が来たら、華鈴を犠牲にしろとあなたは言いたいのですか」
「当然だ。使えないモノを捨てるのは当然ではないか? 寧ろ白翼というトップギルドに入って戦えぬなどというバカなことを抜かすわけじゃあるまいな?」
この人の言っていることにムカつきますし、腹は立ちますが、私は何も言うことが出来ません。
何故なら、私にはここにいる方達のような力を持たない、この世界で一人では生きていけないのですから。
それに人を見殺しにした私が言えることは何もありません。
「おい、聞いているのか女」
「え、?」
「お前に私は言っているんだぞ? 話も聞けない低俗なのか貴様は」
いつの間にか目の前にいた男性は指輪に目を向けて弄りながら私にめんどくささを隠すことなく話して来ました。
あまり人を見ることが得意ではない私でもこの人が現在進行形で私のことを馬鹿にした目で見ていることが分かります。
「…………聞いています」
「ふん、生意気な目だ。貴様このギルドに入っていることはもちろんよく分かっているだろうなぁ? 白翼は我が国の最大の戦力、その最大戦力である白翼の団員が戦えないなどということがあってはならんのだよ。例えそれが経験が全くない少女だとしてもだ」
「もちろん理解しています。私はまだ力不足なことくらい分かっています。だから」
「あぁ、安心しろ。使えなくなった場合は切り捨てられるだけだ。お前はいつまで使える人材か、楽しみだな」
「…………」
「申し訳ございませんが、華鈴様にふあんにさせるようなことを言うのはやめていただいてよろしいでしょうか」
「なんだと? 事実を言って何が悪いのだ? 使えぬものを捨てて何が悪い!」
「華鈴様は我々白翼の大切な仲間であり、大きな戦力です。確かに彼女は”まだ”戦闘は不慣れな部分がありますが、それでも彼女を切り捨てるようなことはしませんし、何よりも私達が彼女を戦えるまで育てます」
詰め寄って来ていた男性と私の間に入るように手を伸ばしてきて、私を守るように立っている蘭さんの言葉に涙が出そうになります。
救われてばかりで何も出来ない無力で、自分のことしか考えられない自己中心的な自分が殺したいほど憎く、嫌いです。
でも、そう思っていても自分は死にたくない、傲慢な考えだなと、一人心の中で呟きます。
「…………英雄と謡われた国最強の魔術師は相変わらず生意気だなぁ。まぁいい! 貴様らに断る権利なんてない! 攻略は確実に行う! 貴様らはその時が来るまで準備をしておけばいいのだ!」
それだけ言った後、男性は乱暴に蹴り開けて、バンッと大きな音を立てながら、扉を閉めていきました。
男性のイラつきを感じる大きな足音が徐々に小さくなっていき、その音が完全に聞こえなくなった瞬間、慶さんの大きく、長い溜め息が聞こえ、慶さんが口を開きます。
「わりぃな華鈴ちゃん、いやな思いさせりまったな」
「い、いえ。私がまだ弱いのは事実ですから。それで、あの方が言っていた言葉は一体」
「あぁ、まずその前に色々と大事な話をしなきゃならんな。とりあえず椅子に座ってくれ」
蘭さんの手で支えられながら、椅子の近くまで歩き、そのまま蘭さんが椅子を引いてくれて、私はその椅子にゆっくり座って、慶さんの方に目を向けました。
同じように慶さんは私の目の前に座り、その横に蓮さんが行き、遥さんは私の隣に座り、蘭さんは遥さんとは逆の私の横に立ちました。
何を話されるのか全く分からず、慶さんが口を開くのを待ってずっと慶さんを見続けましたが、一向に慶さんは口を開くことは無く、額に手を当てて、頭が痛いとばかりに悩んでいるようでした。
長く、重い沈黙が続く中、見かねた蓮さんが口を開きました。
「すまない華鈴、少しギルド長は疲れているようだから俺が話すが、聞いてほしい」
「は、はい」
「さっきの男は気にしなくていい。よく我々白翼になん癖を付けてくる人間だから、華鈴が気にすることは無い。問題はあの男が話していた内容だ。彩の世界華鈴、君もこの世界に行かなければならない」
蓮さんの言葉を聞いた瞬間、私は咄嗟に遥さんの方へと目が向いてしまい、すぐに目を逸らしました。
ですが、遥さんは顔ごと後ろに向けていて、私のことは全く見ていませんでした。
それはまるで見たくはない、聞きたくないとばかりに、完全な拒否が遥さんのその行動から感じます。
「…………遥、お気持ちは分かりますが、その行動は逆に華鈴様を傷つけるだけです。それに、今回は完全にあの男のせいであり、仕方のないことです」
「分かってるよッ!」
荒々しく、大きな声で、明らかな怒気を含んでいました。
初めて遥さんからの大きな声にびっくりして、遥さんから目線を外すことが出来ませんでした。
遥さんは私の目線に気付いたのか、頭を掻いて少しバツが悪そうにして、口を開きました。
「悪い。華鈴に怒っているわけじゃないんだ。ただ、俺は正直、お前にはあの世界に来て欲しくはない。あそこはただの迷宮とかとは話が違う、迷宮なんか比べられねぇほど危険なところなんだよ」
「少しだけ、分かってはいますが、結局彩の世界とはどういうところなのですか?」
「それについても今から話していくつもりだ。少し長くなるが、聞きたくなかったら聞かなくてもいい。まず、ギルド長から聞いたとは思うが、君は誰に何を言われようと白翼に入隊した。それはギルド長然り、ギルド長以外もそれは認めて決めたことであり、受け入れている。だから華鈴が他の誰かに何と言われようと、お前は白翼の団員だ」
恐らく、蓮さんの言葉は前に合ったことを気にするなという感じで言っているのだと思います。
言葉的にはぶっきらぼうというか、冷たいような感じがしますが、これは蓮さんなりの気遣いなんだと話していて気付きます。
「はい、ありがとうございます」
「あぁ、ただ酷な話だが、少しの間は華鈴にはあのようなことがまた起こると思う。なん癖を付けられたり、いやなことを言われるかもしれないが、気にする必要はない」
「…………はい」
「ただ、華鈴にも責任がこれから先は付きまとうことになる。まだ俺達から見れば幼い華鈴には少し厳しい話かもしれないが、実際あの男の言っていることは事実だ。俺達はトップギルド以前に冒険者として、依頼をこなして生活をしている。受ける依頼に選り好みは当然できない。そして、依頼は確実に遂行するんだ。達成出来ないなど、手厳しく言うが合ってはならない。命の危険なら多少なりとも仕方ないと言われるかもしれないがな。要するに華鈴もこれから白翼の団員として、依頼を受ける責任を持つんだ」
「…………」
重い言葉です。
出来る気がしない、それが今の私の本音です。
空さんや海さん達が居ても私は怖がって何も出来なかったのです。
もしこれから一人になるようなことがあれば出来る気がしません。
「ここまで話したが、華鈴の身体の調子やまだ冒険者としてはあまりにも若い。一人で依頼を受けさせるようなことはしないから、そこは安心してほしい。俺か蘭、遥が主にお前と共に依頼を受けるつもりだ。全員で話し合って華鈴がもう一人前まで成長したら、一人で依頼をこなすことはあるかもしれんが、それまでは一人でそのようなことは行わなくていい」
「ありがとうございます」
続けられた蓮さんの言葉にホッと一息口から洩れて、空気が出ていきました。
ゴブリンにすら未だ恐怖を感じている私が、きちんとした依頼をこなせるとは思えませんし、何よりもまともに戦うことすら今は出来ません。
私の世界と比べて異世界も甘くないとつくづく感じます。
私の世界も甘くないことはありませんが、毎日死にかけるような危険は私の世界にはありません。
私の世界でも、危険はありますが、人に襲われるようなことは滅多にないのですから。
「あぁ。そしてこれが最後の話だ。彩の世界、覚えているか?」
「はい。確かとても危険なところで、Bランク以下のモンスターは存在していない、環境が過酷と聞きました」
「その通りだ。だが、危険な代わりにあそこに存在する資源は普通の迷宮などではめったに手に入らない貴重なものだ。そんなものがあの世界では石ころのようにゴロゴロと存在している。あの世界を攻略できればこの国は更に繫栄して、他国にも力の差を見せつけることが出来るだろうな。だが、もちろんそんな簡単なわけにはいかない」
「はい、一回目にやった時かなりの死亡者が出たと」
「あぁ、お陰様でな。白翼からもかなりの死亡者と死傷者が出たし、他ギルドからも大量に出た。更に結果からいえば、あの世界のことはほとんど分からなかったし、攻略も何も出来ず、ただ俺達は犬死する羽目になっただけだった。それを知ってるから、遥は華鈴に教えたくなく、知ってほしくなかったということだ」
「…………そんなに、酷かったんですか?」
「見せようその時に出た死傷者達を」
蓮さんが懐からかなりの枚数の手の大きさ程の写真を出してきて、私の前に差し出してきました。
私は恐る恐る手を伸ばして蓮さんの手から写真を受け取ろうとしましたが、受け取ることはありませんでした。
なぜなら、その写真にはもう黒くなっていましたが、血が全ての写真にべっとりと付いていて、更には破れてはいませんが、その写真はボロボロになっていました。
それでも、恐怖よりも少しの好奇心が勝った私の脳は身体を動かし、その写真をゆっくりと受け取り、写真を裏返し、見た瞬間私は手から見ていた写真を落とし、咄嗟に口を片手で覆うように抑えます。
なぜなら、その写真に写っていた光景は私の言葉では言い表すことが出来ない程、悲惨な光景だったからです。
腕が無い、足が無い人なんて当たり前のように写っていて、顔半分が無い人、お腹が喰われ千切られていて、内臓がぐちゃぐちゃになってお腹から出ていたり、もはや人の原形すらも保ててない人が居たり、下半身が骨だけになっている人が居たり、頭から脳みそが剝き出しになっていたり、写真のこの小さな紙の中だけでも地獄のような光景になっているのに、これが本当に起きていたことと考えると、身体がゾッと震えてきます。
「…………これが、彩の世界に行った者達の末路だ。俺達は運よくほぼ無傷で帰還することが出来たが、次はどうなるか本当に分からない。いつ死ぬか、とかそんな優しい話じゃないんだあの世界は。確実に死ぬ、その言葉が一番合っている」
元々重かった空気が更に重くなっていくのを感じて、とてもこれ以上話す気持ちには私はなれませんでした。
それは他の皆さんも同じようで、ずっと俯いて一言も話すことなく、ずっと、ずっとその状態で止まって、黙り続けていました。
私は、机にバラバラにばら撒かれるように落ちた写真にもう一度目を向けて、見つめます。
そして、私はまた心の中で一人、誰にも聞こえるはずのない声を、呟きました。
「ほんと、最悪です。この世界は」
この世界に来て、何度も呟いた言葉をまた私は呟いて、愚痴のように吐き出しました。




