十三話 赤い青年
食事後、ほぼ私の自室として扱われている部屋に蘭さんに連れられて、戻ってきました。
部屋に入ってすぐに蘭さんは私にいつ出したのか分からない数枚ある服をベットに置いて、一つずつ手に持って、身体と比べるように当ててきます。
全ての服を当てた後、ベットから離れて服を見るように右手を使って、動かしています。
「失礼かもしれませんが、華鈴様がお眠りになっている間に採寸させていただき、華鈴様のお身体に合う服を作らせていて抱きました。たくさん作ったのでもお好きなものを選んでください」
「ね、寝ている間……いえ、ありがとうござます」
蘭さんの言ったことを忘れるようにお礼を言って、ベットに並べられた服に目を向けて、一つ一つ手に取って、裏返したり、中を覗いたりします。
服を持った時、凄く軽いと感じて服を何度も上にあげて、下にさげて、上下に動かします。
置かれた服を全て見て、またベットに置いてその服達を見続けます。
服を選ぶことをしてこなかった私にとって、好きで選ぶと言うのはとても難しく、今もどれがいいのか分からずに悩んでいます。
服を一つ手に取って、後ろからずっと見続けていた蘭さんに。
「蘭さん、試着ってしてもいいですか?」
「はい、華鈴様のお好きな様にして貰って構いませんよ。お手伝いしますね」
「ありがとうございます。それで、これはどう着れば良いのでしょうか」
「順を追って説明しますね、まずは服を脱ぎましょう」
着ていた少し軽めな薄いドレスを脱いで、下の下着以外着ていないほぼ産まれたての姿になります。
やっぱり、同性とはいえこの姿を人に晒すのは、恥ずかしいなどはありませんが、抵抗感があります。
「それでは、まずはこの白い服を先に着て、その後にズボンを着て、上にこの上着を着るという感じです」
「分かりました。白い服を」
手渡された白い服に袖を通して、着ようと上にあげようとした瞬間、後ろから何かを強く壁に叩きつけたようなバァンッという音を耳が捉えた瞬間、後ろを振り向きました。
「ここか〜!新しい新人がいるって言う部屋は!たのも……おぉ、中々素晴らしいものをお持ちで」
「えっと、何か用ですか?」
「これほど素晴らしいものは持って目に留めておかねば」
そこに居たのは燃えるように赤い髪を持った私よりも少し背の高い、青年でした。
その髪に似合うくらい元気で少し、いえかなり熱苦しいと感じるくらいには声が大きい人でした。
しかし、その男性は私と目が会った瞬間、声が小さくなり、何かに同意するように目を瞑り右手を顎に当ててうんうんと頷き始めました。
青年は直ぐに目を見開いてまじまじと私のことを見ています。
しかし、突然部屋の中なのに暴風が吹き出し始め横に居たはずの蘭さんが目の前にいて顔は見えませんが、少し手が震えるほどの威圧感を感じました。
「遥、どうやらあなたのその目入らないそうですね」
「げっやっべ!」
蘭さんがその青年に向けていつもよりも一段低い声で言葉を発した瞬間、青年は後ろを向いて走り出し、扉を先程と同じようにバタンッと閉めていきました。
何が起きたのか分からずにぼーっと扉を見ていると横から声はいつもの声に戻っていますが、未だ威圧感を持った蘭さんが。
「華鈴様、申し訳ございませんが、少々失礼します。置いてある服は好きにして貰って構いませんので、なんなりと」
蘭さんはそれだけ言うと瞬きをした瞬間横から消えて、部屋には私一人だけになりました。
数秒二人が出ていった扉を見つめた後、腕を通して着かけていた服を上にあげて、身体を通して首を服から出して、ズボンを持って右足、左足と通して腰辺りまで上げて付いていたベルトを締めました。
耳に入ってくる叫び声を意識しないように無視しながら。
「華鈴様本当に申し訳ございません」
「ごべんなざい」
「えっと、私は大丈夫です。逆にあの、大丈夫ですか?」
「おぎになざらず」
顔が人間とは思えない程、大きく腫れてゴブリンよりも化け物の見た目をした青年が正座をして、その横には蘭さんが申し訳なさそうに青年の頭を掴んでいました。
そして、その少し後ろにいつの間にかいたのか蓮さんが呆れたように左手で顔の半分を覆って目を閉じていました。
「遥。お前は少し反省してろ、蘭は少しやりすぎだ顔を速く治せ」
「分かっていますよ。ほら、こっちに顔を向けてください」
蘭さんが青年の顔を両手で包み込むと青年の人間とは思えない顔の腫れは目に見えるように引いていき、青年の本来の顔が露になっていきました。
そして、蘭さんが青年から手を離すと、また熱苦しい声が部屋中に響き渡しました。
「サンキュー!よーしお前が新人だな!俺の名前は、遥っつうんだよろしくな!」
「あ、えっとはいよろしくお願いします。私は華鈴って言います」
遥さんは先程の状態はどこへ消えたのか、近づいて来て右手を差し出して、ニコッと音が聞こえそうな笑みを浮かべて、じっと見つめて来ています。
自分の手を握られるのを待つように、楽しそうな感じの顔をしてずっと私のことを見ています。
突然差し出された手と自己紹介によって、頭は困惑してどうすればいいのか分からずに手を掴むかどうか戸惑ってしまいました。
その間も青年はまだかまだかと子供の様に笑顔のまま私の目をずっと見続けて来ています。
「華鈴様をあまり困惑させないでください。彼女はまだ色々と分からないことがあり、戸惑いとそれに乗じた疲れなどが残っているのですから」
「あて!そっか、それはわりぃことをしちまったな。悪いな華鈴」
「い、いえお気にせず」
後ろから蘭さんが遥さんの頭を叩き、遥さんは私のから少し離れ、蓮さんの横まで下がり、蓮さんと話し始めました。
それにしても、どうして突然遥さんと蓮さんはここに来たのか、私には分かりませんでした。
そうやって不思議な気持ちのまま二人を見ていると、蘭さんが私に上着を着せるように服を手に持って、右手から通しながら、教えてくれました。
「この二人はこれから華鈴様の魔石練習の付き添いですね。少し私だけでは色々と不安があるので」
「そうなんですね。蓮さん、遥さんよろしくお願いします」
「おう任せろ!」
「なのですが、魔石の練習の前に、先に行っておきたいところがあるので、そこへ向かおうと思います」
蓮さんと同じような黒い上着を着た蘭さんは私の左手を掴んで、ゆっくりと歩き出し、私の歩幅に合わせるように足を動かしました。
そのまま蓮さんと遥さんの横を抜けて、扉を開け、私と蘭さんは部屋を出ていきました。
「ら、蘭さんどこへ行くんですか?」
「華鈴様はまだ冒険者ではありませんから、冒険者になるための手続きをしに行きますよ」
「ぼ、冒険者、ですか?」
「はい、続きは着いてからお話ししますね」
蘭さんに連れられるまま階段を降りて、そのまま廊下を歩き、他の扉と比べて大きい扉を開けました。
扉を開けた瞬間、突然目に入ってきた光に痛みが走り、瞼は閉ざされ、右手を目に影が掛かるように、持っていきます。
数秒経ち、ようやく目から痛みが消えて、瞼を開けて右手を下に下げると、視界に広がった世界に私は目を見開き、感嘆とした声が出ました。
「すごい、きれい」
目に入った世界は、まるで絵に描いたような街並みで、木で造られた大きな家、石材を主に使われ、木を柱として造られた家に地面は石垣で造られていました。
今見える景色だけで、私は目が惹かれて、辺りを見回してしまいました。
「ふふ、それでは行きますよ」
「はいっ」
「といっても、すぐそこなんですけどね」
「大きい、ですね」
心がワクワクとした気持ちに包まれた私を蘭さんは左手を掴んだまままた歩き出しながら、左手を前へと出し、指差しながら、口を開きました。
蘭さんが指した目の前の建物を見ると、他の建物と比べて大きく、圧倒的存在感を放っていました。
そして、人込みを抜けながら、その建物に近づいていき、大きな建物の開かれた大きな扉の前で蘭さんは止まりました。
「さて、今から入るのですが……蓮、遥分かっていますね?」
「あぁ、分かっている」
「もちろんだ華鈴はきちんと守る」
後ろにいた二人に言い聞かせるように蘭さんは二人のことを見つめて、私のことを少し引き寄せて来て右手は左手を掴んだまま、左手で背中に回しながら、右肩を掴みます。
二人も何か分かっているように頷いて、目を細めています。
「華鈴様、今から冒険者協会に入るのですが、ここにいる冒険者の人間は血の気が多く、仕事ながら戦闘を好みます。そのため、私達から絶対に離れないと約束してください。そして、もしこれから先冒険者協会を利用する時は必ず蓮か遥を連れていってください。これは、絶対です」
「わ、分かりました」
蘭さんは一度私から手を離すと、両肩を掴んできて、言い聞かせるようにいつもよりも大きくて、必死な声で、言ってきました。
顔からはいつもの笑みは消えて、眉を曲げた悔しそうな、苦しそうなそんな顔で。
蘭さんの形相と蓮さんと遥さんの雰囲気で私はただ、首を頷いて一言分かったということしか出来ませんでした。
心からはワクワクとした楽しかった感情は消え失せ、不安と緊張感が埋め尽くしました。
「それでは、入ります。そのまま付いて来てください」
「はい」
両肩から手を離して、先程同じように左手を掴んで、ゆっくりと歩き出し、そのまま連れられて私は大きく開かれた扉を抜けて冒険者協会の中へと入りました。
中へと入った瞬間、空気が違うのを肌で感じ、目で見ても外とは違う世界と感じました。
がやがやと人の騒いで話す声が聞こえ、目を向けると酒を飲んだり、話していたり、胸ぐらを掴み合ったりと異質な空間が広がっていました。
騒いでいた人々の声が、氷漬けされたように止まり、その人達の視線は全て私達へと向けられていました。
静寂となった空間に小さな声が、囁かれるように響きました。
「おい、あれって白翼、だよな?」
「久々じゃないか?何しに来たんだ?」
「しかも、幹部二人に遥だと?どうなってやがる」
「それに、今黒狼もここに来てるんだろ?なんか起きるのか?」
大きな声では言われていませんが、確かな言葉が耳の中に入って来て、聞こえてくる言葉は困惑しているような、驚きの声ばかりでした。
しかし、意識が一番はっきりと反応したのは。
「あの子、誰だ?」
「あんな子いたか?」
「どんな関係なんだ?」
最初蘭さんと蓮さん、遥さんに向いていた目は徐々に私の目に向いていき、最後には全ての目線は私に向けられました。
その目線に臆した私は右手を蘭さんの右肩に置いて、背中に隠れるように身体を縮こませて、なるべく周りを見ないように、蘭さんの背中だけが視界の中に入るようにずっと、背中を見続けます。
そのまま歩いて行く蘭さんに付いていくと、女性の高い声が響き渡り、周りの囁くような小さな声が遮られ、空間から消え去りました。
「ようこそいらっしゃいました『白翼』の皆様。お待ちしておりました」
「はい、連絡したとおり、華鈴様の冒険者登録をお願いします」
「分かっていますよ。それでは華鈴様こちらへ来ていただいて貰ってもよろしいでしょうか?」
「は、はい」
受付の人に呼ばれて、蘭さんの背中からゆっくりと離れて、すぐそばまで近寄って、受付の人の目の前までゆっくりと歩いて、止まります。
そして、受付の人は私を見た後、先程よりも大きな声で。
「はい、確認しました。それでは冒険者ランクはⅮからです。これからも頑張ってください」
その言葉が発せられた瞬間、静寂に満ちていた空間が騒がしくなり、人々はあり得ないとばかりに目を右往左往して、その目線はまた私へと注がれました。




