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二十八話 生存と代償。

 瞼を開くことが、重たい、まるで接着剤のようなもので貼り付けられたように。


 何かあるのかと思って身体を動かそうとしても身体は全く動く気配がなく、動かす為の力を入れることすら出来ません。


 何度か瞼に開くように命令をして、ようやく私の右の瞼だけ開くことができ、右だけの視界を見えることが出来ました。


 左は何度やっても開くことはなく、ピクリとも動く気配が無かったため、諦めて右目だけを動かします。


 見えたのは明るい色の木で出来た見覚えのある天井、安心感があるこの空間は、恐らく私が居た部屋なんだとすぐに分かることが出来ました。


 身体は動かせませんが、快調と言っていいほど体調は良く、身体の不快感などはありません。


 しかし、左の瞼は未だに開くことがありません。


 もちろん、身体も動く気配を感じません。


 それに、特に縛られてるわけでも無いのに息苦しさがあり、呼吸が鼻呼吸だけでは足りず、口からも息を吸わなければ苦しいです。


 ただ、ここにいるということは…………あそこから生き残れたと、いうことです。


 生き残らなかった方が、もしかしたら楽だったのでしょうか。


 …………変に冷静な今だからこそ、あそこでもしも死んだら、もしかしたら死んだら元の世界に戻れたかもしれないと言う考えが私の中で生まれます。


 例えばここは本当はゲームの中で死ねば元の世界に帰れる、とか。


 そんな淡い期待の入った考えなど、幻想にしか過ぎないと分かっているのに、あんな事があった今、色々と心的にも身体的にもキツいところです。


 もう何度死んだと感じたでしょうか。


 二回は死んでると言われても納得が出来るほど、今の身体でも生きていると言われると疑問を持ってしまいます。


 弱気になっても意味がない、救いなんて何もないと分かっているのに、望んでしまうこの地獄からの救いを。


 ようやく動くようになってきた手を寝ているベッドに置いて、身体を起こして起き上がりましたが、すぐに手から力が抜けてしまい、身体はベッドへと倒れてしまいます。


 動くようになったとはいえ、力はまだきちんと入りませんし、じくじくと染み渡るような痛みと共に震えている腕ではまだ身体を起こすことすら出来ないようです。


 指の先まで包帯にぐるぐる巻きになっていて、見えはしませんが、足や身体も同じように包帯に巻かれているのが感覚で伝わってきます。


 顔も左目は完全に包帯に覆われていて、見えるのは右目だけ、そしてその左目は動く気配を感じない、普通に考えれば私の身体はもう動かないと言っても差し支えありません。


 自分ですら、この身体でどうして生きているんだと疑問に思ってしまうくらいです。


 悪運が変に強いなと、苦笑するほどに。


 自傷気味に涙が出てくるのを感じて笑みを浮かべた瞬間、木の扉が開くような音が聞こえ、音のした方へ首を曲げると目を見開いた空さんが居ました。


 長く、どれくらい時間が経ったかは分かりませんが空さんと目が合ってから、ずっと見つめ合い続けています。


 よくあるベタな展開というか、見る光景だなぁと、脳天気なことを考えて空さんのことを見つめていると。


 「え、ちょ」


 持っていた物を投げ捨てて、私のベッドまで走ってきたのち、元々寝ている私を押し倒しているかのような体勢になり、上へと乗ってきます。


 身体を考慮してくれているのか、完全には乗ってはいませんが、押し倒されたかのような体勢に少し恥ずかしさが生まれます。


 ですが、空さんの表情と顔に落ちてきている冷たい液体に、唯一動く右目が少し見開きます。


 声を出そうと口を開こうとした時、それを止めるほどの怒声が響き渡り、口を閉ざされます。


 「なんで、どうしてあんなことしたの? あんな危険な事、!」


 彼女の瞳から落ちてくる涙は私の顔を濡らし、その雫は徐々に量が増えていき、彼女の声は震えていきます。


 「怖かった……………華鈴ちゃんが、死ぬとっ、、、思った」

 「…………すいません、空さん。あの時は、あれしか方法がないと」

 「もう………二度とやらないで」


 有無を言わさない空さんの強い圧力、私は黙ることしか出来ませんでした。


 言い終えて少し、スッキリしたのか空さんは手で目に溜まった涙を拭って、いつものように笑みを浮かべます。


 「身体はどう?」

 「良い方かと聞かれると、悪いです。身体があまり動かないので」

 「そうだよね。華鈴ちゃん一週間くらい眠ってたから。食欲とかはある?」

 「少しだけなら、って感じです。正直上手く身体も動かせないので」

 「見えてないから言うけど、華鈴ちゃんの身体、燃えちゃったから。じゃあ! 食べさせてあげるね!」

 「え?」


 今、空さんがなんて言ったのか、一瞬分からなくなりました。


 食べさせてあげる……………身体が動かないとは言え、流石に他人に食べさせてもらうのは流石に恥ずかしいを超えて、泣きたくなります。


 食べれるならば自分で食べたいのが本音です。


 「いえ、流石に食事くらいは自分ですることが出来ますから、大丈夫ですよ」

 「ダメ! 今華鈴ちゃんは怪我人なんだよ? だからあんまり動いちゃダメ!」

 「た、確かに怪我人ではありますが、流石に食事くらいは」

 「ふぅん、それならはい……スプーンってあぁ!? ご飯投げちゃったぁ!!」


 後ろを向いた瞬間、空さんは扉のところまで走っていき、すぐに食器を拾い、箱を拾い上げます。


 箱を両手に持って片手で汚れを拭いていますけど、正直投げていましたし、手遅れな気がします。


 完全に投げてましたから、もうぐちゃぐちゃなのは確定です。


 「よ、よし…………中身は、大丈夫。じゃ、じゃあ!このスプーン持ってみて?」

 「あ、えっとはい」


 正直無視することは難しいですが、こんなに食い気味に力強く来られると無視せざるを得ません。


 差し出された木で出来たスプーンをどうも、と一声掛けた後、手に持った瞬間、確かに入れたはずの力が抜け、スプーンはベッドの上に落ちました。


 あれ、と思い、落ちたスプーンを掴んで、持ち上げるとまた落ち、また掴んでも落ち、何度掴んでもスプーンは布団に落ちてしまいます。


 力を入れて持ったはずが、落ちます。


 困惑しながら、空さんの方を見ると自分の今を理解した? っとばかりに笑みを浮かべてスプーンを拾い上げて、箱の蓋を開けます。


 「あ、えーっとごめんね? 華鈴ちゃん」


 中から出てきたものは、一言で言えば、食べ物には見えない、ぐちゃぐちゃの液体? と何かでした。


 「えっと…………よ、よし! とりあえず蘭さん達呼んでくるね!」


 あ、っと私が声を出す前に空さんは箱の蓋をもう一度閉じて、扉に向かって走り出し始めていました。


 でも、何処かさっきの空さんを見て、心が落ち着いてきた気がします。


 傷だけを見れば確かに絶望的ではありますが、逆を言えばまだ生きているということ。


 傷は残るかもしれませんが、治るはずです。


 それに、今はもう一人じゃありません。


 そう考えればまだ私はこの世界で生き残れるということです。


 弱音を吐くのは、まだ早いのかもしれません。


 「ぶべっ!」


 ドンッとなにかがぶつかる音共に空さんの声が部屋中に響き、声と音のした方を見ると、空さんが地面に倒れた体勢で座っていて、扉が開いていました。


 「あ、空さん申し訳ございません。大丈夫でしょうか?」

 「う、ううん大丈夫だよ蘭さん。私が急ぎ過ぎたのが悪いからいてて」

 「申し訳ございません。きちんと確認して開けるべきでした。起き上がれますか?」

 「大丈夫! 起き上がれるよ」

 「よかったです。それで華鈴様は」


 扉を開けて入ってきた蘭さんは私を見て、彼女にしては珍しく、ふぅ……っと一つ溜息を吐いて、扉を閉めた後、私の元まで歩いてきます。


 「………………色々と言いたいことはありますが、目が覚めてくれてとりあえずはよかったです。お身体の方はどうですか?」

 「体調、というか。痛みなどは軽減されているので完全に動けないってわけではありませんが、あまり激しい動きとかは出来ません」

 「はい、当たり前です。逆にそれで動こうなどした場合は少々考えさせていただきます」


 何故でしょうか、蘭さんから強い威圧感を感じます。


 睨みつける、までは行きませんが、細めになっている蘭さんの目は正直ちょっと怖いです。


 そんな風に考えている間、蘭さんに手をフニフニと揉まれています。


 でも、その間もずっと細めた目で私のことをじっと見て来ているので、怖いです。


 「…………華鈴様にお伝えしなければならないことがあります」

 「伝えなければ、ならないことですか?」

 「はい…………ですが、今からお伝えすることは正直、華鈴様にとっては衝撃的なことであり、辛いことです。それでも、聞きますか?」


 なんとなく、察しが付いている気がしている自分が居ます。


 それなら、聞いても今更です。


 「はい、大丈夫です」

 「分かりました。まず、共に試験に参加していた方々ですが、空様達の隊を除き、残り五名の方々は死亡が確認されました。しかし、裏依頼を受けていたということが確認出来たので、そこから依頼をしたもの、どこで受けたのかを現在調べています。なので、華鈴様はひとまず安心してください」

 「は、はいありがとうございます」

 「さて、ここから話すことは、心して聞いてほしいと思います。華鈴様の身体の状態なのですが、身体自体は問題ありません。このまま安静にしてれば元通り動くことが出来ます。ただし、火傷後は一部残ってしまうかもしれません。私の魔法が至らぬばかりに申し訳ありません」

 「…………いえ、そんなことは、治してもらえるだけでもありがたいです」


 こんなに包帯に巻かれている身体ですが、治るようならそれは何よりです。


 元の世界なら、確実に治ることは無理ですが、こういうところはある意味この世界だからこそ助かったというところでしょうか。


 火傷後程度であれば、別に隠せば気になりませんから。


 「しかし、身体は治すことは出来ましたが、華鈴様の左目は」

 「左目…………?」


 包帯に巻かれて何も見えない左目を触ります。


 かなり厚く巻かれているからか、触っても何も感じず、硬い布のような感触が、触った手には広がっていくのみです。


 「尽力はつくしましたが、華鈴様の左目はもう治ることがありません。炎が運悪く、左目に入ってしまい、もうどうすることも出来ませんでした」

 「そう、ですか。なんとか、右目だけは大丈夫なんですね」

 「はい、ですが、左目はもう」


 左目を失ったのは正直、痛いですが、まだ右目が残っているなら戦うことも、逃げることも出来ます。


 目一つ失うのは大きな代償かもしれませんが、腕や足と比べればまだマシです。


 例え、見えていても抵抗出来なければ意味がありませんから。


 「大丈夫です。まだ右目がありますから。何とかなります」

 「…………そうですか。さて、それでは華鈴様」

 「はい…………あぇ?」


 凄く痛い、突然蘭さんが持っている私の手を握ってきます。


 いや、シャレにならないくらいは痛いので離してほしいのですが、力が強すぎて、全然離れる気配がありません。


 それに、笑顔なのに笑顔じゃない、空さんも気付いたのか、泣きそうな顔になっているのですけど。


 「なぜ、あのようなことを? 聞いてもよろしいでしょうか? いえ、話してください。それまでは、離しません」

 「あ、それは、えっと、ぉ」


 ん? っと握られる手が痛いです。


 でも、なんて説明すればいいのか、怖いという思いと、どう説明すればいいのかという二つの思いが私の中で混ざって訳が分からなくなります。


 いえ、これはもう正直に話すしかありません。


 「し、死なない、ためです」

 「死なない、ためですか?」

 「は、はい。正直、私は完全にオークに身体が捕まれていました。だから、皆さんが動く前に死ぬ可能性かが高いと感じたので、魔石を使って、そして」

 「確かに、華鈴様にとってまだ私達は完全に信頼することは難しいと思います。それに、私達よりもオークの方が速かったのは事実です。ですが、もう二度とあんなことはしてほしくないです。私にとっては華鈴様は大切な仲間だと思っていますから。無茶なことはしてほしくないんです」


 両手で私の手を握ってお願いをするように話してくる蘭さんに、ズキッと心が痛むとともに、また罪悪感が生まれてきます。


 利用しているだけに過ぎないのに、どうしてここまでしてくれるのか、空さんも海さん達も、本来ならこんなの無視すればいいだけなのに、それを分かっているはずなのに、今も私はこういう言葉を無視することが出来ず、真に受けてしまいます。


 利用するだけのに、ギルドに入ったのも私のことだけなのに、どうしてここまで信用してくれるんですか。


 「とりあえず、他の人達も呼んできます。空さんはこのまま華鈴様のことをお願いします」

 「うん、任せて」

 「あと、空さん華鈴様にはご飯は」

 「あー! 華鈴ちゃんはちょっと体調が悪くて食べれなかったから私が代わりに食べちゃいました!」

 「いや、あなたが食べてどうするんですか。まぁ、良いですまた後で作ってくるので」


 空さんと会話した後、蘭さんはそのまま扉に向かっていき、外に出ていきました。


 きちんと握ることは出来ない中、私は掛け布団を握り締め、口の中で歯軋りをして、俯いていました。


 「ん? 華鈴ちゃん、大丈夫?」

 「……………………」

 「華鈴ちゃん?」

 「………………はい、大丈夫ですよ。すいません、考え事をしていて」

 「そうなんだ。ならよかった! それでえっと、ご飯は」


 笑顔で話しかけてくれる空さんを見て、私は黙ることしか出来なくなります。


 心に決めても消すことの出来ない罪悪感と自分のことしか考えていない自分の思考が嫌になっていきます。


 もう決めたと、決めれたと思ったのに、どうしてまだ罪悪感を感じるんでしょうか。


 そんなことを考えている間も身体はじくじくと鈍い痛みを生じさせていました。


 生き残ったのは嬉しいことではありますが、大きなものを、大切なものをたくさん失ったような喪失感が私の中でずっと今も引っ掛かりのある異物のように残り続けていました。

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