寝坊して修学旅行に遅刻した俺を、同じく遅刻した美少女学級委員が「このまま2人でどこか別の場所に行かない?」と誘ってきた
「高校生活で一番楽しみなことは何ですか?」
入学時尋ねられたそんな問いかけに、俺・西町二郎は迷わずこう答えた。
「修学旅行です」
修学旅行、それは短い青春時代の中でひと際輝きを放つイベントだ。
学校行事でありながら、授業とはまた違う非日常感。
行きの新幹線でトランプをしながら騒いだり、興味もない重要文化財の前で「映えるから」という理由で写真を撮ったり、夜は旅館で枕投げや恋バナに興じたり、結果寝不足になるので帰りの新幹線で爆睡したり。
何気ない出来事の一つ一つが、高校時代を彩る思い出になる。
俺はこの学校で、このクラスメイトたちと行く修学旅行を心待ちにしていた。
そしてやってきた修学旅行当日。
初日の朝から俺は――盛大にやらかした。
修学旅行が楽しみすぎて、昨晩夜更かししたのがいけなかった。
朝になっても熟睡していた俺の耳に目覚ましアラームが入るわけもなく、結果見事に寝坊。しかもこういう時に限って電車が遅延するわけだから、最終的に俺は集合時間から2時間も遅れて集合場所の東京駅に着いていた。
2時間遅れで到着した駅に、クラスメイトの姿はない。
担任からは「自分で新幹線のチケットを買って、京都まで来てくれ」と言われた。
「行きの新幹線、凄く楽しみにしてたのにな」
来たる三日間に向けてのワクワクを、隣の席の友人と共有するつもりだった。枕投げとか恋バナとか、女湯覗きとか。語りたいことは沢山ある。
それらが出来ないことを悲観しながら、俺が駅のホームで項垂れていると、
「最後のやつは、楽しみにして欲しくないわね」
突然声をかけられたので、振り返ると……そこには学級委員の星宮寧々が立っていた。
「星宮? ……いや、星宮が東京駅にいるわけない。今頃彼女は新幹線の中で友達とトランプで遊んでいる筈だ。もしくは今夜好きな男の子の布団に潜り込む計画を練っている筈だ」
「前者はするかもしれないけど、後者は絶対あり得ないわよ。就寝時間以降に部屋を出るとか、反省文の対象だから」
星宮の冷静なツッコミも、俺は華麗にスルーする。
「つまり今目の前にいる星宮は、幻に違いない。きっとそうだ」
「幻じゃないわよ。正真正銘、学級委員の星宮寧々さんよ」
星宮が俺の両頬を引っ張る。痛いれふ。
赤くなった頬をさすりながら、俺は星宮に尋ねる。
「星宮も遅刻? 寝坊したのか?」
「あなたと一緒にしないでくれるかしら。私は困っているお婆さんを助けて遅刻したの」
「そいつはなんというか、残念だな。折角良いことしたっていうのによ」
「良いことをしての結果なのだから、寧ろ誇るべきだわ。……ところで、これからどうするつもり?」
「どうするも何も、京都に行くしかないだろ? しおりは手元にあることだし、スケジュールと擦り合わせて現地で合流すれば……」
俺のセリフを遮るように、駅のアナウンスがなる。
『ただいま発生しました人身事故の影響で、東京駅発の新幹線は全て運転見合わせとなります――』
……おいおい、嘘だろ。
「京都、行けなくなっちゃったわね」
「みたいだな。俺はともかくとして、星宮は良いことして遅れたっていうのに、この結果は散々だよな」
「……そんなこともないわよ」
ボソッと何やら呟く星宮だったが、蚊の鳴くような声だったので俺の耳では聞き取れなかった。
「何か言ったか?」
「別に。……それより、一つ提案があるんだけど、良いかしら?」
「提案?」
「えぇ。……私たちは本来京都へ二泊三日の修学旅行に行くつもりだった。だからこれから三日間、私たちには自由な時間が与えられている」
「まぁ。少なくとも授業はないわな」
「そして本来京都へ行く筈だったのだから、お金もそれなりに持っている。でも、新幹線が運休していて京都に行けない」
口に出してみると、本当にツイていないな。
かといって、このまま京都行きを諦めて自宅に帰るのもなんか勿体ない気がする。高校で一番のイベントが、こんな苦い思い出で終わるのだけはなんとしても避けたい。
そんなことを考えていると、星宮がある提案をしてきた。
「だからさ、このまま二人でどこかに行かない?」
一瞬何を言われたのかがわからなかった。
京都じゃなければどこに行くつもりなのか? そんなことはこの際どうでも良い。
重要なのは、「二人で」どこかに行くということ。それってつまり……デートだよな?
……いやいや、ちょっと待て。冷静になるんだ、俺。星宮が俺にデートを申し込むなんて、そんな奇跡起こるわけないじゃないか。
確率論だけで言えば、「修学旅行の日に新幹線が運休になる」可能性の方が高いと思う。
悲しくなるだけなので、俺は淡い期待すら持たないことにした。
「どこかって、どこに行くつもりなんだ? 予備校の体験授業か?」
「何でこんな日まで勉強しないと行けないのよ。そうねぇ……映画とか、ゲームセンターなんてどうかしら?」
「……別に良いけど」
女の子と二人で映画やゲーセン……これって、デート言っても差し支えないよな?
それでもヘタレな俺は、星宮の口からはっきりと「デートじゃない」と言われるのが嫌だったので、敢えてデートかどうかは聞かなかった。
◇
平日昼間の映画館は、思った以上に空いていた。
公開からもう1ヶ月以上経過している映画だったこともあり、劇場にいる人間は俺と星宮を含めても5人。席に余裕がある中、それでも隣同士で座っていることが、想像以上に嬉しかった。
映画のジャンルはラブストーリー。主人公とヒロインが手を繋ぐシーンで、偶然俺と星宮の手も重なった。
心臓の鼓動が速くなる。うるさくなる。それはもう、映画のセリフが聞こえなくなる程に。
映画を観終わった後、近くのファミレスでランチをすることにした。
ランチの際の会話内容は、先程観た映画の感想だ。印象に残ったシーンを交互に発表し合っていたんだけど、例の手を繋ぐシーンを思い出すやいなや、二人とも照れて黙り込んでしまった。
午後はカラオケに行った。
音楽に詳しくない俺が歌える曲といえば、アニソンくらいしかない。
しかしキャラクターソングを歌ってしまえば、星宮に引かれてしまうだろう。
取り敢えず流行っているバンドの歌っているアニメの主題歌で、この場を乗り切ることにした。
可もなく不可もない俺の歌声は、及第点ギリギリといったところ。対して星宮の歌唱力は、プロの歌手にも引けを取らないレベルだったら。
「〜♪」
あまりに上手なので俺はタンバリンを叩くのを忘れて聞き入ってしまい、星宮が歌い終わった後にはスタンディングオベーションまでしてしまった。
……しかし、なんだ。星宮の選曲が、ラブソングに偏っている気がするんだが……単純に、そういう傾向の曲が好きなだけだよな?
カラオケ店を出たところで、警察官に声をかけられる。
「君たち、学校は?」と。
警察官の質問に、星宮は冷静に答えた。
「休みの日なんで、制服デートをしているんです」
嘘でもデートをしていると言われて、嬉しくなってしまう自分がいた。
そして夜。
夕食を終えた俺たちは、ネットカフェに来ている。
選択したのは二人用の部屋。しかもカップル専用の造りになっているらしい。
確かに二人用にしてはブースがやけに狭く、さっきから肩と肩が触れ合ってしまっている。
それだけでも緊張するというのに、終いにはコテンと、星宮は俺の肩に頭を乗せてきた。
スースーと、星宮の寝息が聞こえる。……どうしよう。今すぐ抱きしめてキスしたい。
疲れていたのか、星宮はなかなか起きない。ここまでくると、仮眠ではなく熟睡だ。
この寝顔を一晩中見ていたいと思うけど、流石に高校生の男女がネカフェでお泊りするわけにはいかない。
条例ギリギリの時間で、俺は星宮を起こした。
「ん……もう朝?」
「逆だ。そろそろ真夜中だ。だから、家に帰ろう」
夜道は暗くて危ない。寝起きの女の子を一人で歩かせるわけにもいかず、俺は星宮を自宅まで送り届けることにした。
◇
星宮の自宅に着いた。
「じゃあな、星宮。また次の授業で」
帰ろうとする俺の服の裾を、星宮はキュッと摘む。そして、
「嫌だ」
小さな声で、だけどはっきりとそう言った。
「今夜、ウチに泊まっていってよ」
「泊まるって言ってもなぁ」
「安心して。今夜は家に誰もいないの」
いや、余計に安心出来ないだろ、それ!
「泊まるのは、色々問題があるだろ? 替えの下着を持ってきていないとか」
「大丈夫ですよ。私たちの担任も今日替えの下着を忘れて、毎晩手洗いするつもりだって言ってましたから」
「手洗いって……だったら現地で買えよ。…………ん?」
今の星宮のセリフ、おかしくなかったか?
「星宮って、今朝遅刻したんだよな? なのにどうして、担任の下着を忘れたことを知ってるんだ?」
「……!」
星宮はやっちまったと言わんばかりの顔になる。もしかして……星宮は遅刻なんてしていなかったのか?
「何で遅刻したなんて嘘を?」
「だって……あなたがいないと、折角の修学旅行が楽しくないじゃない」
それがただの旅行ではなく修学旅行であることとか、行き先が京都であることとか、星宮にとってはそんなことどうでも良かった。
俺と一緒であること。彼女にとっては、それが最優先だったわけで。
だから星宮は、わざと新幹線に乗り遅れた。新幹線が運休になっても、そこまでがっかりしていなかった。
では、どうしてそんな嘘をついたのか? ……ここまで来たら、自意識過剰じゃないだろう。星宮は、俺のことが好きなのだ。
次の授業なんて、待つ必要がない。好き同士であるならば、会いたい時に会えば良い。
「明日はどこに行く?」。俺が尋ねると、星宮は満面の笑顔で応えるのだった。