第37話:後悔(Side:ボーラン⑪)
「オラッ、さっさと歩け! このノロマどもが!」
「手間をかけさせるんじゃねえ!」
「俺たちは忙しいんだよ!」
ジオノイズで捕まった後、俺たちは闇オークションに連れてこられた。
縄でギチギチに縛られているので、全身が痛くてしょうがなかった。
メンバーどもはぐったりと俯き、もう諦めている。
だが、俺は絶対に諦めないぞ。
身体を激しく動かして、最後の抵抗をする。
「離せよ! ぶっ殺すぞ!」
このままでは人生が終わってしまう。
どうにかして逃げたかった。
暴れた瞬間、仲介人どもに鞭で勢い良く叩かれる。
「……ぐああああ!」
俺の全身に鋭い痛みが走った。
もう何回叩かれたのか、わからないほどだ。
「まだ躾が足りなかったようだな!」
「おい! こいつら全員、鞭で叩いてやれ!」
「奴隷なんだから諦めろ!」
パーティーメンバーたちも、いっせいに鞭打ちされる。
叩かれる音が辺りに鳴り響くが、通行人は気にも留めなかった。
これが、ここの日常なんだろう。
クソっ、なんで俺たちはこんなところにいるんだよ……。
鞭で叩かれるたび、メンバーどもは怒る。
「痛いじゃないか!」
「やめろ!」
「やめてください!」
いくら抗議しても、仲介人は鞭打ちをやめようとしない。
それどころか、さらに強く叩いてくる。
「ギャハハハッ! いくら抵抗してもムダだよ!」
「おとなしくしとけば、叩かないってのに。お前らもバカだね」
「良い客に買われることを祈ってるんだな!」
抵抗虚しく、奴隷市に着いてしまった。
右も左も、うさんくさそうなヤツらがゴロゴロいる。
その光景を見ただけで元気がなくなってしまい、俺たちはもう暴れる気力さえなかった。
奴隷商人は手早く客寄せを始める。
「さあさあさあ、活きのいい奴隷を持ってきたよ! 男が1人、女が3人さ! しかも、今回は全員Aランク冒険者だ! 早い者勝ちだよ! 早くしないと売り切れちまうよ!」
ちくしょう……縄で縛られてなければ……。
あっという間に、俺たちの周りに人だかりができた。
客どもは見るからに怪しいヤツらばかりだ。
「おおお! これはまた珍しい!冒険者の奴隷なんて、なかなか出てこないぞ!」
「よく捕まえてきたなあ! おい、おい女もいるぞ!」
「わざわざ出向いて正解だったな!」
いっせいに、俺たちの品定めを始める。
無遠慮にジロジロと眺められ、もはや完全に物扱いだ。
俺たちは感じたことがないほどの屈辱感でいっぱいだった。
人だかりからガタイの良い男が現れ、真っ先にタシカビヤの所に行く。
「よし、俺はこの女を買うぞ!」
「お兄さん! 決断が早いね!」
「おう! こいつをくれ!」
男は乱暴にタシカビヤの髪を掴む。
仲介人に金を渡すと、ズリズリと引きずって行った。
「きゃあっ! 痛い! やめてください!」
「ヒャハハハ! これは良い女を手に入れたぜ!」
「イリナさん! ルイジワさん! ボーランさん! 助けてえええ!」
悲痛な叫び声を残して、タシカビヤの姿は見えなくなった。
俺は嫌な汗をかく。
――ほ、本当に奴隷になっちまうんだ……。
心臓が不気味に脈動する。
次はルイジワが狙われた。
薄汚れた男に腕を掴まれる。
「よっしゃ! 俺はこいつを買うぞ!」
「いいねえ、オヤジさん!」
すかさず、ルイジワは嫌悪感あふれる顔で抵抗する。
「やめろ! 汚い手で私に触るんじゃない!」
「気の強いところも俺好みだ! 今日は良い買い物をしたぜ!」
だが、あっさりとルイジワも買われていった。
残ったのは、俺とイリナだけだ。
イリナを見ると、しくしく泣いていた。
それを見て、俺は言葉を失った。
こ、こいつが泣いているのを、俺は初めて見る。
「さあさあ! 後はこの2人だけだよ! 早い者勝ちだよ! 男が一人、女が一人! どっちもAランク冒険者さ!」
「……どれ、私にも見せてくれ」
客の中から、でっぷりと太った男が現れた。
見た目も雰囲気も、かなり気持ち悪いヤツだ。
しかも、歩くだけで汗をかいている。
グイッと顔を近づけて、俺たちを見た。
臭い体臭がたまらなく不快だ。
「ほほう、どっちも健康そうだな」
「旦那さん! どうだい、気に入ったのはあるかい?」
「ふむ……」
見るからに、女が好きそうな男だ。
俺は少しホッとした。
――たぶん、こいつは女奴隷を買うんだろう。イリナには悪いが、ひとまずは助かったな……。
ここまで来たら、もう仕方がない。
少しでもまともなヤツに買われて、その後抜け出すのを考えた方が良い。
「この奴隷を買おう」
「まいどあり~! 良い目をしてるね、旦那さん!」
――……は?
てっきりイリナを買うと思ったが、なぜか男は俺を指さしていた。
なんでだよ!
女奴隷が欲しいんじゃねえのかよ!
「じゃあ、今からこいつは旦那さんの奴隷だよ」
そのまま、俺は男に引き渡される。
男は俺のことを、ニッタリと眺めてきた。
「良い身体だ」
そうか、きっと肉体労働ができるヤツが欲しかったんだな。
俺はずっと冒険者をしていた。
だから、身体を動かすのは得意な方だ。
安心したもつかの間、男は部下と思しき人間から棍棒を受け取ると、勢いよく俺を殴った。
「ぐあああ! な、なにをしやがる!」
「いいぞ! いい鳴き声だ! さあ、我が家に帰ろう! 今夜は楽しみだなぁ!」
男の部下に抱えられ、俺は連れ去られる。
「やめろ、やめてくれええ!」
俺はめちゃくちゃに泣き叫んだ。
この先を想像すると、もう死んだ方がマシだった。
男はニヤリと俺を見る。
「なんだ、泣くほど嬉しいのか」
「違う! 違うんだよおお!」
脇にいる男たちに囁かれる。
「これからよろしくな」
「たっぷり可愛がってやるから」
「お前もすぐに慣れるさ」
背中がゾッとした。
「嫌だああ!」
泣き喚きながら、俺はどうしてこうなったのか考えていた。
だんだん記憶が過去に遡り、一人の男が脳裏に思い浮かんだ。
こんな俺たちでも、あいつは懸命に尽くしてくれていた。
アイトを追い出してから、全てがおかしくなった。
――アイトを追放なんかしなきゃ良かった……。
いくら後悔しても、もう全てが手遅れだった。




