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二十二話 それは消えない罪悪感

 「裏依頼を受けることは完全な違法行為であり、協会に報告されたら、冒険ランクの降格、もしくは冒険者資格の剥奪、永久追放の処置となる。それを分かって言っているのか」

 「確かに裏依頼は冒険者協会では違法となっているな。だが、国では違法とされていないっていうのは知ってたか? 逆に国は裏依頼を公認しているようなもんだ。なんつったって、国のお偉いさん達が裏依頼を利用しているからな」


 冒険者になってまだ一週間、冒険者のことも、この国のことすらもよく知らない私では自分がなぜ殺されかけたのかという疑問しか分かりません。


 ただ分かることは、今この人達は私を殺しに来ている敵という認識でしかありません。


 「…………なにそれ、そんなのおかしいじゃんか!」

 「おかしい? 何甘いことを言ってるんだ? お前達も知っているはずだ。俺達が、いや俺達冒険者が、冒険者になることしか出来ない平民がどれほど死に物狂いで毎日を生きているかをな! 生活出来るとはいえ、ろくに武器も服も買えないちっぽな依頼をこなすより、がっつりと稼げる裏依頼を行った方がいいに決まってるだろ?」

 「その為なら、人殺しもいとわない、君達の言い分はそういうことかい?」

 「逆に聞くけど、あんた達はそういうの思わない訳? もっと楽に生活したいとか。私はこんな場所でモンスターと戦闘なんてしたくないわ。死にたくもないしね」

 「それ、は」


 男性の後ろから出てきた女性の言葉は、空さんだけでなく、私にも刺さるというか、深く突き刺さる言葉です。


 それに、言っている意味も分かります。


 少しでも自分の楽な道、死なない道を選ぶのは当然です。


 それはどの世界でも変わらない、私の世界でもそうです。


 楽をするために効率化を図る、生活しやすいために色々な物を作る、危険を無くすために危険因子を排除する。


 その為に何かを犠牲にして、捨てながら作り出し、排除するのです。


 私も同じですから。


 この世界に来て、生き残りたいから男性を見捨てて、ゴブリンを殺して、白翼の皆さんを利用して、全部生き残るために行っていること、私はこの人達を責める資格はありません。


やっていることは同じなのですから。


 「まぁでもそうだな。そいつを差し出せばお前らを殺すのはやめてやるってのはどうだ? お前らだってまだ死にたくないろ? それに、そいつ分の魔石をお前達の分に出来る、良い取引と思わないか?」


 最悪な取引と言っても差し支えありませんね。


 しかし、空さん達からすればありがたい取引ですね。


 私を差し出すだけで、殺されずに済み、魔石も三人で山分けすることが出来るのですから。


 考えないと、ここから逃げる方法を。


 ただ逃げるだけでは捕まるだけ、隙をついて何とかここから。


 「確かに、普通ならいい取引かもしれないが、生憎他人を犠牲にするなんて言う気持ちはない。それに、どの道お前らは俺達を逃がすなんて甘いことはしないだろ?」

 「それに華鈴をお前らなんかに渡す気はさらさらない。例えこの短い時間であろうが、華鈴は私達の仲間、それを差し出すなんて、出来ないだろ?」


 思考していた頭の中のことがすべて吹き飛んで白く空っぽのようになった気がしました。


 もう頭の中で海さん達のことも敵として扱っていた私にとって海さんと彩月さんの言葉に驚きを隠せませんでした。


 どうして、この状況でこの人達はあんな言葉を言えるのでしょうか。


 だって、私を出せば空さん達は生き残ることが出来るんですから。


 どうしてそんな言葉が言えるのか、私には理解出来ないから。


 「ハハッどうやらばれてるようだぞ、タクト。ならもういいんじゃね?」

 「まぁ、やることは変わらねぇよ。女はあいつ以外殺すな。高く売れるからな」


 殺すことが当たり前というように目の前の男性達は武器を抜いて、今にも襲い掛かろうとしています。


 私を含めてもこっちは四人、そして相手は五人。


 更に私は人との戦闘経験は一度だけ、それも死なないという絶対的な安心の元で、でしかありません。

 

 「はぁ。本当はあまり好きではないのだけど、仕方ないわね」

 「うるさーい!」

 「おいおい、突撃してくるなんてどんだけ好戦的なんだよだと!」


 いつの間に移動していたのか、隣に居たはずの空さんが大剣を持って男性達の元に突っ走っていました。


 空さんが振った大剣は相手の意表は突くことが出来たものの、相手も手練れの冒険者、空さんよりも細い剣で軽々と防いでいます。


 立て続けに空さんが剣を振り回しますが、軽々と塞がれていき、徐々に空さんは男性の速度に追いつけなくなっていっています。


 「っ……、華鈴さん、は! 絶対に殺させないから、っ!」

 「ひゅー泣かせてくれるね。でも、自分の身も気にしたほうがいいんじゃねぇ? 死にたくなけりゃあなぁ!」

 「ぐふっ……! 絶対、負けないから、ッ!」

 「……、あ、あぁ……」


 壁へと飛び散る赤い真っ赤な色の血液、目を逸らしたくなる程の痛々しい光景、空さんの横腹に刺さっている男性の剣。


 それでも空さんは突き刺さった剣のことなんか気にせずに男性目掛けて大剣を振り続けています。


 さっきまで怖いと言っていたのに、戦うのが嫌だと言っていたのに、どうして血を流しながらも誰かのために戦うことが出来るのか分かりません。


 逃げればいいのに、見捨てればいいのに、私はそれに対して何か言うつもりはありません。


 だって私だったら、そうするからです。


 ここにいる人達を見捨てて逃げるからです。


 無理に決まっているのが分かるから、相手は五人こちらよりも人数が多く、人を殺すことに戸惑わず行うことが出来る人達。


 そんなの逃げたいに決まっています。


 それなのにどうしてこの人達は逃げないんですか?


 「空、ッ。いったん後ろに!」

 「あなたの相手は私達です」

 「ちっ!……邪魔をするな」

 「わりぃがお断りだ」


 海さんのゆく道を塞ぐように杖を持った女性と鉄のグローブを付けた男性が立ち塞がります。


 彩月さんの方を見ると同じように弓を構えた女性と槍を持った男性が立っています。


 空さんも一人前で男性と戦闘中、残された私は。


 「さて、悪いな、お前に恨みはないが死んでくれ。俺達も生活が掛かってるんでね」


 腰の剣を抜きながら、未だ立ち上がることが出来ずにいる自分に向かって殺害宣言しながら歩いてくる男性。


 怖い、覚悟していたはずなのにいざ目の前に自分を殺しに来る存在が来たとき、それがモンスターではなく、人間になるだけでこんなにも違うものなのでしょうか。


 ゴブリンの時には無かった言葉なんかで言い表すことが出来ない恐怖と絶望。


 これが、蓮さんの言っていた人と戦うということ。


 動かなきゃ死ぬのに、足に力が入らなくて、剣を持つどころから立つことすら叶いません。


 心は動け動けと叫ぶのに身体は動くことなく、震えることしか出来ません。


 「動かねぇのか? ちっとは抵抗して貰った方が面白かったんだがなぁ」


 首に突き付けられる剣が、今にも私の首を斬らんとばかりに刃が少し食い込み、喰い込んだところから血が流れ始めます。


 「…………興覚めだなまぁいいだろ。楽にこしたことはねぇんだからな」


 見せつけるようにゆっくりと剣が上へ上へと上げられていくのをただ見ることしか出来ない自分が嫌になります。


 自分の死がすぐそこまで来ているというのにどうして身体は動いてくれないんですか。


 動け、動け動け動け動け動け、、、うごけうごけ!!!


 「逃げて華鈴さん!!」

 「ぁ、……」

 「華鈴さん速くッ!」


 遠くから聞こえた空さんの声。


 逃げろという声、それは私だけに向けられた、私のことだけを考えられた声。


 「ちっ、おいもういい。その女は殺しちまえ! うざってぇ……」

 「へいへーい」


 目の前の男の言葉を受けて、私の方をずっと見て、逃げろと言い続けている空さん。


 その後ろから、空さんの背中目掛けて剣を突き立てている男性。


 また、私のせいで人が死ぬ、殺される。


 死にたくない、でも……誰かが死ぬところも見たくない。


 でも、そんな思いは届くことは無く、空さんの横腹から刃が突き出てきました。


 その傷を受けてか、空さんの口からドパッと血が溢れ、彼女の身体は地面へと落ちていきます。


 「ッ! ソラァアアアアア!!!」

 「海!」


 地面に力なく、横たわった彼女の身体は全く動くことは無く、微かに小さく背中が上下に動いているのが見えているだけです。


 「貴様ら、ッ!!」

 「ばか! 感情に流されるな! それにまだ空は生きて」

 「おっと、悪いけど回復はさせないよ? そんな暇があればお前を殺してやるから」

 「っ、この屑がっ」


 私のせいでまた誰か。


 でも、どうして私は悲しんでいるのでしょうか。


 だって、私は自分が生き残ればいいと思っていたのです。


 なのにいざ、助けられ、自分は利用していたのに相手の犠牲を見たら、死んでほしくないとか、何抜かしてるんでしょうか。


 『人殺しが』


 あぁ、そうです私は人殺しです。


 『お前がいなければ彼女は死ななかった』


 その通りです、私がここに居なければ空さん達が狙われるようなことは無かったはずです。


 私は人殺しですね。


 最低、最悪の。


 「かぁ~やっぱり勿体ねぇ。だが、うぜぇから別にいいか」

 「殺しちまったもんに今更そんなこと言われてもおせぇっての。とりあえず速くそいつ殺せよ。いつ白翼が来てこれを見られるかわかったもんじゃねぇぞ」

 「だな。よし、他二人はもう放っておけ。どの道そんだけ傷ついてればモンスター達が血の匂いを嗅ぎつけて死ぬだろ。さて、じゃあ長くなっちまったけどこれで本当にさようならだ」

 「ねぇ、大人しくしてて。死ぬのが速くなりたい?」

 「っ……。彩月、それより華鈴を」

 「分かっていっ、!?」

 「だから大人しくしてろって」


 海さんと彩月さんにも刺されるナイフ。


 二人の身体から流れる血、そして私の首に当てられている剣によって流れる私の血。


 痛い、刃が入っていなくとも神経を傷つけられれば痛みを感じ、傷を付けられればダムのように溜め流れていた血液はその傷の隙間から血が流れていきます。


 それでも、動いてくれない身体。


 意識も朦朧としていて、まともな思考が出来ない自分。


 あんなに怖がっていたのに、今はどうして怖くないんでしょうか。


 どんどんと痛みが首から広がり、身体全体へと広がっていきます。


 目元からあふれる涙も止まらなくなっていき、止まることのない水は目から零れ落ち、服へと垂れ、地面へと落ちていきます。


 「お、ふっ。なんだよ結構そそる顔できるじゃんお前。殺す前に一発やるのも悪くねぇかもなぁ」

 「お前流石に悪趣味すぎだろ。今から殺す奴をやるとか流石に引くわ」


 気持ち悪い会話、聞きたくもない会話でも、逃げることも塞ぐことも出来ず、聞くことしか選択肢がありません。


 嫌だ、そう思っていても伝わるわけもなく、伝わったとしてもどうせこれから行われることが辞められるわけがありません。


 そのまま押し倒され、服に手が掛けられ、徐々に脱がされていき、迷宮内に吹いている風が服の中に入ってくるのを感じます。


 身体全体から力を抜いて目を瞑って男性達を見えないようにします。


 見たくありませんから。


 でも、いつまでたっても次に脱がされることは無く、逆に男性に掴まれていた腕の圧迫感や服を掴まれていた引っ張られていた感覚が消えました。


 その代わり、生暖かいドロッとした液体が身体に流れ、地面へと流れ落ちている感覚が伝わってきました。


 咄嗟に目を開けて見ると私を押し倒して馬乗りしていた男性のお腹から胸にかけてを串刺しにするように大剣が貫いていました。


 そして、突き刺された大剣は上へと上げられていき、男性の上半身を真ん中から真っ二つにしました。


 男性の下にいた私は、真っ二つにされた衝撃で浮かび上がった赤い液体がそのまま重力に従い、下へと落ちていき、生暖かい気持ちの悪い熱を持ったまま身体全体を赤い斑点で染め上げてきました。


 何が起こったのか分からずに目を開けたまま呆けていると、一つの言葉が私に投げかけられました。


 「華鈴さん……、だい、がふッ! げぼッ、!……、はぁ、はぁ、、だい、じょうぶ……、?」

 「は、はい。で、でも空さん血が」

 「あ、ははだい……、じょ、うぶ。さつき、のがまにあ……ったから、」


 首だけを動かしてみると彩月さんの手に魔法陣が展開されていました。


 でも、それでもまだ空さんの身体からは血が流れています。


 ドッと殴るような音共に男女の苦痛の声が聞こえ、見ると海さんが槍を使って男女二人を槍で殴って地面へと叩き落していました。


 そして、未だ何が起こったのかついていけていないのか、石像のように固まってしまっている彩月さんの方にいる二人を彩月さんが思いっきり魔法を放って気絶させていました。


 「ぎりぎりだったが、何とか間に合ってよかった。空、こっちにこいまだ不十分だから」

 「うん、まだ痛いからお願い」


 ようやく身体が起こせるようになった私は上に乗っていた男性の死体を退かして起き上がって、空さん達に近づきます。


 笑みを浮かべていますが、空さんの手は震えていて、顔色も真っ白という言葉が似合うほど血の気が引いていました。


 「…………ごめん、空。俺は、お前に人殺しを」

 「ううん、みんなが生き残るためには仕方ないから」


 そう言っていても空さんの身体はカタカタと震えているままで、笑顔は徐々に引きつっていき、冷や汗も酷くなっていっています。


 「空、お前は悪くない。だから、ゆっくりと落ち着いて深呼吸をするんだ。大丈夫だお前は何も悪くない。襲ってきたのは向こうなんだ罪に問われるのも向こうだ。だから、大丈夫だ」


 彩月さんが空さんを抱きしめて背中を撫でて落ち着かせようとしますが、空さんはそれでも震えたままで、その震えは収まる気配がありませんでした。


 本当なら、あそこであの男性に向かって剣を振る、斧を振る程度を私がしていれば皆さんがこんな怪我を負う必要も空さんが人殺しを行わなくてもよかったはずなのに。


 私が動かなかったせいで、空さんが一生消えることのない罪を持つことになってしまったのです。


 「華鈴さん、ちょっと悪いんだが、空の傍に居てやってくれないか?」

 「ぇ……私、ですか?」

 「あぁ、俺達は白翼の人達を呼んでくるその間空の傍に居てやって欲しい」

 「わ、私よりも海さん達の方が」

 「いや、今は俺達よりも華鈴さんの方がいいと思う。だから、頼む」

 「…………わ、分かりました」


 すまないと言って彩月さんと海さんは空さんの頭を撫でて、走っていきました。


 気まずくてどうすればいいのか、正直分かりません。


 どう言葉を掛ければいいのか、なんて言えばいいのか。


 話しても、それで傷つけたくはありません。


 いえ、傷つけたのはもう今更です。


 もう彼女に、私は死ぬまで消えるとのない傷をつけてしまったのですから。


 何もしない訳にはいかないと思い、彼女のそばに行き、彼女の隣に座ります。


 でも、そこで会話が行われることも、彩月さんみたいな優しい言葉を掛けるわけでも、抱きしめてなだめるわけでもありませんでした。


 ただ横にいるだけしか、私には出来ないのです。


 そんな気まずい状態が続き、静寂が辺りを包み込みました。


 しかし、その静寂を壊したのは、空さんでした。


 「華鈴さん、大丈夫だった?」

 「ぇ、?」

 「ほら、殺されかけて、犯されかけたでしょ? だから、大丈夫かなって」


 どうして、どうしてそんな状態でも私の心配が出来るんですか。


 「私は、平気です。その、空さんは、、、大丈夫ですか?」

 「…………まぁ、いつかこうなるとは思っていたかな。だから、もう少しすれば大丈夫だよ」

 「そう、ですか」


 そこで私と空さんの会話は終わりました。


 ただ、まだ怖いのか空さんは私に近づいてきて、身体を密着させてきました。


 びっくりはしましたが、拒否する理由も何もなかったので、ただ黙って空さんの好きなようにさせます。


 こんな、私が言うことではないかもしれませんが、少しでも空さんの傷が軽くなってほしいと、そんなふざけたことを考えながら、彼女が伸ばしていた手を繋ぎました。


 ですが、その時空さんの手が突然震え出したのを手で感じました。


 空さんの方を見ると、さっきよりも青ざめていてさっきとは違い大きくガタガタと震えています。


 「空さん? どうしたんですか? そんなに震えて」

 「か、華鈴さんた……た、立って」

 「え?」

 「速く!!!」


 華鈴さんと同じように前を見ると、私は咄嗟に剣を持って前へと向けました。


 最悪だ。どうしてこのタイミングで来るんですか。


 「カムタリック」


 現れた巨大な異形な生物(キメラの化け物)は獲物を見つけたと言わんばかりに、雄叫びを上げました。

現在週一不定期投稿をしているのですが、やっぱり曜日を決めて定期投稿の方がいいでしょうか。

ぜひ教えてくださると嬉しいです。

いつも読んでいただきありがとうございます。

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