十二話 二人の食事
「ん……ぁ、ぇ」
「おはようございます華鈴様。 お身体はいかがですか?」
意識がまだはっきりとせず、瞼がとても重く感じます。蘭さんの声ですら、近くにいるはずなのに何を言っているのか全く分かりません。
ぼやけた視界に映るのは、黒い何かが、モザイクのように隠されているみたいに見えるだけでした。
しかし、どこか頭は凄くすっきりとした感じがあり、冷たくてざらざらとし感じがあり、気持ちの悪い感触だった身体は温かく、さっぱりとした感触があります。
ようやく意識がはっきりとして行き、瞼が完全に開けるようになった視界には、蘭さんがこちらを覗き込むように見つめていました。
「ぁ……蘭、さん。 わたしねて、」
「大丈夫ですよ。 あれほど長く鍛錬していたのですから、疲労も溜まっていると思われます。 食欲の方はございますか?」
「はい……食べたい、です」
蘭さんは笑みを浮かべると、私の背中に右手を回して、左手を支えるように肩に回して、背中を押しながら、身体を起こしてくれました。
私は蘭さんの手伝いを借りて、身体を起こし、足に力を入れて立ち上がりました。
ふらっとはしましたが、足にはキチンと力が入り、立つことが出来ました。
まだ疲労感は残っていますが、さっきよりも体は動いてくれました。
目線を両腕に動かして、未だ包帯に包まれている両腕を見て、右手を開いて、見つめます。
そして、その右手をまだ少し痛みを感じる横腹へと置きます。
服に隠れて見えませんが、まだ傷がズキズキと痛みを与え、見えもしないその存在が目に浮かびます。
右手を横腹から離して、下に向けていた目線を蘭さんに向けて、彼女の目を見続けます。
「華鈴様にお聞きしたいのですが、今食欲はございますか?」
「食欲、は……あります。 逆に食べたいです」
「それはよかったです。 では私に付いてきてください」
蘭さんは私から離れると、扉を開けて、そのまま開けたまま止まり、私の方に身体を向けています。
足を動かして、ゆっくりと蘭さんの元へと向かい、扉を抜けて、脱衣所から出ました。
私が出た後、開かれていた扉は閉められ、蘭さんが横から前へと出て、右手を左手で包み込むように掴むと歩き出し、それにつられて歩き出した私は、蘭さんの後へと続きました。
「華鈴様お食事なのですが、華鈴様のお好きなものが分からなかったため、料理が沢山ありますが、華鈴様の食べられる量だけで大丈夫ですので、ゆっくりと食べてください」
「ありがとうございます。 あの、蘭さんはもう食べたのですか?」
「いえ、私はずっと華鈴様といたのでまだですよ。 それに華鈴様と一緒にお食事がしたかったのです」
悪戯をする子供のような笑みを浮かべたような蘭さんを見て、そんな子供見たいに笑うんだと私は心の中で失礼かもしれませんが、思いました。
蘭さんはメイドというのもありますが、笑みはどこか作ったような、奥底が見えないような表情が多いです。
ですが、今は本心までは完全に分かりませんが、言葉に嘘が見えないように見えます。
だからこそ、蘭さんのその言葉に私の心は嬉しく思いました。
一人で食べるのは寂しく、不安を感じるからです。
数日とはいえ、あの森で与えられた記憶は今も目を瞑れば明確に浮かび、与えられた感触は色濃く私の身体の中に刻み込まれています。
自分でも勝手に口角が上がるのを感じながら、私に向けられている蘭さんの目を見つめて、閉ざしていた口を開きます。
「はい、私も蘭さんと……食べたいです」
「……はい、それならよかったです。 では華鈴様どうぞこちらへ」
蘭さんは扉の目の前で止まると、その扉の柄に手を掛けると、後ろに引きながら開けて、私を先に入れるように自分の身体が隠れるように扉を開けました。
それに甘えて扉を抜けて部屋に入ると、蘭さんも私に続いてすぐに部屋に入って、扉を閉めました。
扉を抜けて視界に広がったのは、書斎のように綺麗に装飾されている部屋でした。
右の壁には本棚が二つほど並べて置かれており、その中には隙間を無くすように大量の本がびっしりと並べられていて、左側には大きな木で出来たベットがあり、私から見て目の前にはこの部屋全体に日が広がるように窓が付いていて、そのすぐ下には小さな机が置かれていました。
真ん中には少し大きな丸い机が置かれており、その上には様々な料理が置かれていました。
置かれている料理は見当たことの無いものばかりで、ここから見て分かるほど、湯気が立ち、鼻には食欲がそそられるような匂いが入ってきて、嗅覚を刺激してきました。
目線が料理に向いていた私に、蘭さんが横を抜けて、机のそばに置かれていた椅子を持って、後ろに引きました。
「それではどうぞ華鈴様。 とてもお腹がすいているようですので」
「ぁ……は、はい」
くすりと笑いながら、見てくる蘭さんに少し恥ずかしさを感じて、そそくさと動いて、後ろに引かれて、座りやすくなった椅子に腰を下ろして、座ります。
その後、蘭さんは目の前まで歩いて、椅子を引いて、座りました。
「それでは、いただきましょう。 お口に合わなければ無理に食べなくても大丈夫ですので、お好きなものを食べてください」
「はい、いただきます」
机の上に置かれていた湯気を立て続けている温かそうな少し厚底の小さなお皿に入っているスープを両手で持って、自分の方へと引き寄せ、ゆっくりと上にあげていき、皿の一部に口を付けて、私の方へと徐々に傾けて行きます。
少し熱いスープが口に当たり、咄嗟に目を瞑りますが、そのまま口の中にスープを入れて、喉へと送ります。
スープの温かさがそのまま身体へと広がり、口の中には鳥の様な風味が広がり、そのまま残り続けます。
「お味はどうですか?」
「…………とても、おいしい……です、っ」
ただスープを飲んだだけなのに、私の目からは悲しくもないのに涙が浮かび上がり、その涙は目の中ではとどまらず、目から零れ、雫となり、頬をつたって顔から下へと落ちました。
温かい、ただそれだけなのに涙は止まらず、ずっと流れ続けています。
スープを机に置いて、手で涙を何度拭っても、涙は溢れ、雫で収まることはなく、滝のように流れて、その流れは止まることはありませんでした。
「大丈夫ですか、華鈴様」
「ぁ、へい……きで、すっ、」
蘭さんがいつの間にか私のそばにいて、背中をさすりながら顔を覗き込むように見ていました。
私を包み込むように抱擁してくれる蘭さんの温かさが私に伝わり、その温かさに涙は止まることはなく、逆にその量は増えていき、更に止まらなくなっていきます。
「泣いてもいいですよ華鈴様。 私は傍にいますので」
「っ……はッ、ぅ……、!」
止まらない涙はずっと流れ続け、蘭さんは私が泣き止むまでずっと傍にいて、背中を撫で続けてくれました。
ようやく涙が止まり、私と蘭さんは食事へと戻りました。
ゆっくりと食べている私に合わせるように蘭さんもゆっくりと食べていました。
少し申し訳ないと思いつつ食べていると、蘭さんは食事を止め、使っていた食器をさらに掛けるように置き、口を布巾で拭きながら、口を開きました。
「さて、華鈴様。 お食事をしながらで良いので聞いてください。 知っての通り、華鈴様にはお時間がございません」
「……はい、分かって、います」
「はい、なのでこの後、華鈴様には教えたいことがございますので、この後よろしいでしょうか」
首を縦に動かして、蘭さんの言葉に頷き、食事していた手を止め、意識を蘭さんに向けて、目を向けて、じっと見つめます。
そして、蘭さんの言葉を聞いて少し焦りが心の中で生まれます。
私に今渡された残っている猶予は一週間、本当ならこんなことをしている時間すらないのですから。
残り一週間、それで私は学べるだけの技術と知識を学び、最低限の冒険者の力を付けなければならないのです。
そして、一週間後のテストが私の今後の人生を分ける、そう考えただけで、身体には無意識に力が入り、手に力が入り、握りこまれて、拳が作られます。
「落ち着いてください。 確かに時間はございませんが、十分にテストに合格できる可能性はあります。 そして、この後、華鈴様には魔法を私がお教えします」
「魔法、ですか? で、ですが……私に魔法なんか」
「はい、申し上げますが、華鈴様には魔力が存在しないので使えませんが、とある道具を使うことで、魔法を扱えることが出来ます。 それが、こちらの道具です」
蘭さんは片手を差し出すように伸ばして、その手の中には赤い少し粗目な石が、ありました。
それを受け取り、自分の手に収めて、見ると、石は薄い赤色で光っており、その光は心臓の様に脈を打つように光の点滅が繰り返されていました。
そして、私でも分かるくらい石からは不思議な感覚を感じました。
「それは、魔石またの名をマギアと言います。 魔力が込められている石、それを使えば誰でも魔力を扱うことができ、それはたとえそれが魔力がなくとも。 華鈴様には蓮との鍛錬と平行にこの魔石を扱っていただきます」
「……出来るん、ですか? 私に、そんなこと」
「可能です。 しかし、一つ間違えれば、大きな怪我を招き、運が悪ければ死にます。 魔石はそれほど危険ではありますが、扱えれば問題ありません」
死ぬ、その言葉を聞いた瞬間、私の身体は固まり、目を蘭さんから魔石へと移します。
しかし、魔力を持たない私が、魔法を使える唯一の方法、本来の魔法がどんなものかよく分かりませんが、生きるために使えるのであれば、私は。
「分かりました。 教えてください蘭さん」
私は魔石を握り締めて、席を立ち、蘭さんに向かって歩いて、口を開いて、言葉を連ねました。
私の言葉を聞いた瞬間、蘭さんはどこか楽しそうな笑みを浮かべて、分かりましたと声を出しました。




