十一話 鍛錬
行われる呼吸は荒く、大きく、激しく、速く、息を吸って吐くたびに肩は大きく動き、口からは空気が風のような音を立てながら、勢いよく出入りを繰り返しています。
身体はもう疲労を訴えてきて、身体全体が覆われるように汗が浮かび上がり、その汗は雫となり、重力に従い、皮膚の上を滑るように落ちていき、地面へと落ちていきました。
模造の剣を握り、持っている両手には力が入らず、剣の先は砂の地面に落ちていて、磁石のようにくっついています。
腕に力を入れて、持ち上げようとしても、剣はピクリとも動かず、砂の地面に細い小さな線を作り出すだけであり、上に上がることはありません。
砂だらけの身体は白く染まり、汗に砂が付着して、ざらざらとした気持ち悪い感触が私の身体中に広がります。
足すらもうまともに動かず、少しでも力を抜けば地面に座り込んでしまいそうなほど、身体は限界に達していました。
そんなほとんど動けない私の耳に、低い確かな力を持った男性の声が聞こえてきました。
「疲れたからと言って、モンスターは待ってくれないぞ。 死にたくないなら動け」
「ッ!、ぐ……、ッ!」
蓮さんは吐き捨てるように言葉を放ち、私に向かって走り出し、右手に持っていた木刀を私の身体目掛けて、左から横に振ってきました。
休憩を望む身体を無理矢理動かして、剣を地面から引っこ抜く様に持ち上げて、左から来る木刀から身を守るように、縦にして、木刀の動線場を防ぐように構えました。
「そうだ、動け。 だが、それでは甘い」
「ぐ……ッ! あッ、!!」
蓮さんが振った木刀と私が構えた剣がぶつかり合った瞬間、木刀の勢いに耐えきれなかった私の身体は、身体が少し左に曲がり、地面が足から浮き、そのまま私は木刀の振り切りと共に、吹き飛び、地面に砂埃を起こしながら、転がり倒れ、身体はさらに砂まみれとなり、口の中がざらざらとした感触が広がります。
「倒れたらすぐ起き上がる。 その状態は隙だらけ、死ぬぞ」
「!……はぁっ……、ッ、はぁッ……、!」
剣を杖にするようにして、前後左右にふらふらと揺れながら、立ち上がり、目線を前に向けて、蓮さんのことを見逃さないように見つめ続けます。
今ので何個目か分からない擦り傷や切り傷が、身体に痛覚を示して、広げていき、更に私から体力を奪っていきます。
右手で、剣を支えながら体重を掛け、左手で、右腕の傷を抑えるように握り締めて、朦朧として、半白飛びしている視界を痛みで無理矢理元の視界に戻し、左手を右腕から離し、剣を引き摺りながら、蓮さんに向かって走り出します。
もはや走れているかどうかすら怪しいほど、縺れて動かない足を動かして、剣が届くであろう距離に来た瞬間、左手も剣の柄を持ち、両手で力任せの勢いで持ち上げるように、右下から左上に、蓮さんの左足に向かって砂埃を巻き上げながら、振りました。
しかし、その時に私の右の横腹に強い衝撃が電撃の様に走り、そのまま私の身体は衝撃に耐えるどころかが何も備えていなかった私は、考えることも反応することすらも出来ずに吹き飛ばされ、そのまま地面へと叩きつけられるように、転がることすらなく、地面へと倒れました。
「かは、ッ!……、ッ……は、ッ!」
地面に倒れた瞬間、ようやく私の身体に痛みが走り、息が出来なくなる程の激痛と強制的に圧迫され、縮こまされ、空気を強制的に出された肺は酸素を欲しますが、衝撃と痛みにより、息が上手く出来ない身体は上手く取り込めず何度も咳が起こります。
「考えは悪くないが、俺には通じない。 相手の力量も見極めるべきだ」
蓮さんは倒れて横たわっている私に近づき、持っていた木刀を私の首へと突き付けながら、言葉を発しました。
蓮さんは息一つすら崩さず、汗もかいていませんでした。
蓮さんは私から離れると、木刀を同じ木刀が入っている円状の筒の中に入れました。
そして、私のところにまた戻ってきて、腰を落として、右手を差し出してきました。
「立てるか? 今回はここまでだ」
「っ、しか……し、」
「身体はもう限界だろう。 無茶をしてやったところで成長にはならん」
蓮さんの言葉に何も言えなくなった私は、渋々とばかりに蓮さんに右手に左手を伸ばして、そのまま引っ張られた身体はゆっくりと起こされました。
しかし、力が上手く入らない身体はすぐにフラッと倒れそうになりましたが、蓮さんが支えてくれ、倒れることはありませんでした。
「力が入らない、か。 まぁ限界までやったからだが、初めてにしては動けてはいたが、まだ足りない。 まだまだこれからも厳しくいく。 弱音は吐くなよ」
「!…………はい、もちろん、です……」
「お二人とも、お疲れ様です。 華鈴様こちらへ」
いつの間にいたのか、蘭さんがこの鍛錬所の出入り口で両手に透明な液体が入ったボトルを持っていました。
そして、蓮さんは私を支えて蘭さんの元へと近づき、蘭さんの元にまで来ると蘭さんはボトルを蓮さんに渡すとともに、私を蓮さんから受け取るように抱きしめてきました。
「傷だらけで、砂だらけになっていましたね。 蓮流石にやりすぎですよ」
「手加減をしても彼女の為にはならない。 厳しくいくことも重要だろ」
「か弱い女の子なのですがね。 先に行くように、ご飯はもう出来ていますから」
「あぁ、後は頼む」
蓮さんは蘭さんの横を通って、扉を開けて、外に出ていきました。
ご飯、もうそんな時間なのかと感じ、朝からずっと今まで、私はここで鍛錬をしていたのだと感じました。
「華鈴様お一人で飲めますか?」
「あ、はい……ありがとうございます」
蘭さんからボトルを受け取り、蓋を開けようと手を掛けましたが、力が入らず、ボトルの蓋は開く気配はありませんでした。
逆に手が痛くなるだけで、何度も空けようと力を加えますが、動くことはありませんでした。
「力が入らないのですね。 少々お借りします…………はい、開きましたので、どうぞ」
「え、一人で飲めますけ、ど」
蘭さんにボトルを渡すと、蘭さんは軽々とボトルの蓋を回し、開け、そのまま私に飲ませるように、右手に持ち、左手で私を支えながら、口に近づけようとしてきました。
私は咄嗟に蘭さんの右腕を掴んで止め、彼女の顔を疑問がある目で見つめました。
「身体が上手く動かないかと思ったのですが、思ったよりも大丈夫そうですね」
「…………はい、なんとか」
開けて貰ったボトルの先を口に付けて、ゆっくりとボトルの底を上へと上げていきます。
中に入った液体は重力に従い、そのまま口の中に落ちていき、口の中で広がり、口の中を潤していくように、全体を濡らしていき、喉の中へと入っていきました。
ボトルをさらに上へと上げていき、ボトルを垂直にするまで上げ、ボトルの中の液体をすべて私の中に入れ、喉を大きく動かして、全て飲み干しました。
ボトルを口から離して、大きく息を吐きだして、空になったボトルを見つめます。
激しく動いていた心臓は落ち着きを取り戻していき、呼吸の速度は徐々に遅くなっていきました。
「では華鈴様、お風呂に入りましょう。 身体が傷だらけで、砂だらけでございますので」
「おふろ……ですか、?」
「はい、こちらへ歩けますか?」
「あ、だい……じょう、ぶ、、ぁ……、」
「大丈夫じゃありませんね。 少々失礼します」
蘭さんは私の背中に右手、両足に左手を包むように持つと、そのまま持ち上げ、私の身体を横にして、抱き上げてきました。
軽々と上がり、地面から簡単に離れた私の身体からは必要の無くなった力が抜けていき、蘭さんの身体に自らの身体を預けるように、もたれ掛かりました。
「安心してください。 落としたりはしませんから、ではこのまま行きますよ」
首を縦に振った瞬間、蘭さんは笑みを浮かべて、扉の柄に右手を掛けて、扉を開けて、私を抱いたまま外へと出ました。
「ここがお風呂場です。 お洋服はすぐに洗いますので、適当なところに脱いだら置いといてください」
「はい、わかり、ました」
連れて来られたところはとても広い部屋でした。人が十人は軽々と入ることの出来る程の広さで扉の付いた木の箱が壁際に敷き詰められるように、置いてあり、その並び方は私の世界で言う銭湯の脱衣場のようでした。
服を脱ごうと今着ている衣服に手を掛けますが、蘭さんのことが目に入り、私の身体は固まるように止まりました。
「?……どうかしましたか?」
「あの、蘭さんは、どうしているのかな……っていう」
「華鈴様のお世話をする為ですよ。 お一人で入るのは身体の傷もあり、辛くはございませんか?」
「そ、それは……そうです、けど」
ゴブリンに付けられた傷が未だに色濃く残っている傷と蓮さんとの傷に加え、身体の体力はもうとうに限界を迎えており、正直蘭さんが今も支えてくれなければ私の身体は気の床へと倒れているでしょう。
しかし、同性とはいえ、裸を見られるのは抵抗があり、それに私の身体は蘭さんのように服越しで分かるほどの育ちはしておらず、貧相な身体なのですから。
「ふふ、大丈夫ですよ。 私はお世話をしたいだけなので、ダメでしょうか」
「…………そ、れなら、、おねがいしても……いいです、か?」
「はい、ありがとうございます。 それでは服を脱がさせていただきます」
「は、ぃ」
蘭さんの言葉に押し負けて私は服から手を離し、蘭さんに任せるように身体を差し出して、そのまま止まります。
蘭さんは私に笑いかけた後、服に手を掛けて、上に来ていた服を上へと引っ張り、私の身体から服を抜き取るように脱がせた後、下に来ていた服をゆっくりと下ろしていき、右足を少し上げて、脱がせて、左足も同じように脱がせてきました。
「それでは、そのままでよろしいので、お風呂に入りましょうか」
「は、はい」
蘭さんは下着には触れずに私の背中をゆっくりと押してきました。
力を全く入れていなかった私はそのまま簡単に動いて、脱衣所の奥にある扉へと連れて来られました。
そして、その扉を開けると、その先には湯気を出し、大きな溝の中にお湯が溜まっており、更に部屋は、広く、大きなそこは私だけが使うのは勿体ないと感じる程の大きさをしていました。
「それではまずお身体を洗わせていただきますね。 こちらに腰を掛けてください」
「ここ、ですか?」
「はい、それではお背中から、お流ししていきます」
蘭さんに言われた場所にゆっくりと座り、身体の前を隠すように身体を縮こませて、俯く様に前に倒します。
そして、蘭さんの言葉と共に背中に温かい液体が触れる感触が広がり、その広がりは徐々に大きくなっていき、背中から、腰、太ももへと広がっていきます。
背中に付いていたざらざらとぬめぬめとした気持ちの悪い感触が、無くなっていき、温かい感触で埋め尽くされていきます。
そして、隠していたはずの前の身体にまでお湯が広がっていき、身体全体からざらざらの感触が無くなっていきます。
「お湯加減大丈夫ですか?」
「は、はい……、洗い、づらいですか?」
「そのままの姿勢でも大丈夫ですよ。 それではお身体失礼します」
「んひゃ、!」
身体に人の手が触れた感触に少し、驚いて声が出ますが、蘭さんは特に気にしていないようで、そのまま泡を広げるように手が撫でるように動き、背中、首、肩、腕、お腹、腰、太もも、足と広げられるように手を動かされていきます。
手の感触が色濃く感じて、恥ずかしさが私の心の中に広がりながらも心地良い気持ちいい感触も共に広がり、羞恥と共に快い感じが広がり、私の中でぐるぐると回るように渦を作っていきます。
蘭さんに触れられるたびに触れらた部分が熱を持ち、この部屋が暑いのか、お湯が熱いのか、何が熱いのか分からない程私の思考は熱によって散漫にされていました。
「それでは次に髪を洗わせていただきます」
「……、は、ぃ」
蘭さんはそのまま背中を撫でながら、髪に振れて、泡だらけの手でゆっくりとマッサージするように、撫でるように、髪の毛に泡を付けていき、汚れを落とすように少し強めに髪と髪の間を搔き分けて泡を付けてきます。
「それでは、流していきますね。 目に入るといけないので、目を瞑っていてください」
「…………はぃ、わかり、ました」
蘭さんの言葉に応えながら目を瞑ると、お湯が私の髪からかけられて、そのお湯は下へと落ちていき、身体に付いた泡を落としていきます。
お湯の中で、また手の感触が私の身体に伝わり、私の身体には熱と共にどこか、身体が跳ねてしまうくらいの謎の感触が広がります。
「…………可愛いですね華鈴様は」
「ひゃう、っ……、なんです、か、?」
耳元で囁かれた声に私の目は見開かれ、身体を起こして、首を回して、目を蘭さんへと向けました。
蘭さんはどこか楽しそうな笑みを浮かべて、私のことを見つめて私の身体にお湯をかけていました。
「さて、ではお湯につかりましょうか」
「はい、分かりました」
「それでは、失礼します」
また蘭さんは私を横抱きにすると、お湯の溜まった溝へと近づき、その中へ私をゆっくりと入れていきました。
壁にもたれ掛かるように置かれた私の身体は顔と首以外お湯の中へと入り、身体の全てを中から温められてきます。
そして、温かさが私の身体を包み込み、瞼が徐々に下に下がってきて、意識が朦朧として、暗くなっていきます。
その時、頭の上から、蘭さんの声が聞こえてきました。
「そのまま寝てもらっても大丈夫ですよ。 私がずっとここにいるので」
その言葉を聞いて、完全に安心し切った私は瞼を完全に閉じて、何も言い返さず、身体の力を完全に抜いて、意識を暗闇の中へと落ちるように手放しました。




