第5話:いざ、Sランクダンジョンへ!
翌日、朝食を済ませるとすぐ、俺はコシーと一緒に“鳴り響く猟団”に行った。
しばらくは一人で……いや二人で冒険者を続けようと思う。
せっかく信頼できる素晴らしい仲間に出会えたからな。
カウンターに行き、馴染みの受付嬢さんに挨拶する。
「サイシャさん、おはようございます」
〔おはようございます〕
「おはようございます。アイトさん、コシーちゃん」
ギルドに入るや否や、周りの人たちがチラチラと俺を見た。
皆してコソコソと話す。
「おい、アイトだよ。石から女の子を生み出したらしいぞ」
「しかも、グレートウルフを倒したんだってな」
「マジかよ。アイツ、そんなに強かったのか……」
俺(正しくはコシー)がグレートウルフを倒したこと、そして無生物をテイム(さらに擬人化)できることは、すでに噂になっていた。
俺たちは今やすっかり注目の的だ。
今までバカにされてばかりだったので、正直なところ少し明るい気持ちになった。
「サイシャさん、何か良いクエストはありませんか?」
「そうですねえ。……あっ! 廃墟になったSランクダンジョン“稲光の大迷宮”に、新しく棲みついたモンスターの退治がありますよ。モンスターといってもBランクのオークの群れです。グレートウルフを倒したアイトさんなら楽勝だと思いますけど」
「え、Sランクダンジョン!? そんなの無理ですよ! しかも、“稲光の大迷宮”!?」
サイシャさんはクエストボードから依頼表を取りながら、至極あっさりと言った。
“稲光の大迷宮”はメトロポリの中心部から、歩いて数時間ほどの深い森“宵闇森林”の奥にある。
雷魔法の強力なトラップが張り巡らされ、数多の冒険者を消し炭に変えた激ムズダンジョンだ。
それこそ王国トップクラスのパーティーじゃないと攻略できないレベルだった。
「アイトさん、落ち着いてください。ダンジョン自体はもう廃墟になっています。攻略する必要はないんですよ」
「あ、そうか。言われてみればそうですね」
アイテムを取りつくしたダンジョンは人もモンスターもいなくなり、やがて朽ち果てていく。
しかし、たまに外から来たモンスターが新たに棲みつくことがあった。
周囲の人間を襲うと危ないので、討伐依頼がギルドに入るのだ。
Sランクなんて自分には縁がなさすぎて、早とちりしてしまった。
「どうやらボスを筆頭に何匹かの子分がいるみたいです。誰かを襲う前に退治しておかないと、大きな被害が出てしまうかもしれません」
「なるほど……。しかし、Bランクか……」
思わず呟いてしまう。
コシーは別として、俺には戦闘能力が全くないからな。
「グレートウルフを倒したアイトさんなら問題ないですって」
〔私もいますから大丈夫ですよ、マスター〕
「たしかに……それもそうですね! 頑張ります」
二人が励ましてくれたところで、カウンターの奥から男の人が出てきた。
ギルドマスターのケビンさんだ。
身長は2m近くもあり、顔には大きな傷跡がある。
昔は名の知れた冒険者で、がっちりとした体型にその名残りが残っていた。
ただ、クエスト中に負った大ケガのせいで今は片足を引きずっている。
「おぉ、アイトじゃないか。聞いたぞ、一人でグレートウルフを倒したんだってな。すごいじゃないか」
ケビンさんは笑顔で話す。
気さくな人で、何かとアドバイスをくれることが多い。
しょぼい俺にも分け隔てなく接してくれる貴重な人だ。
何よりギルドマスターにも褒められて嬉しくなった。
「いえ、すごいだなんて。それに全部コシーがやってくれたんです」
「ほお、君が噂のコシーか」
ケビンさんは机の上にいるコシーを見る。
身長差がありすぎて、まさしく巨人と小人だ。
〔初めまして、コシーと申します。よろしくお願いします〕
「ああ、よろしく。……まさか、アイトのテイム対象が無生物なんてな。さすがの俺も聞いたことがないぞ。オークの討伐なんて、お前にはむしろ簡単すぎるかもしれん」
「ケビンさん、強いのはコシーで俺は全然ダメなんですよ。相変わらず、スライムも倒せませんし」
俺は首にかけている等級魔石を取り出した。
これは冒険者ランクを判別する力を持った特別な魔石だ。
「これだって、どうせ真っ黒のまま……」
冒険者ランクは等級魔石の色で分けられる。
Eが黒、Dが青、Cが赤、Bが黄、Aが白だ。
そしてSになるとほとんど透明になる。
身体や魔力を鍛えると色が変化していくので、見るだけで自分がどのランクかすぐわかるのだ。
「アイトさん、赤色になってますよ!」
「え、嘘!?」
サイシャさんに言われて、自分の等級魔石を見直した。
確かに……赤色になっている!
ということは、俺はCランクになったのだ。
「や、やった! ランクが上がってる!」
〔おめでとうございます、マスター!〕
まさか昇格したなんて思わなかった。
しかも一度に二つも飛び越えて……。
冒険者ランクは一つずつ上がっていくのが基本だ。
「アイトさん、飛び級で上がるなんてすごいですね! 私も長いこと受付嬢をやっていますが、未だ聞いたことがありません」
「まさか……にわかには信じられないですよ。でも、喜んでばかりではダメですね。気を引き締めないと」
俺は自信がつくのを感じるも表情を引き締める。
油断したり調子に乗ってはダメだ。
ボーランたちのようになってはいけない。
ケビンさんは俺の肩に手を置き、穏やかな表情で言った。
「アイト、謙遜はとても大事だが自信はちゃんと持て。対象より強くないと、テイムなどできん。お前は強いんだ」
「ケビンさん……ありがとうございます。たしかにそうですね。自信もしっかり持とうと思います」
「それとボーランたちの件では辛い思いをさせてしまったな。俺から何か言えれば良かったんだが、パーティーに口出しすることは許されていないのだ」
一転して、ケビンさんは申し訳なさそうに言う。
王国の考え方として、ギルドマスターは冒険者パーティーのやり方に介入できない決まりがある。
ギルドに危害がなければ、パーティーの方針はリーダーに任されていた。
もちろん、俺だってそんなことは知っている。
「ケビンさん、謝らないでください。ギルドの決まりですから。それに、ボーランたちのことなんか、俺はもう気にしていませんよ。コシーという素晴らしく大事な仲間ができましたからね」
〔マスター……〕
俺の話を聞き、コシーは嬉しそうに笑う。
そうだ、俺の周りには助けてくれる人がこんなにもたくさんいるんだ。
ボーランたちといる時は、毎日が苦しくて視野が狭くなっていたな。
俺はもう新しい人生が始まったのだ。
思う存分、楽しんでいこう。
「サイシャさん、さっきのクエストを受注します!」
「よーし、それでこそアイトだ!」
「はい、受注しましたよ! ……でも、せっかくアイトさんが討伐してくれても、また棲みついてしまったらきりがないですね」
サイシャさんはもう俺がクエストを達成した気でいる。
まだギルドを出てもいないのに……。
「いや、サイシャさん、まだクエストにすら行ってないんですから……」
「アイトさんなら絶対に達成できます。頑張ってくださいね」
サイシャさんは俺の手を力強く握る。
すべすべの手で握られドキリと心臓が鼓動する。
それだけで女性経験0の俺は心が揺らぐ。
も、もしかして、サイシャさんは俺のことを……!
コシーが咳払いし、俺は現実に戻った。
ケビンさんが笑いをかみ殺した様子で話す。
「……そうだなぁ。魔法結界でも貼れれば良いんだが、みな忙しいからな。最下層の核を壊せば、ダンジョンは消えるはずなんだが……。破壊するにしても、それこそギルド総出でやらないと無理だ。手間がかかりすぎる」
ケビンさんとサイシャさんは揃って考え込む。
ダンジョンの最下層には魔力が凝縮された核があり、それを壊せばダンジョンは消えるのが定説だった。
「ケビンさん、、核も壊してきた方がいいんでしょうか」
「いや、気にせんでくれ。単なるギルドマスターのぼやきだ。お前は棲みついたモンスターを討伐してくれればそれでいいからな。ただ、ダンジョンの罠には注意しろよ。まだ機能しているトラップがあるかもしれん」
「気をつけてくださいね、アイトさん。無事に帰還するのを祈っています」
何はともあれ、クエストに行こう。
オークの討伐か……気合が入るな。
「ありがとうございます、頑張ります」
〔マスターなら大丈夫ですよ〕
ケビンさんとサイシャさんに手を振りギルドを出る。
俺はコシーを胸ポケットに入れ、Sランクダンジョンに向かって歩き出した。
□□□
数時間ほど歩き“宵闇森林”に着いた。
“稲光の大迷宮”は奥地にあるので、真っ直ぐ進むだけだ。
胸元からはコシーの呟くような声が聞こえる。
〔ふむふむ、ダンジョンとはアイテムやモンスターがある特別な迷宮のことで……魔石とは魔力が詰まった石のことで……〕
歩きながら、コシーにずっと本を見せている。
冒険者としての心得が書いてある手引き書だ。
この本はエスペランサ王国が各地のギルドに無料で配っている。
皆、最初はこれを読んで基本的な知識を得るのだ。
〔マスター、なかなかに便利な本です。モンスターや冒険者ランクについても詳しく書かれています〕
「それならよかった。わからないことがあったら何でも聞いて」
〔どうやら、冒険者はSランクになるのが基本的な目標みたいですね〕
「そうだね。みんな目指しているよ」
パーティー全員がSランク冒険者になると、王国から莫大な富がもらえる。
それだけ王国への貢献度が高い、ということだ。
そんなわけで、冒険者はSランクを目指す人が多い。
莫大な富をもらった人達はそのまま引退してしまうらしい。
一生遊んで暮らせるのだ。
冒険者なんて辞めて、気ままに暮らすということなんだろう。
〔マスターもSランク冒険者を目指すのですか?〕
「う~ん、お金はたくさん欲しいけど……。とりあえずは、コシーと冒険が出来ればそれでいいかな」
〔……嬉しくて熱が出てしまいます〕
「そんな大袈裟な」
コシーは顔を赤らめくねくねと喜び、胸ポケットがちょっと熱くなった。
可愛いな、と思っていたら彼女は真剣な表情に戻って言った。
〔もしかしたら、ダンジョンそのものをテイムできるかもしれませんね〕
「……ダンジョンそのものを?」
〔はい、無生物ですからマスターのテイム対象のはずです〕
たしかにダンジョンは無生物だ。
ただの建物だから。
しかし……
「そんなことが可能なのかな? あんな大きな物を……」
〔マスターならできるはずですよ〕
さらに十五分ほど歩を進めるうち、目的のダンジョン“稲光の大迷宮”が見えてきた。
木々が少ない広場みたいなスペースに鎮座する。
灰色の無機質な石でできた入り口が……。
ぽっかりと大きな口を開け来訪者を待っていた。
蔦がまとわりついており、世界から取り残されたような印象を受ける。
廃墟とはいっても元はSランクだ。
十分に注意しなければならない。
「あれが“稲光の大迷宮”か。さすがに雰囲気があるな」
〔さあ、行きましょう。どんな敵もマスターの敵ではありません〕
「ごくり……」
俺たちはダンジョンに足を踏み入れる。