十四話 執着(1)
ざわざわと聞こえてくる人々の困惑した声。
「なんであんな小娘が」
「どういうことだ、白翼が押したのか?」
「あ、有り得ねぇなんでだよ!」
私に向けられる目線はまるで奇怪なものを見るかのような目。
ずっと聞こえてくる声と感じる目線に耐えきれなくなり、目線を下に下げて顔を見せないように下に向けて、身体を小さくするように身体を少し前に倒して、肩を身体に近づけて、身体をなるべく小さく、縮こませます。
「それでは華鈴様、今からここ冒険者協会の説明と冒険者のことを説明していきますので、何か分からないことがあれば気軽に質問してください」
しかし、そんな周り声を気にせず、聞こえていないかのように、受付の人は無視して、左手に書類を持って、それを目の前の長い机の上へと置いて見やすいように前へと差し出してきて、書類に書かれている文字に沿わせるように人差し指を置いて、続きの言葉を話しました。
「私の名前はここの冒険者協会の受付嬢の一人、ルリと申します。もし何か分からないことがあれば何時でも私をお呼びください」
「は、はい。よ、よろしくお願いします」
「うふふ、華鈴様はとても礼儀正しいお方ですね。ですが、私に敬語は結構ですので、気軽にそんなに緊張しないでください」
「け、敬語は私の癖、なので……慣れるまでは、敬語を許してください」
「大丈夫ですよ。お好きなようにお話しください」
どうしてルリさんが今のこの状態を無視出来るのか、私には分かりませんでした。
それに、蘭さんや蓮さん、遥さんも特に気にしていないようで、首を少し捻って後ろに視線を向けると、三人は少し後ろで何か話し合っていました。
視線を元に戻して、目線を真っ直ぐ向けると私の目はルリさんのとある部分に吸い込まれて、止まりました。
人間に、当たり前に付いている耳、ルリさんにももちろん耳が付いていましたが、その耳の形は横に伸びて、大きく、とんがっていました。
よく見るとルリさんには他にも私と比べて違うところがありました。
瞳孔の色が黒ではなく、水のように透き通った青色で髪の色は木の葉を思い出させるような黄緑色で、姿は同じなのに、同じ人間とは思えない容姿でした。
「私の姿に気になりますか?」
「あ……ご、ごめんなさい」
「いえ、初めて会う方はいつも華鈴様のような反応をするので大丈夫ですよ。私はエルフ族なので、このようなようしとなっております」
「える、ふ?」
「エルフ族は魔法に長けており、その魔法は数多にいる種族の中でも頭一つ抜けた魔法の技術です。更に、種族の中でも長命種なので、今目の前にいるルリさんも見た目は若いですが、恐らく百は超えているかと」
いつの間に近くにいたのか、蘭さんが私の疑問を払拭するように応えてくれました。
そのまま蘭さんは横に立って、ルリさんと目を合わせて、何も会話もしていないはずなのに、二人のその姿は会話しているように見えました。
それよりも、蘭さんの言葉を聞いて私は少し目を見開いて、ルリさんを見つめます。
「うふふ、驚きますよね。しかし、あまりエルフに年齢のことは聞かないようにお願いします。気にする子もいますから」
「わ、分かりました」
「はい、ありがとうございます。それでは」
「おいおい、待てよ」
ルリさんの声を遮ぎって聞こえてきたのは野太い声で、突然割って入ってきたのは大柄な男で、見えている両腕と両足は丸太のように大きく、見ただけで筋肉で囲まれているのだと分かりました。
その男の人の顔は怒りの色をあらわにしていて、こちらを目は少し細められ、眉間は八の字にしわを作っていて、その目は私を睨みつけていました。
「…………なんでしょうかサイアスさん」
「おかしいだろ。俺達はDランクになるのに一年間も掛かったんだぞ?それなのに、なんでこんなガキがいきなり、Ⅾランクなんだ?」
「っ……うっ」
突然頭に私の頭を軽々と包み込むことの出来る手を置かれて、重みと共に突然の重みに対応していなかった首が痛み、顔を歪めて目を瞑ります。
何よりも、自分よりも大きい存在に睨みつけられて、身体は恐怖で竦み上がりました。
しかし、それだけでは怒りが収まらないのか、男性は私の頭を叩きながら。
「このガキが何をしたっていうんだ?それに、トップギルドがこんなことをするなんて何のつもりだ?白翼」
「その手を華鈴様を退かしなさい。それに、華鈴様にはそれだけの力があるから、こうなっているのです」
少し、イラついた声で、蘭さんが男性を睨み付けるように目を向け、男の手を私の頭から退かして、私のことを抱きしめて、安心させるように背中を撫でてきました。
そして、いつの間にいたのか、蓮さんと遥さんもすぐ傍にいて、男性を睨みつけていました。
「っ、だ、だがよ」
「では、その子がどのような功績を持っているのか我々を納得させる確かな証拠を出してくれないか?」
突然野太い声を搔き消すように、凛とした若いと分かる青年の声が、協会全体に広がり、その発生源の後ろに首を動かして目を向けます。
そこにいたのは、黒いマントを背中に付けて、黒紫色の煌びやかに装飾された鎧に身を包み、その鎧には似合わない白い髪を持った青年が教会の大きな扉から歩いて来ていました。
その後ろには、背中に弓を携えた長く黒い髪の女性、水色の逆立つような髪を持ち、頭にバンダナを巻き、両手を首へと回している背の低い青年、黄色い髪に、白を基調とした長い帽子を被り、白いローブに長い木の杖のようなものを持った少女が青年の後に続いて歩いて来ていました。
「黒狼、ですか。依頼終わりですか?」
「今しがた終わり、報告していたところだ。それで、聞かせてもらおうか私欲でそのように誘うことは冒険者協会の中では認められておらず、破れば罰金、またはランクの降格だが、それを分かっているのか?」
心底めんどくさそうに溜め息を吐きながら話す蘭さんに、圧を掛けるように話しかけてくる青年は蘭さんに言葉を出しながら、目だけは私に向けられ、じっと見つめて来ています。
その後ろで黙っている他の三人も目だけは私に向けられていて、私は自然と目線を下に向けて、身体を隠すように蘭さんに密着させます。
「そうだぞ!俺達は苦労していつもランクを上げているんだ!」
「そんな小娘をいきなりDランクなんてふざけるな!トップギルドだからってなんでもしいと思うな!」
青年の言葉に続いて怒りに震えていた人達が次々と声を上げ、私だけでなく、蘭さん達にもその矛先を向けて、口を開いていきます。
しかし、三人は全く気にしていないようでした。
蘭さんはまた溜め息を吐き、蓮さんは眼鏡を掛けて本を読み、遥さんは暇とばかりに大きく口を開けて欠伸を吐いていました。
そして、蘭さんはルリさんへと目を向けて、ルリさんも蘭さんに目を合わせて、頷いてまた違う書類を机の中から出しました。
「本来は、機密資料となっているのですが、今回は仕方ありませんね。確かに、私欲でのランク上げは違法となりますが、確かな功績があればそれは別となります。華鈴様は、お一人でキングゴブリンの討伐をしております」
ルリさんが言い放った瞬間、上げられていた声はピタッと止まり、ざわついていた空間が、静寂へと変わり、私を睨みつけていた大柄な男性は目を大きく見開き、その大きな身体を銅像のように固まらせていました。
しかし、そんな静寂を破壊するように青年は前へ歩きながら、ルリさんの言葉を否定しました。
「それだけでは、証明とはならないのでは?そこにいる白翼が秘かに手伝った可能性だってあるだろう?確証はないゆえに、それを信じることは」
「これは、冒険者協会がその死体を調べ、協会長自らが認めた書類です。それを否定するのでしょうか?」
「ッ!?」
続けられた言葉に今度こそ青年は驚愕の顔色を浮かべ、目を見開き、その驚きに言葉が止められるように止まりました。
しかし、青年が黙ったその瞬間、大きく野太い声が、怒りの含まれた声が、聞こえました。
「それでもよ、そうだとしてもそんなの認められねぇ!!例えそうだとしても目の前で見なきゃそんなの信じられねぇよ!」
決壊したような怒りの爆発が男性の目を見て伝わり、その顔に声に、目を強く瞑り、耳を両手で塞ぎます。
そして、それに続いてか納得のいかない消すことの出来ない同じ怒りを抱えた人達の怒声が手で塞ぎきれずに耳の中に響き、その怒声に感じる怒りに心が恐怖に包み込まれ、目に涙が浮かんできます。
その時、決して大きくはないしかし、確かな力を持った声が、怒声の声達を貫く槍の様に、全てを貫きながら。
「では、その身で試してみてはいかがですか?」
「は、?な、何言って」
「華鈴様がⅮランク冒険者と認められる実力があればいいのですよね?華鈴様と同じⅮランクの冒険者が決闘し、勝てば、華鈴様をⅮランクとして認める、それで如何ですか?」
「っ!?ら、蘭さん何を言ってるんですか!?わ、私にそんな力!」
「良いだろう。だが、もしそいつが負けたらどうする気だ?無論こんなことをしたお前達もタダで終わるとかいかねぇよなぁ?」
男性はニヤッと不気味な笑みを浮かべながら、私のことを見た後、蘭さんへと目を向け、見つめ続けます。
その目は何か品定めをしているかのような、いえ、もっと酷い、舐め回すような気味の悪い目つきで、見ていました。
「…………そうですね。それでは欲しいものをお一つ白翼から差し上げます。それで如何ですか?」
「良いだろう。じゃあ、おいガキ」
「!……なん、ですか?」
「死んでも文句言うなよ?おい!検定場を貸せ!早速やるぞ!」
そう言って、大柄な男性の後に、ニヤニヤと確信のような笑みを浮かべた他に人達も歩き出し、どんどんと人がいなくなっていきました。
しかし、それどころではない私は蘭さんの両肩を掴んで彼女に顔を近づけて、怒りと恐怖の含んだ声で彼女の考えを否定するために言葉を放ちます。
「なんてことをしてくれたんですか!?無理です!あんな!」
「大丈夫です。華鈴様ならいけますよ」
「そ、そんな!」
「ほら、行きますよ」
蘭さんは左手を掴んできて、そのまま男性達が出ていった扉に向かって私を連れて歩き出しました。
私がどれほど声を上げても、蘭さんは反応することも止まることもなく、歩き続けて、扉の前で止まります。
そして、身体を私の方へと向けて、掴んでいた左手に右手も加えて包み込むように掴んできました。
「華鈴様、負けても大丈夫ですよ」
「ぇ、」
「華鈴様は一人だけではありません。私も、蓮も遥もいます。だから、負けてしまっても大丈夫です」
それだけ言いうと、右手を外して、また私を引っ張って扉から私と共に出ていきました。
扉を抜けて、出た先には白翼の鍛錬場に似た部屋が作られており、そして、その真ん中には先程の大柄の男性が堂々と立っており、右手にはその身の丈よりも一回り大きい、巨大な斧を右手に持ち、地面に突き立てていました。
その男性を囲むように、少し離れた位置に無数の人達が立っていました。
そして、入ってきた私達へと目線が注がれ、大柄な男性が大声をあげて、私のことを呼んできます。
「遅かったな。さっさと来い!」
「…………っ」
震える身体を動かして、蘭さん達から離して、男性がいる中央に向かって足を引き摺るようにして歩いて、男性の目の前まで行きます。
顔を上に上げて、ようやく顔が見えることの出来る程大きな男性は見るだけでも、恐怖を感じます。
どくどく強く、速く脈打つ心臓に左手を置いて、無理矢理抑え込むように指に力を込めて、心臓を握り締めます。
「ちっせぇなぁ。こんなんじゃ簡単に殺しちまうなぁ」
馬鹿にするように笑いながら男性は、わざと身体を少し倒して、私の目線まで合わせてきます。
その顔にはもう勝ちを確信したような余裕な笑みが浮かび上がっていて、戦うというよりかは遊ぶという感じがその顔付きから伝わってきました。
そして、男性は身体をまた元に戻すと左手に持っていた物を投げてきました。
「?……これは」
「どうせ武器なんかろくに持ってないんだろ?どうせだからくれてやるよ。まぁどうせ勝てないんだろうけどなぁ」
私の目の間に金属同士がぶつかり合うような音を立てながら、落ちてきたのは剣と盾でした。
金属で出来たそれは、見ただけで重いと感じ、持つことに躊躇いを感じ、扱えるかどうか不安になるほどでした。
ゆっくりと剣と盾に手を伸ばして、掴んだ瞬間に感じる鉄の重量感に冷たさに、知らない感触が私に襲い掛かって来ます。
そして、腕に力を入れて持ち上げようとした時、突然私の身体は影が差し込み、視界が暗くなるのを感じました。
ハッと上を見上げると、男性が斧を両手に持って私に襲い掛かって来ていました。
盾だけを両手に持って、盾を目の前で構えて、衝撃に備えて、身体を盾の中に隠すようにして、身体を縮こませて目を瞑ります。
「そんなんで防げるか、よッ!」
「ッ!?、あぐっ!?」
盾から伝わった衝撃は、まるでトラックと衝突したような衝撃が伝わり、その衝撃に私の身体は耐えれるはずがなく、そのまま斧の衝撃を受けて、後ろへと吹き飛びました。
吹き飛んだ身体は空へと飛び上がり、地面に激突して身体を地面に引き摺られるように転がって、盾と共に何度も回り、中央から、観客のように見ている人々の辺りまで飛びようやく私の身体は止まりました。
「ッ、!……しょう、げきがっ……、」
「おいおい、寝ていていいのか?」
「ッ!!」
突然髪を掴まれて、引っ張られて、その痛みで顔をしかめて目を瞑り、涙が浮かび上がります。
そして、そのまま盾ごと私の身体は中央へと投げられ、転がされます。
衝撃と恐怖によって動かない自らの身体、心臓がどくどくとうるさくて、呼吸が上手く出来なくなり、冷や汗と地面と接触したことによって付いた身体の傷から、出てきた血により、地面の砂が身体に付着して、気持ち悪い感触が、また身体に現れます。
「お~いそんなんでいいのかよ死んじまうぞぉ?」
「、うる……さいです、」
「あ?」
盾を使って無理矢理立ち上がり、もう盾をまともに持ち上げる力もありませんが、男性を睨み付けて、言葉を遮って黙らせます。
死にたくない、生きたいと、何度も何度もその感情が心の中で反響して、心から身体へとその感情は広がっていきます。
「死にたくない、、、、生きたい、、」
言葉となったその感情が口から吐き出され、言葉となったそれは誰にも聞こえないくらい小さな呟きとなり、私の中で何度も反響していきます。
しかし、黙らされた男性の声が怒声へと変わり、斧をまた構えています。
「舐めやがって、そんなに死にたいなら、殺してやるよ!!」
迫ってくる男性を遮るように盾を立てて、そのまま身体をまた隠して、衝撃に備えるように身体を前へと倒して、両足に力を籠めます。
衝撃が来る、そう思い目を力強く瞑って、身体をさらに小さく縮めるように身体全体に力を入れます。
その瞬間、金属が強くぶつかったような耳を塞ぎたくなるような音が響き渡りました。
恐る恐る瞑っていた目を開けて、身体を起こして、前を見ると、黒い刀を抜いた蓮さんが私と男性の間を遮るように立っていました。
男性は呆気にとられたような顔をした後、また怒りに顔を包んで。
「蓮、てめぇ!」
「彼女はまだ冒険者にもなっていない素人だ。少し手助けはいいだろう」
「それで、今からお前もこれに加わると?」
「いや、彼女とお話しするだけだ別にそれくらいなら構わないだろう?」
「ふん、好きにしろ。五分だけ待ってやるよ」
偉そうに語った男性は、後ろを向くとゆっくりと歩き出していきました。
何が起きたのかまだ分からない私は呆然と蓮さんの背中を見つめて、未だ盾の中に身体を隠したままでいます。
蓮さんは刀を鞘にしまった後、後ろを向いて、右手を差し出してきました。
「立てるか?華鈴さん」
「ぁ、はぃ」
声を掛けられえてようやく意識がはっきりと戻った私は、蓮さんの右手を掴んでそのまま引っ張られながら立ち上がります。
そして、起き上がった瞬間、蓮さんが突然耳元に顔を近づけて来ました。
「れ、蓮さんっ?」
「華鈴、良いのかこのままだとお前はあの男に殺されるぞ」
「ぇ、?」
「あの男は本当にお前を殺しに来ているぞ。考えてみろ、もしあの時盾で防がなければ、お前はどうなっていた?」
蓮さんの言葉に私の心はゾクッと恐怖に包まれました。
もし盾を構えなければ、もしあの時隠れなければ、私はどうなっていた?
想像の中での死が、私の心を埋め尽くしていきます。
そして、また響いて木霊のように何度も何度も、ずっと響き渡ります。
生きたい、しにたくない、と。
「華鈴、生きたければ、あの男を殺すんだ。でも、命を奪わなくてもいい。方法は何でもいい、この戦いに卑怯やズルなんて言葉は存在しない。だから、どんな手を使ってもいい何をしてもいい、殺せ生きるため」
殺す、そうじゃなければ、死ぬ、、、それなら、私は。
「…………蘭さん」
「?……はい、どうしましたか?」
蓮さんから離れて、笑みを浮かべている蘭さんの方を向いて、じっと見つめます。
そして、邪魔になった盾をその辺に投げ捨てて、蘭さんに言葉を続けます。
「わたしの、剣と斧は……ありますか?」
「!……はい、ございますよ」
蘭さんは笑みをさらに深めて、手に魔法陣を展開して、剣と二つの斧を出して、それを両手に抱えるように持って、私に近づいてきます。
私は蘭さんから三つの武器を受け取って、斧の一つは服の後ろの腰辺りにすぐに取り出せるようにしまい、右手に斧を左手には剣を持って、蘭さんと蓮さんから離れて、こちらに向かって来ている男性を睨み付けます。
「?……くふっ!おいおい笑わせないでくれよ!剣と斧、そんな釣り合ってない武器でどうする気だよ!」
馬鹿にするように笑って、まともにこちらを見ていない男の姿を見て、右手を後ろに引いて、身体は少し左足を前に出して、右足を引いて、右腕を素早く前に動かして、右手に持った斧を全力で、本気で、男に向かって投げました。
投げた瞬間、私は弾けた様に、上半身を少し倒して、地面を蹴り出しました。




