二十四話 捨て切れない心
逃げ出したいのに、身体が動いてくれない、頭の中は真っ白のまま、起き上がるくらいはすればいいのに何もすることが出来ない自分は一人なら死んでいた、と呆然とした思考は能天気にも考えていました。
突然、後ろに引っ張られ、そのまま引っ張った人と縺れてゴロゴロと転がって地面に横たわります。
「っ……華鈴ちゃん! 大丈夫!?」
「ぁ、、はい。大丈夫です」
元々自分の居た位置を見ると、そこにはカムタリックの死体が投げられています。
動けなかった自分はあのまま居ればあの死体に潰されていました。
空さんが居なければあの時点で自分はもう死んでいます。
「華鈴ちゃん逃げるよ! 立って!」
言葉を発する間もなく、空さんに腕を引っ張られ、そのまま力任せに立たされて走らされます。
転びそうになりながらも引っ張られているので転ぶことはありませんが、無理矢理動かされている身としては腕が痛いですし、足にも負担が掛かります。
ですが、それに文句を言う暇なんか存在しません。
今までのモンスターとオークは次元が全く違う化け物だからです。
カムタリックはCランクに近いDランクとして称されたモンスターですが、オークはBランクに区分され、その中でもさらに危険度の高いモンスターだからです。
当然、カムタリックにぎりぎりだった私達がオークに勝てるわけもなく、戦えば死は確実であり、可能性なんか一もありません。
しかし、オークはその巨体と人型のような身体の構造故、カムタリックに比べると機動力が無く、私達でも逃げ切れるはずです。
何よりもオークの一番の対処法は逃げることが一番だからです。
身体はまるで鎧のように強固で丸太のように太い腕は異常と言ってもいい力を見せてきます。
見た目はゴブリンが巨大になっただけの変わらないモンスターなのにその身に持つ力はまるで別のモンスターです。
「この部屋から出れたらまだ可能性があるからそこまではごめん!」
「い、え…………気にしないでください、!」
「ッ!? 華鈴ちゃんッ!!」
その瞬間私の口から、え、、、と声が出て、身体が横へと倒れていく感覚と共に視界がまるでスロー再生のようにゆっくりと動いて見えます。
今に遅れて聞こえてきたドンッと音共に私の身体は地面へとぶつかり、そのまま少し転がりながら、地面へと横たわります。
後ろに倒れたということは前から私が押されたということです。
今この場でそんなことを出来るのは空さんだけです。
どうして私を押したのか意味の分からない行動に煮えたぎるような怒りを口から吐き出そうと身体を起こします。
しかし、その怒りはすぐに消え去り、血の気が引いていき、息が出来なくなり、叫ぶように出た声が勝手に出ながら、空さんの姿を見てすぐに彼女に近づきます。
「空さんッ! ぁ、う……腕が、」
「だ、だいじょうぶ、……ごめんねおしちゃ、って」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃ!」
巨大な岩と強固な石で造られた壁に拘束されるように右腕を押し潰されている彼女の右腕を見て、私の身体に寒気が襲い掛かります。
完全に空気の通りすら見つからない程に、潰されている彼女の右腕に潰されていないはずの自分の右腕が痛みを感じるほどその光景は痛々しい光景です。
完全に潰されている彼女の右腕はもう使うことは出来ないと思います。
潰されたところから、勢いよく飛び出したような後を使っている赤黒い彼女の血は、壁と岩だけでなく、周りの草木までも赤く染めています。
「…………かり、んちゃんは、、けがして……ない?」
「わ、私の心配なんかしてる場合ですか!?」
この人はいつまで私の心配なんかしているんだと、ふざけているのかと、叫びたくなる本音をグッと口の中で抑え込んで彼女の右腕を潰している岩に手を掛けます。
分かってはいます。
この岩が動かないことくらい、この今の私の行為が無駄なことくらい、それでも何も出来ない私は無意味な行為を何度も繰り返します。
頭では分かっているはずなのに、身体は全くそれを分かってくれません。
何度も岩を壁からはがそうと引っ張ったり、動かそうと横から押したり、引いたりして。
その間も空さんの右腕からは止めどなく血が流れ続け、どんどんと彼女の顔からは血の気が失っていき、呼吸も激しくなっていきます。
ですが、こんな状況をオークが待ってくれるはずもなく、地面が微かに揺れる程の身体を動かしながら、こちらに近づいて来ているのが目に映ります。
幸い、投げられた岩は完全には通路を塞いではおらず、その隙間から逃げることは出来ますが、空さんがこの状態から動けない今、逃げることなんか出来ません。
動いて、動いてくれと祈ってもこの岩が動くことは無く、無慈悲にもオークの接近を許してしまいます。
焦り始め思考が纏まらなくなってきた頭は白い液体に塗り潰されていくように真っ白になっていきます。
「…………もう、いいよ華鈴ちゃん」
「え、?」
その瞬間、今までずっと黙っていた空さんが口を開きました。
「見捨てて、華鈴ちゃん。華鈴ちゃん一人だけなら、この場で逃げ切れるはずだから」
どうしてそこまで自己犠牲が出来るんだこの人は。
あの冒険者達の時も、カムタリックの時も、そして今も、この人は私のことを第一として考えてくれています。
理由は分かりません。
私はエスパーでもなければ特別な力があるわけでもありません。
何回も思う、空さんのバカげた優しさとふざけた考え、ですが、今は逆にその言葉のおかげでパニックに陥っていた頭を冷静にしてくれました。
でも、考え着いたことは冷静ではないかもしれないと、自虐的になりながら自分自身を小ばかにするように苦笑が生まれます。
今空さんは全く動けない、しかし逆に私はほぼ自由と言っていいほど動くことが出来ます。
そして、海さん達が蘭さん達を呼びに行ってかなり時間が経っているはずです。
だから、私がここに存在するものを全て使ってでも囮となって逃げ続けていればいずれは蘭さん達が。
オークから逃げること自体は難しくはありません。
しかし、これはただ逃げるだけならの話となります。
空さんにオークの目が向かないように囮となりながら、オークからの攻撃を避けて、蘭さん達を待つ。
難しいなんてものではありません。
オークの攻撃は受けてはいけない、逃げすぎて空さんにオークの目が向いてはいけない、オークに捕まってはいけない。
───ゲームであれば何度もやり直して、リスタートが出来ます。
───小説や漫画なら、チート的能力を元々持っているか、ここで覚醒するなどが起きます。
ですが、現実にそんな都合のいいことが起こるわけがありません。
ただ、確実に死ぬなんて言うことはありません。
オークの弱点は機動力の無さ、そしてゴブリンと似た系統のモンスターというのも相まって知能自体はあまりよくありません。
体力差はありますが、生えている木を障害物して使って隠れながら、逃げ続けられると思います。
問題はまずはどうやってここで私の方に目を向けるかということです。
ゴブリン相手なら私のこの武器でも傷をつけることは簡単なのですが、オークともなってくるとあの強固の身体に傷をつけることが出来るのかどうか、いえ、私に目を向けれればいいので身体に一撃入れることが出来ればいいのです。
持っている武器は斧が一つだけ、遠くに遠くに剣がありますが、それを今すぐ取りに行くことは不可能です。
逆に変にここを動けば空さんが狙われてしまいます。
動けない空さん、動けることの出来る私、どう考えても獲物を狙うことを考えている存在がどっちを狙うのなんて明らかになっています。
しかし、毛が生えた程度の攻撃では意味がありません。
どうにかして、オークに一撃怯む位の強い一撃を与えられれば。
ゆっくりと様子を見るように近づいてくるオークを睨み付けながら、心臓がうるさいほど鼓動していますが、冷静になってくれている頭を回転させて考えます。
弱点でもあれば…………弱点。
弱点、カムタリックは巨体を支えるが故に足が弱点であり、尚且つその足には身体に付いているような強固な外殻ありません。
オークの身体は確かに強固ですが、その強固ではないところを突けばオークにもダメージを与えられるということ。
顔、ほとんどの生物は顔を完全に守り切れるような鎧のようなものは存在しないはず。
それこそドラゴンやらの架空という世界でしかいないような巨大生物でもない限りは。
心の中で自分のやること、いえ、使命が決まった気がします。
手に持つのは一本の斧、チャンスは一度、しかし、無理に攻撃をオークに入れる必要はありません。
ここから、空さんから少しでも距離を離せることが出来れば私の一つの勝ちとなります。
あとは逃げきればいいだけ。
「空さん、先程の言葉凄く嬉しいです。本当なら、ありがとうございます。あなたのことは忘れません的なことを言って、逃げるのが一番いいと思います」
「え、華鈴ちゃん? な、何する気なの、!?」
流石冒険者だなと感じます。
でも、すいませんがもう決めたことを曲げるつもりはもうとうにありません。
生き残ることは確かに私にとって一番に挙げている大切なことですが、後味の悪い中、誰かを犠牲にして生き残ってその先にある罪悪感の中で生き続けるくらいなら、いっそのこと自分が死ぬ可能性が高くなったとしても誰かを殺してまで生き残るのは心苦しいです。
もう手遅れかもしれませんが、それでもこれ以上自分を助けてくれる人に嘘をついて、その人を利用するのは絶対にしたくないです。
恐怖と混合している謎の高揚が私の頭から何から何までも麻痺させていきます。
ゴブリンと戦った時も冒険者協会で戦った時も今の状態みたいに麻痺していました。
湧き上がる謎の自信に引かれながら、身体は動き出します。
「ニンゲン…………」
突然聞こえた低い声に動かそうとした身体がピタッと止まり、どこから聞こえたのか分からない声の主を探します。
「…………今の、何、?」
空さんにも声が聞こえていたのか、周囲を見回していた私と目が合います。
しかし、何度周囲を見ても視界に入るのは空さんとオークだけ。
空さんの声ではないのは確実、どちらかと言うと男性よりもさらに低くい声で、話し方も慣れてないのかカタコトのようでした。
しかし、未だに動いてこないオークに疑問が浮かんで来ます。
ゴブリンならもうとっくにこちらに走り出してトドメを刺そうとしてくるはずなのに、オークは未だに少し離れたところで立ち止まり、ずっとこちらを見ているだけです。
「ニンゲン…………キサマラノ、、セイデ…………ワレラ、オーク、ホロビタ………………フクシュウ」
ハッキリとこの目で見えたその光景に私は目を見開きます。
先ほどまで、あんな顔をしていなかったのに、今は少し遠くにいるのに分かるほど、顔を歪ませ、怒りを露わにしています。
「言葉、話せるんですか?」
なぜ、話しかけたのか分かりませんが、気づいた時にはオークに言葉を投げかけていました。
「いえ、そんなことはどうでもいいです。その復讐とやらに、私達を巻き込まないでください。たったそんなことで殺されるなんて、嫌ですから」
「タッタ、ダト…………?」
機嫌を悪くしたのか、鼻息が荒くなっているのを見て取れます。
でも、これでいいです。
言葉を話すとはいえ、結局はゴブリンと似た種族と言うのは変わりませんね。
「言った言葉が分かりませんか? 復讐なんていうあなたの感情で、殺されたくないと言ってるんです」
完全な挑発の言葉、声が震えてしまいますが、それでオークには十分なようでした。
次にオークから投げられた言葉は、もはや言葉では無く、ただのケモノに成り下がった化け物の雄叫びでした。
また遅れてしまい申し訳ありません。
最近忙しくてなかなか時間を取れず。
それでも見て下さる方いつもありがとうございます。
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