一話 最悪の始まり
突然ですいませんが、皆さんは異世界と聞くとどんなイメージを持っているでしょうか。
主に異世界と聞くのは、ゲーム、アニメ、漫画、小説ではないでしょうか。
異世界、その名の通り、現実とは全く違う世界、そんな現実ではない世界に皆さんはかなり夢を抱き、憧れを抱いているのではないでしょうか。
なぜなら、普段の日常生活では出来ないことが出来るのですから。
例えば、空を飛べたり、かっこいい魔法を使えたり、美少女や美青年がパートナーで居たり、勇者になれたり、ハーレムになれたり。
そんなの夢も憧れも抱くに決まってますよね。
実際、もし魔法を使うことが出来ると考えると、わくわくします。
それに私達は現実に嫌気を差すことが多く、何も変わらない日常に好きなことをろくに出来ないような現実は退屈を感じるのですから。
だからこそ、異世界というのに私達は惹かれるのだと思います。
ですが、それは二次元の中ならですが。
そういえば私の名前を何も言ってませんでしたね。
私は、白樺 華鈴。華鈴と読んでください。
あぁ、話の続きをしましょうか。
もし二次元が、異世界に本当に行った場合、どうなるかというと、それは、天国では無く、地獄となります。
なぜ、そんなこと言えるのかって?
だって、その異世界に私はいるのですから。
森の中、一人、太陽の光は微かに見えますが、それを大量の木の葉と枝が遮断し、光はほぼ届いていません。
地面は雨が降ったのかと思うほど、ぬかるんでぐちゃぐちゃですし、時折、鼻が呼吸を拒否したいほどの異臭がします。
漫画やアニメでは綺麗な森は、実際に目で見ると綺麗のきの字は存在せず、得体のしれない恐怖をもった不気味、という言葉すら持つことが出来ません。
ほんとに、どうしてこうなったのか。
学校から家に向かって歩いていただけなのに、気が付いた時には、何も知らない森の中。
これで私に異世界お得意のチートや加護があれば、今のこの恐怖の思いは別となります。
ですが、チートも加護も無く、今の自分を救ってくれる存在もいないこの状況はまさに絶望ということがお似合いです。
アニメや漫画の主人公のようにステータスを表示させようと手を振ったり、頭の中で炎よ出ろ、なんて思っても何も起きませんし、何も出てきません。
本当に何の力も持たないまま、私は異世界へと飛ばされたようです。
とにかく今はこの激しく動き続けている心臓の動きを落ち着かせたいです。
よく見えない暗闇の中、感じたことのない異臭、得体のしれない恐怖、そして、孤独。
とにかくこの場から去りたい、その想いだけが今の私の願いであり、想いです。
ですが、結局歩き出したところで、恐怖は消えてくれませんし、景色は変わるわけもなく、どこを見ても同じ木が生えているだけです。
それ以外は何も無く、逆にあれば嬉しいくらいです。
しかし、立ち止まっていても何も見つかりませんし、ただいつか来るであろう空腹と水分不足によって野垂れ死ぬだけです。
更に、ここは現実とは違う世界この森の中に何が存在しているのか分かりません。
もしここで止まっていて、巨大な化け物と会ってしまえば、私は為す術もないまま死んでしまうでしょう。
それは嫌です。
まぁ、歩いた方がそういう存在と会う可能性は高くなりますが、逆に人と会える可能性も高くなり、この森から抜けることも出来る可能性もあります。
なら、もう私の選択は一つしかありませんね。
しかし、これは希望的観測でしかなく、確率も低いです。
でも、もうこれに頼るしかないんです。
お願いです。まだ死にたくないんです。
だから何か見つかってください。願いながら、歩き出しました。
歩き始めてもうどれくらいたったのでしょうか。
ただの希望は希望に過ぎず、誰にも会わず、森を抜ける気配すらないまま、ただ時間は過ぎていきました。
唯一、足元を照らして、光を届けてくれていた陽光は傾きをはじめて、森全体が暗くなってきています。
元々視界が悪い森だというのに、更に視界が悪くなってしまえば移動は危険極まりなく、歩くことは困難です。
まだ見えるこの今の間に少しでも歩いておきたいところではありますが、元々運動が得意ではない私にとって、森の中を歩き続けるのは厳しいものでした。
呼吸は荒々しくなり、身体を木に寄り掛からないと立つことすらもう難しいです。
止まっている間にも日はどんどんと傾ていき、遂に日光は消え、森の中は暗闇の中に包まれました。
もうほぼ視界が機能していない世界の中、自分の呼吸が荒くなっていくのを感じます。
いつ何に襲われるのか、分からない恐怖というのは怖いものです。
身体が凍るように寒い、この寒さが恐怖なのかそれともこの森の中が寒いのか、原因は分かりませんが、身体はブルブルと震えが止まらず、制服だけではこの寒さを抑えることは出来るわけがありません。
「!……明かり、!」
そんな中、赤い一筋の明かりが私の視界の端にうっすらと映りました。
更に、耳に聞こえてきた音も、人の声であり、言葉として何か呟かれていました。
やっと見つけた希望、これを逃すことはしたくありません。
プルプル震えている足に力を入れ、私は何も考えず、一心不乱に走りました。
ただその光を目指して。
しかし、寒さと恐怖により震えた身体と疲労の限界を迎えている足はまともに動いてくれず、走りたいのに走ることが出来ませんでした。
それでも、木に身体を預けるようにして、歩けることは出来ました。
少しずつ、少しずつ私はその光に近づき、ようやく目の前というところまで動きました。
どんどん大きくなって聞こえてくる声に、確実な人の言葉と声にようやく私は一息つけることが出来そうです。
「あ、あの」
「くるなぁ……くるなぁあっ、!!」
「ぇ、」
口まで出ていた私の声の音は止まり、その代わり耳には私よりも低くく、野太い男性の悲痛の叫び声が入ってきました。
ですが、男性の声に続いて、潰れるような人間とは思えない声が、聞こえてきたのです。
私はすぐにその潰れた声が誰の声なのか、分かりました。
視界にまず入ってきたのは、片腕がもぎ取られ、血と血管垂れ流し、頭からは血を流して横に倒れ、顔は血と涙でぐちゃぐちゃで、身体を引き摺るように片腕を使って逃げようとしている男性。
その男の側には、折れてもう使えないであろう剣と燃え続けている火を持ったたいまつが地面へと、落ちています。
そして、逃げようとしている男性をケタケタと笑い、男性からもぎ取った腕を両手に持って空に掲げて、人間には無い大量の鋭い牙を無様に見せて、目を細めて喜んでいる耳の尖った緑の生物がいました。
よく異世界では当たり前と、言ってもいい生物、おそらくゴブリンだと思われます。
私の身体は未だ止まったまま、その光景を見続けています。
声すら出ず、身体も動かず、その光景をずっと。
「やめろぉ…やめてくれぇ………くるなぁ、!!」
ゴブリンは飽きたのか、掲げていた腕をゴミのように投げ捨て、斧やナイフ、木で作られた棍棒をそれぞれ手に持ち、下卑た笑みを浮かべて、片手で少しずつ離れていた男性に向かって歩き出します。
「たのむ……やめろォ…」
「ぁ…」
必死に腕を動かして懇願しながら逃げる男にゴブリンは、わざと歩いて少しずつ男性に迫る。
しかし、男性がどれほど頑張っても、ゴブリンの方が速く、少しずつ少しずつ男に迫っていき。
そして、ゴブリンの手が男性の足を掴みました。
「ひっ、やめろ! くるなぁあ!!……あ、! あんた!!」
「ぇ…ぁ、」
ゴブリンに足を掴まれ、少しずつ引き摺られている男性の目が私を捉えました。
その目は、血走っていて、私のことを捉えてから、一度も閉じることはなく。
「た、たのむ!!たすけてくれ!!かねならいくらでもはらうだから!!」
地面に生えている草を掴んでは抜けて、抜けたらまた掴んでを繰り返して、男は必死に抵抗しています。
「ぁ、…わ、たし」
私の身体は動かず、見続けることしかできませんでした。
それでも男性は私のことを見続け、ずっと私に助けを求め、抵抗し続けています。
その目が怖くて、私はゆっくりと後ろに下がります。
武器も何も持たない私が、あの中に入ったところで出来ることなんか当然ありません。
「たすけ、たすけてくれっ!!ぁ、…いやだ、ぁ……いやだぁああああ!!!!」
待ちくたびれたのかゴブリンの1匹が持っていたナイフで男性の手を刺しました。
その衝撃に手を離してしまった男性の身体は一気にゴブリン達の影に囲まれ、消えました。
「ぁ…、たすけ」
男性の声虚しく、ゴブリン達は持っていた凶器を躊躇することなく、男性の身体に向かって振り下ろしていきます。
見たくない。目を下に向けてその光景から耳を両手で塞ぎます。
男性は抵抗して手を上げたり、足を上げたりして、暴れていましたが、足も、腕も全て抑えられた後に、斧で切り落とされ、棍棒で殴り、折られ、男性の抵抗する手段は全て失われました。
「なんでだよぉ……!! たすけてぐれよぉおお!!!」
手で塞いでいた耳に、男性の大声が聞こえ、身体が凍り付き、動かなくなります。
聞きたくない、助けを求めないで、私に出来ることは何もない。
強く目を瞑り、身体を縮こませるように座り込みます。
「こ、の……ひとごろし、め」
小さな声。ですが、ハッキリと聞こえた声に男性の方へ動かされているように目が動きました。
男性の目は未だ私に向けられており、その目には。
憎悪に満ちた怒りと恨みの顔でした。
そして、男性の顔にゴブリンの斧が振り下ろされ、鼻から切り裂きました。
目玉が飛び散り、男性の顔面は思わず目を背けたくなるほどに、二つに分かれ、口は横に開かれたまま舌が二つに裂けて、割れた頭蓋骨からは脳が見えています。
骨という支えを失った脳は赤黒い液体に包まれたままドロリと地面へと落ちました。
動かなくなった男性を見て、ゴブリン達は興奮した潰れた声をあげて喜んでいました。
震えが止まらず、放心することしか出来ない私は同じように目を閉じて、夢であることを何度も祈りました。
どれくらい時間が経ったのか、閉じていた目を開けてもそこに広がるのは変わらない景色のまま。
震える身体をようやく動かせるようになった時には、ゴブリンは居らず、もう小さく消えそうな炎を纏った松明が転がり、男性………否、男性だった肉塊が転がっているだけでした。
「ぁ、…ごめんな、さぃ…ごめん、、なさ、ぃ」
遠くからでも分かるくらいぐちゃぐちゃの血で濡れて姿もボロボロで、人間すらも分からなくなった男性。
震える身体を抑えつけて、男性の元まで行きます。
皮は破り消え、肉と内臓がぐちゃぐちゃに混ざり合って露わになっており、肉片は辺りに飛び散り、緑色の草を血で染め上げています。
「ぁ、…うっ、おぇえ、」
今までの光景が脳裏に明確に浮かび、男性の無残な姿は、私にとっては辛く、気持ち悪さを作り出し、それは液体となって口から吐き出されました。
ほぼ胃液の黄色い液体が、地面を染め上げ、口には独特の酸っぱい匂いと味が広がり、喉に焼けた痛みが走りました。
血と胃液の匂いが辺りを包み、私の心を削り、、、また胃から浮き出る異物を感じました。
「はぁ…はぁ…はぁ………」
目の前で死んでいった男性の姿は色濃く残り、あの人が最後に残した言葉も深く刻み込まれたように残り続けています。
これが死。いやだ、自分は死にたくない、まだ生きたい。
吐き出す中、もう今の自分に残り、刻み込まれたのは生きたいという想いだけでした。