十九話 罪悪感と孤独感。
眩しいと思って目を開けると窓から差し込む太陽の光が顔目掛けて全力照射しています。
目を細めても瞼を閉じていても眩しいと思わせる太陽、元の世界ではうざったいと思っていましたが、今となっては私のことを落ち着かせてくれて生を実感させてくれる一つの精神を安定させてくれる存在です。
この一週間で、パッと見ると変わってないと感じますが、よく見ると変わったなと感じます。
見ると身体は傷だらけで、大きな傷はありませんが、小さな傷が無数に存在しています。
切り傷から擦り傷、痣に瘡蓋、言い出したらきりがないほどの量の傷が出来ています。
短い時間ではありますが、やれることはもうやりました。
あとは、それを実践出来るかどうか、正直時間がなかったので実戦での戦闘はまた一度もありません。
唯一戦闘出来たのは蘭さんと蓮さんだけ、しかし二人との戦闘は実践の戦闘とは程遠く、戦闘は行いますが、あくまで名目上は鍛錬というものです。
しかし、今から行うことはモンスターとの殺し合いであり、本物の戦闘です。
思い出すゴブリンとの戦闘、あの男性との戦闘、今も手に残り続けているあの時の感触は慣れることはありません。
ですが、なぜでしょうか。
恐怖も感じるはずなのに、慣れているわけもないのに、なぜか、怖いと心の底から感じないのはなぜなのでしょうか。
「華鈴様。起きていますか?」
「蘭さん…………はい、起きています」
蘭さんの声に考え込んでいたことを消すようにして、窓に向けていた目線を扉へと向けると黒い布を持った蘭さんが立っていました。
「よく眠れたようですね。それでは服なのですが、こちらを」
「いつもの服じゃ、ないんですね」
「はい、いつもの服では戦闘には向きませんので」
渡された黒い服はローブのようなですが、どちらかというとロングコートみたいな大きな服で、大きすぎて着れるか心配です。
でも、触り心地が凄くいいです。
正直これを抱きしめて寝てみたいと思うほど、てか普通に寝具に出来ますこれ。
「お気に召したようで何よりです」
「あ、えっと…………はい」
「それでは部屋の外にいるので、準備が出来ましたら声を掛けてください」
「はい。何から何までありがとうございます」
蘭さんが出ていったのを確認して、服を着替え始めます。
渡された服はやっぱり大きかったですが、ぶかぶかという訳ではなく、動くことに問題は感じません。
逆にいつもよりも動きやすい気がします。
「蘭さん、着替え終わりました。もう準備も出来ています」
「はい。では、ご案内いたします。あと、朝ご飯です。あまり時間がないので簡単なおにぎりしか作れず、申し訳ございません」
「いえ、とんでもないですありがとうございます…………いただきます」
美味しいと、心で呟きながら、二口、三口と食べ進めて行きます。
そのままおにぎりをすぐに食べ切ってしまい、私の食事は終わります。
おにぎりを包んでいた紙をくしゃくしゃに握りしめて、服のポケットにしまいながら、無言で前を歩く蘭さんに着いて行きます。
普段は話してくれる蘭さんも無言で話そうとはせず、表情は分かりませんが、いつもの雰囲気とは違う気がします。
威圧感というか、そんな感じの雰囲気が。
しかし、蘭さんのことを正直考えてる時間なんかありません。
私は、私のことで手一杯なのですから。
「華鈴様。一言、私から申し上げてもいいでしょうか」
「…………はい。なんですか」
珍しいなと思います。
蘭さんはいつも躊躇うことや戸惑うことなく、話を淡々として尚且つこちらが分かりやすいようにゆっくりと話してくれます。
今の様に話す前に断りを入れてくることはこれまでありませんでした。
「どうかご無事で。今からはモンスターとの戦闘であり、いつ死んでもおかしかないのです。怖いと感じたら、逃げても大丈夫ですから」
「えっと、それはもちろんですが、このテストを逃げたら」
「テストよりも、華鈴様の命の方が大事ですから」
蘭さんは。いえ、蘭さんも蓮さんも遥さんも優し過ぎます。
私はこの白翼のことを利用しようとしているのに。
それに私は赤の他人です。
ここまでする必要はないのに、どうしてそんなに優しいんですか?
そう、聞きたいです。
「はい。ありがとうございます蘭さん」
嘘の謝罪しか言えず、心奥底を何も話さず、人を騙し続けるのは罪悪感でいっぱいです。
今更だというのに、もう慣れたはずなのに、まだ痛み傷つく自分が腹立たしいです。
「華鈴様、こちらです。ここの迷宮で今回テストを行います」
「……ここですか」
ここが、迷宮ですか。
案内されたのは街からそれほど離れていない草原の中に一つ置かれた古い石造の異世界ではよくありそうな形をした建物でした。
しかし、大きく開かれた入口は明るい昼なのに中が見えず、まるで誘うかのように不気味な雰囲気を放っています。
まぁ、不気味というよりかは、あの森と同じ、得体の知れない何かって感じですが。
「どうやら他の冒険者の方はもう居るようですね。それでは華鈴様、ここからは私は華鈴様に手助けすることは出来ません。頑張ってください」
どうやら、蘭さんが居てくれるのはここまでの様で、ここからは白翼と他冒険者としての関係に戻るようです。
それが当たり前ではありますが、今まで居てくれた方々が居なくなるのは幾分か不安です。
「はい……ありがとうございます蘭さん」
「いえ、お気になさらず。あぁ、忘れるところでした。華鈴様あなたの武器です。そして、受け取った後はあちらの冒険者の方達がいる入口付近で待っていてください」
渡された武器は変わらず、私が使っていた武器達。
一本の剣と二本の斧。
アンバランスな武器ではありますが、私にとってはこれ以上ない扱いやすい武器です。
武器を受け取り、剣を腰に斧を背中のコートの中へと携え、一言お礼を告げて私は蘭さんから離れます。
これ以上の会話は不要でしょうから。
入り口付近まで来ると、冒険者の顔や人数などが良く見えてきます。
居る人数は八人。
ただ、五人と三人に分かれているのを見ると、この人達もギルド的なグループなのでしょうか。
「あ、こんにちは! あなたも入隊テスト受ける人?」
「うぇ!? は、はい」
「あたし達も同じなんだぁ。よろしくね!」
この人の俗に言う陽キャって言うタイプの人だなと感じます。
「それであなたの名前はなんて言うの? 仲良くしたいから教えてほしいなぁ〜」
正直初対面でいきなり大声で話しかけられたら誰でも驚きますし、変な声が出ます。
「あたしの名前は空って言うの!」
…………どうしましょう、話すタイミングがありません。
元々人との会話が得意ではない私にとって、ぐいぐいとくるこの勢いの強さと連続で止まることなく、ずっと話されるとそれを止めて自分の話をするのはとても難しいです。
「それであなたの名前はなんていうの?」
「あ、えっと……わ、私は」
「おい、そんな勢いよく話し掛けると相手が話せないと俺はあれほど言ったぞ。良い加減その単細胞の行動を控えてくれ」
「あ、ごめんなさいって誰が単細胞だとりゃあ!!」
「いって!? 本気で殴るかよ普通!?」
「そっちが先に言ったでしょ!」
「だからって殴る奴があるか!」
突然男性の方が止めてくれたと思ったら、今度は二人で話し出してしまいました。
仲がいいですね。と思考を止めて痴話喧嘩の様な二人を見詰めます。
「喧嘩はそれくらいにして。結局この方が話せていない。どちらも変わらないから無意味な喧嘩はよそでやって」
「うっ、悔しいけどぐうの音も出ない!」
「相変わらず容赦がないなほんと」
「さて、それでは先に私達のことを紹介しよう。私は彩月。さっき言ったが、空と男の方は海という。それであなたの名前を教えて欲しい」
後ろで悔しそうに見ている二人を無視して話し出したのはザ・魔道士って感じの見た目をしたちっちゃい女の子です。
いや、後ろを無視して話すなんてなんていうメンタルと語彙力なのでしょう。
私にもそんな風にできる大胆さが欲しいところです。
「は、はい。私は白樺 華鈴と言います。気軽に華鈴と呼んでください」
「…………華鈴さんは苗字があるのか」
「え。はい、あります、けど」
「いや、何でもない。気にしないで欲しい」
苗字があるのは何かおかしいのでしょうか。
でも、そういえばこれまで皆さんの名前を聞いた時は全部名前だけで、苗字は聞いたことがありません。
この世界では苗字を言うことはないのでしょうか。
「実は華鈴さんにひとつお願いがあるのだが、良いだろうか」
「はい、何でしょうか」
気にはなりましたが、話が変わりましたし、今聞いたところで何の意味もありませんので、スルーでいいですね。
「もし、華鈴さんがいいなら。私達のグループに一時的に入ってくれないだろうか。今回の入隊テストに私達も合格したい。もちろん華鈴さんとは協力してだ、どうだろうか」
条件としては悪くありませんが、あそこの五人グループの方々とは協力しないのでしょうか。
向こうにいる五人の方々は見ただけでもベテランというのが、分かります。
屈強そうな身体と武器、そして先程から話し合いをしているのを見るに、今回のことを話しているのでしょう。
あの方達とも一緒に出来ればそれは心強いと思いますが。
「あぁ、華鈴さんあそことはやめておいた方がいい」
「え。だ、どうしてですか? 協力した方が死ぬ確率だって」
「あたしは絶対にあそことは組みたくないから! さっきもあたしが誘いに行ったら『雑魚と組む気はねぇよ』って言われたんだよ!? そんなところとあたしは組む気はない!」
まぁ、確かにそんなこと言われると組みたくはありません。
てことは、あの方々からの協力は得ることは出来ないでしょうね。
しかし、空さん達と組めるだけでも大きいです。
一人でこの中に入るよりは四人の方が死ぬ確率も下がりますから。
「それよりも! あたし華鈴さんに聞きたいことがあるの。華鈴さんの冒険者ランクはどのくらいなの?」
「え、えっとDランクです。皆さんのランクは」
「そうなのか。俺達も華鈴さんと同じDだ。同じランクの者同士これからもよろしく頼む。それじゃ自己紹介もこれくらいにして、作戦を決めておこう」
「はーい!」
私と同じDランク、しかし私は空さん達とは違い、蘭さん達の力で上がったようなものです。
自分の実力ではありません。
「彩月はいつも通り後衛、そして他三人が前衛だな。華鈴さんに聞くが、華鈴さんは魔法とかは?」
「使えません。魔力が無いので」
「分かった。なら、とりあえずはこれでいいな。何かあるなら変えていくと言う感じで行くぞ」
「はーいりょーかーい!」
「空、毎回思うが君は少し落ち着くと言うことを」
仲良いなと思いながら、三人から少し距離を置いて見つめます。
思えば近くにいつも蘭さんか遥さんが居てくれたので一人ではありませんでしたが、こうやって見ると私は実際には孤独なんだと感じます。
「よっ、華鈴元気か?」
「あ、遥さん。元気ですよ」
いつの間に後ろにいたのか、突然の声掛けにはびっくりします。
遥さんは普通にあの後も話しかけてくれますが、私は少し話しづらい感じがあります。
あまり良くないと分かっているのですが、それでもあの時のことが強く残り続けてしまっています。
「元気そうならよかった。ま、華鈴頑張れよ入隊テスト」
「はい、もちろんです」
「あぁ、それと。無茶だけはすんなよ。死んだら意味ねぇからな」
言うことを言って遥さんはそのまま蘭さん達の元へと行ってしまいました。
ありがたい言葉ではありますが、今は無茶しないといけない時です。
遥さんの残した言葉は蘭さんと同じ言葉でした。
そして、去っていく時の遥さんの表情。
また、胸がズキズキとします。
「集合!!! 入隊テストを始める!!」
胸を抑えていた時でした。
慶さんの笑い声と共に大声が響きました。
遂に、始まります。
私の生存を決めるテストが。




