二十一話 死は近くに。
「よいしょ! 海そっち行ったよ~!」
「は? お前なぁめんどくさくなったろ!?」
「正解!」
「…………後で覚えとけよお前」
切込隊長のように前線に突っ走り、モンスターを斬り伏せている空さんと空さんの後に続き空さんが倒し損ねたモンスターを倒しながら進む海さん。
先程からずっと二人の戦闘を見ていますが、正直私いらないのではと言いたくなる程の強さで、スライムだろうがゴブリンだろうが一撃で倒していっています。
「華鈴さん手が止まっている。魔石にはまだ届いてない」
「あ、すいません」
ちなみに私は今ゴブリンの死体から魔石を取るために奮闘中という感じです。
蘭さんに言葉だけではありますが、教わったのですが、実戦ではやった事がないため、彩月さんに見守られ、教わりながらやっています。
そしてやってみて一つ蘭さんに言いたいことが出来ました。
これ凄く難しいです、と。
確かに蘭さんが教えてくれた時は簡単そうだなと思いましたし、私でも出来そうと思いました。
でも今はそんなことを考えていた昔の自分を張り倒したい気持ちでいっぱいです。
まずナイフを使って死体の胸の肉を切りながら肉を少しずつ取っていき、骨を露出させて骨を削って、中の魔石を取るのですが、一番最初に突き刺すナイフの角度と力加減を少しでもミスると魔石が傷付きます。
傷付くくらい平気だろうと思いますが、実はそうもいきません。
マギルを溜め込んでいる魔石を傷付けるということはマギルを溜めておくことが出来ないと言うことです。
穴の空いた袋と同じになるということです。
それでは魔石としての価値はなくなり、ただの石として扱われます。
なので魔石を取り出す時は傷付けないように注意しながらゆっくりと行わなければならないのです。
しかし、同じ種類のモンスターでも魔石は大きさが異なります。
なので、小さいのもいれば大きいのもいるので一回一回の取り出し方を変えなければならないのです。
「ん。華鈴悪くない。その調子でやると取れるはずだ」
「は、はい。中々、難しいですね」
「魔石を取り出すのには中々の技が必要だが、華鈴はよく出来ている安心していい。空の方が上手く取れないから」
「あ、そうなんですね」
「あぁ、海は手先が器用だが、空は不器用だし、苦手だからなこういう作業」
失礼ではありますが、正直心の中で納得してしまいました。
空さんは結構大雑把だなと感じるところが多いので、こういう小さな作業は苦手なんだと思います。
逆に海さんは小さな作業などは得意そうだなと思います。
今もそうですが、海さんはどちらかと言うと空さんのサポートに回ることが多いです。
なんか、暴れ回る空さんのストッパー的な立場でしょうか。
対極な二人ではありますが、戦闘での連携は完璧でまさに阿吽の呼吸です。
それに、なんだかんだ文句を言いながらもお互い言われたことをキチンと守るあたりは面白いなと思います。
まぁ海さんが先に折れる方が速いのですが。
さて、私の方に戻りますが、ようやく魔石が見え始めてきました。
ここからが後少しではありますが、ある意味ここからが鬼門となっていきます。
まず、骨を削らなければ取れませんので削るのですが、削ってる時にそのままナイフが滑ってしまい、魔石を傷付けてしまう可能性があります。
なので、ナイフをゆっくりゆっくりと動かして、刃先で削り、切るようにしないといけません。
そして私はここで何回も魔石を傷付けてただの石に変えています。
最初だから仕方ないと何度も彩月さんには怒られることはなく、寧ろ次頑張れと励まされてはいるのですが、正直申し訳なさで縮こまりそうなのでいい加減成功させたいです。
ゴブリンが普通のモンスターと比べても弱いとはいえ、死ぬ可能性は十分にあります。
それに、私はそれを目の前で見ていますから。
弱い存在ではありますが、残酷さはやはりモンスター。
滅多刺しにされて苦しみながら死ぬのは嫌ですし、何よりも死にたくありません。
「華鈴、後少しだ。そのまま骨を削っていけば取れるぞ。加減を間違えないように気を付けるんだ」
「は、い。か、固いですほんとに」
「まぁ慣れるまではそんなものだ。私も慣れるまではよく苦戦していたから、安心してゆっくりやるといい。迫ってくるモンスターはあいつらが勝手に倒してくれるから」
彩月さんが指差す方を見るとモンスターの主にゴブリンの死体が山のように積み上げられており、所々にスライムだった液体がゴブリンの死体に付着していました。
私が魔石を取るために奮闘していた間にどれほど倒したのやら。
「華鈴さん終わったー?」
「後もう少しだ。待ってやってくれ」
「おい空。死体を纏めるぞ。素材に出来るところは持って帰るからな」
「えーめんどくさいから海やってー」
「主に倒したのはお前だろ! 何で俺だけがやらなきゃいけないんだ! 手伝ってやるだけありがたく思え!」
「ぶーぶー」
「はよこい」
なんだかんだ言って手伝うあたり、海さんは空さんに甘いなと思います。
あぁやって口うるさく言うのは空さんのことが大事なんだなと見てるだけでも分かります。
「お、取れる」
ブチュッと音がしてその瞬間、手に感じていた重量感が消えて、軽くなりました。
ゴブリンの骨が折れ、肉から無理矢理外れ、魔石が露わになっています。
ここまでやってようやく魔石っていうのは取れるようになるのです。
もう二度とやりたくないです。
魔石にくっついていた肉片を切り取って、ゴブリンの死体から取り外し、ようやく手に収めます。
「よく頑張ったな。大きさも悪く無い。疲れた?」
「はい、とても」
「まぁ初めてだから仕方ない。慣れれば簡単に出来るようになるからまぁ、失敗覚悟で何回もやるしかないな」
軽く彩月さんの言葉で絶望しそうですが、今は取れたことを喜んでいいですよね。
ですが、これで試験の合格ラインには達することが出来ました。
あとはこれを持ち帰るだけです。
「よし、華鈴も取れたところだし、空達も取れたのを考えると、もう戻っても大丈夫だろう。魔石と共にゴブリンとスライムの素材を持っていけば合格ラインには達しているはず」
「だが、魔石を指定されているなら他の素材は意味がないんじゃないか? 他のクランなら多少なりとも譲歩されるかもしれんが、トップギルドともなってくると無理なんじゃないか?」
「…………確かにそれを言われるとそうかもな。と言っても、この死体をこのまま放っておくのもどうかという。海、取れるか?」
「取れなくはないが、さすがにこの量は時間が掛かるし、何よりも魔石としてまともに取れるか分からないから、無理に今やるべきかどうか」
「まともに取れるか分からない?」
「あ~華鈴さんはまだ分からないよね。魔石でもねまともに魔石として使えないときがあるの。例えば倒した時に破損しちゃってたり、核が小さすぎて魔石として扱うことの出来ないものがあったり、だから結構運なところもあるんだー」
そんなガチャシステムのようなものがあるんですか、てかそれを聞くと私が取っていたこの魔石も下手したら。
「うん、そう。もしかしたら魔石としては言えないモノだったかもしれなかったね」
割に合わない素材だと思いました。
ゲームとかならまぁ仕方ない高価なものとして割り切ることが出来ますが、流石に命が掛かっている以上そんなことで割り切ることは出来ません。
聞いてる限りだと魔石はまるでギャンブルのようです。
当たり外れがあり、当たれば一攫千金、外れれば一文無し、大きく違うのはお金ではなく、労力と時間と、自らの命。
いえ、冒険者がまずギャンブルのようです。
運が良ければ稼げて、運が悪ければ掛けていた命を失い。
ずっと思っていましたが、この世界の命は軽く、当たり前のように死が近くにあり、人間がモンスターと分類されてしまう世界。
残酷で最悪という言葉の具現の世界。
ですが、他人を気にしている余裕は私にはありません。
「華鈴さん大丈夫?」
「あ、ごめんなさい。聞いていませんでした」
「あぁ、ううん気にしないで、、、、、モンスターと戦うのって怖いよね」
「え、怖い……?」
空さんから出た言葉はえ、と困惑するほどでした。
遠くから見ていた時、空さんは戦っていた時、楽しそうにしているように見えます。
笑顔ですし、まるで子供がおもちゃで遊ぶように大剣を振るい、モンスターを一刀両断していっているのですから。
だから空さんがそういう風に思っていることに驚きを隠せないというか、意外だと思いました。
「空さんでも怖いんですか? モンスターと戦うのは」
「うん怖いよ。だって死にたくないもん。でも、こうでもしないと私達みたいな平民は生きれないからさ」
その時にハッとしました。
どれだけ強くても空さんも人であり、何よりもまだ空さんも少女という年齢であり、もっとやりたいこともあるはずですし、冒険者なんていう死ぬようなことははしたくないはずです。
他の人も同じ気持ちなのでしょうか。
空さんと同じ気持ちで死にたくないとか、モンスターが怖いとか、蘭さん達もそういう気持ちなのでしょうか。
「空さんは、、、冒険者をやめたいと思ったことはありますか?」
「ずっと辞めたいよ。今も昔からずっとね。でも辞めたら、生活出来なくなっちゃうから、やるしかないんだ。だから、トップギルドに入って少しでもこの怖さが軽減出来たらなって、思って」
空さんの考えは私と同じでした。
私も冒険者になんかほんとはなりたくなんかありませんし、戦いたくなんてありません。
それに、本当に叶うならこの世界から私のいた世界へと帰りたいです。
「華鈴さんって私と同じ考えなんだね。海と彩月は強いから、私に比べて怖いとかそういうのはないから羨ましいっていつも思ってるんだ」
「そうなんですね。でも、意外でした。空さんは私と比べて強い方ですから、そんな怖いとか辞めたいなんて思っていないと」
「あはは、私って怖がりなんだよ。だから昔はいつも海の背中に隠れていたんだ。それくらい怖がりで臆病者だったんだ。でも…………いや、今はこんなこと話している場合じゃないね。ほら、海達が話してるから私達も行こ」
「はい」
話を止めた空さんの後に続いて、歩き出して海さん達の元へと向かいます。
その瞬間、背中に走った悪寒が、私の身体を前へと動かしました。
空さんの腕を引っ張りながら。
転がるように前へと走って、空さんと転びながら倒れ込みます。
「お、おい二人とも大丈夫か?」
「随分と派手に転んだな。少し待ってろ傷を治してやるから」
海さん達が私達に気付いて近寄ってきますが、そんなことを気にしているような余裕はありません。
ただ、後ろから感じた悪寒から逃げたいだけです。
「いっ、つつ! か、華鈴さんと、突然なに、」
「はぁ、、、はぁ、、、あ……れ、」
上半身を起こして見つめると、剣を振り下ろしてこちらを睨み付けるあの時、私に話しかけてきた男性がいました。
そして、後ろから他の四人の男女が暗がりから出てきました。
「おい、なにやってんだよ。避けられちまったじゃねぇか」
「おっかしいな。完全に気配を消したはずなんだが」
まるで日常的な会話をするように平然と話す男性達に恐怖を感じます。
もしも、避けていなかったら、私はどうなってたのかなんて、考えなくとも分かります。
「…………突然襲ってくるなんて何のつもりだ? 完全な犯罪行為であり、お前ら自身ただじゃ」
「あ? 俺達は依頼されたことをこなすだけだ」
依頼、どういうことなんですかそれ。
私を殺すことが依頼?
そんな、そんなこと。
「まさかお前ら、裏依頼を」
「何だ、知っているのか。なら、もういいか。そいつ、白樺華鈴は、裏依頼では高額、なんてもんじゃねぇ金で依頼されてるんだぜ? そりゃあ狙うだろ?」
さも当たり前のように話してくる男性。
お金のために、人を殺すことが当たり前だというように話すこの男性達は。
本当に、、、人間なんですか。




