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■7-3.家に帰れば、台所に立った飛鳥が夕食を温め直しているところであった。

 家に帰れば、台所に立った飛鳥が夕食を温め直しているところであった。


「飛鳥? もう起きて大丈夫なのか」

「うん。万全じゃないけど、おなかが空いて眠れなかったし」


 ほら座ってて、すぐできるから――と振り返る飛鳥の目は泣き腫らしたように赤い。


「さっきは本当に悪かった」

「私のことはいいよ。というか悪いの私の方だし。先輩にも、明日謝っといてくれない?」

「それはいいけど――本当に大丈夫か」

「だから私のことは心配しないでいいって。寂しくてちょっと泣いちゃっただけだから。それより兄さんの方だよ。先輩に昔のこと話して良かったの?」


 電子レンジの窓を見詰めながら飛鳥は言う。惣菜が盛りつけられた二つの小鉢が、黄色い光を浴びながら耐熱皿の上を回り始める。


「聞いていたのか」

「そりゃ隣の部屋で長々と喋っていれば嫌でも聞こえるでしょ。何だか変だよ、兄さん達。別に付き合ってるわけでもないのに」

「ああ。立花さんとはただの友達だよ」

「向こうはそう思ってないかもね」


 飛鳥の言葉には、どこか隠しきれない棘々しさがあった。そのまま焦点の定まらぬ目でレンジを眺めていたが、不意に取り消しボタンを押して小鉢を取り出す。


「……さあな。人の気持ちなんて分からないよ」


 曖昧に濁した俺の返答が気に障ったのか、飛鳥はぎろりとこちらを睨む。


「――その反応、なんか分かったかも。帰り道、告白でもされたんでしょ」

「いや、そんなことはなかったけど――」

「けど、なに?」

「紫さん達に会ってほしいと頼まれた」

「――は? なにそれ」


 無表情のまま、飛鳥は首を傾げた。


「なんか前もこんなことがあった気がするけど――まあいいや。どういうこと?」

「あの事件のことを話したら、俺は紫さんと会うべきだって諭されたよ。紫さんの気持ち、分かるってさ。辛いことから逃げちゃ駄目だとも言われたよ」

「ふうん。それで、兄さんは何て答えたの?」

「友達の言ったことだからな。今、緒方先生に面会のアポを取っているところだよ」

「前と言ってること違くない? 前は、私がいればそれでいいって言ってくれたじゃん。なんか納得できないんだけど」


 不満をこぼす飛鳥に「何がだよ」と聞けば、「先輩のこと」と短い答えが返ってくる。


「なんて言えばいいのかな。確かに先輩の言いたいことは分かるし、正しいことだとも思うけどさ。でもそれって正しいだけだよね。部外者だからそんな無責任なこと言えるんだよ」

「おい。立花さんのことを悪く言わないでくれ」

「勘違いしないで。別に、先輩のことを悪く言うつもりはないよ。でも、ちょっと勝手だなって思うんだ。正論が鼻につくって言えばいいのかな。考えてみてよ。あの人、紫さんの気持ちが分かるって言っても、兄さんの気持ちが分かるとは一言も言ってないんだよ。ハッキリ言うけど――兄さんがどんなに辛い思いをしたかなんて考えてすらいないよ。まあ、それを言っちゃえば私だって兄さんの気持ちを完全に理解してるなんてとても言えないけど――好きな人とふたりきりの雰囲気に酔ったとか、どうせそんなところでしょ」


 ちょっと軽蔑しちゃうなあ、と吐き捨てるように飛鳥は言った。


「やめろって言ってんだろ。立花さんは俺の友達だ。友達を悪く言う奴は許さない」

「だから悪く言ってるつもりはないって」

「お前のそれはもう悪口だよ」

「じゃあ何? 兄さんは私を怒るの? 私、これでも兄さんのために言ってるんだよ?」


 目を見開いて飛鳥は言う。感情のスイッチが入ってしまったようである。


「私、兄さんのためなら何でもする――って言うとブラコンっぽくて気持ち悪いけど――まあ、いいや。あの人は兄さんのことを本気で考えてないよ。私に言わせれば、どこにでもあるようなありふれたアドバイスをしただけだよ。それを兄さんは、友達が言ったことだからってだけで無条件に信じようとしているんだよ」

「無条件って――そりゃお前、友達の言うことは信じてやるべきだろ。俺は、友情を裏切るようなクソ野郎にだけはなりたくないんだよ」

「疲れないの? そんなに友達とか友情とかを美化してさ」

「美化って」

「だってそうでしょ。もしかして自覚なかった? 友達が言ったことだから守るべきだとか、裏切られたから友達でいられないとか――そんな生き方、絶対疲れるよ。友達って、そんなに正しいものじゃないと思う」

「……確かにな。そう言われると反論できない」


 事実、今朝には、仲間だと思っていた連中から退部勧告を受けた身である。


「疲れるくらいならまだいいけど、みんながみんな友達を大切にしようなんて思ってないよ。そんな人達と一緒にいても傷つくだけだよ」

「つまり、立花さんがそういう人だと言いたいのか」

「そこまでは言ってないよ。あくまで可能性の話。私は兄さんのことを心配してるんだよ」

「お前の言いたいことは分かったよ。けど、俺はもう前に進まなきゃならない。今何もしなければ、これからずっと、俺は紫さんに会うべきだったのかって悩むような気がするんだ。それなら、どんな結末になったとしても会った方が良いと思うんだ」

「兄さんはそれで良いかもしれないけど――私はどうなるの?」


 飛鳥が言った。

 切実で、情に訴える声であった。


「私にはもう兄さんしかいないんだよ。もう家族二人だけで生きていくしかないんだよ。それなのに兄さんが前の学校に行ったら私はひとりになっちゃうよ。何のために転校までしたの?」

「紫さん達と話をするだけだよ。お前を蔑ろにする気なんて」

「兄さんは何も分かってない!」


 焦れたように飛鳥は叫んだ。


「会ってどうするの? あの人達と話をしただけで、昔のような関係に戻れると兄さんは本気で思ってるの? そんなことできるわけがない。絶対にない。一度、他人から裏切られた記憶はどうしたって消えないんだよ! 兄さんとあの人達が友達に戻れるなんてありえない!」

「それは――そうだな。お前の言う通りだよ。でも、俺は昔に戻るつもりはないんだ。戻れるとも思ってない」

「それなら、どういうつもりなの? 会って辛い思いをするのは兄さんなんだよ」

「俺は、新しくやり直したいんだ。確かに辛い思いをするかもしれない。でも、あの事件を乗り越えることができたなら、今度こそ俺達は、本当の友達になれると思うんだ」

「本当の友達って――そんなの理想論だよ」


 お願い考え直して、と飛鳥は懇願するが、俺にそのつもりがないことを察すると、うなだれてしまった。

 結局、この件について、これ以上飛鳥と喋ることはなかった。

 



 先生から回答が来たのは、この日の二○時二五分のことであった。


『二人ともOKだそうです。次の土曜日の午後二時、二年A組の教室でどう?』


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