第34話:恩恵の力
ミルギッカがどんな人かわかったところで、俺たちは仲介人を捕まえた門の前に集まった。
今後の処理を考えなければならない。
「さて、この人たちをどうしようかな」
〔このまま、置いとくのは良くないですね〕
〔また悪さすると困る人が出そうだわ〕
今は気絶しているが、彼らは闇オークションの人間だ。
放っておくと、新たな被害者が出ることは明白だった。
「う~ん、ミルギッカはどうすればいいと思う?」
〔あなたの意見も聞きたいです〕
〔黙ってないでなんとか言いなさいよ〕
〔殺せばいい〕
間髪いれず、ミルギッカは答えた。
氷のように冷たい言葉だ。
俺に見せてくれた優しい彼女は、遥か彼方に行ってしまったらしい。
さすがに殺すのはアレなので、とりあえずギルドへ連れて帰ることにした。
然るべき人たちに渡して、然るべき対応をしてもらおう。
「とは言ったものの、このまま運ぶのは大変そうだね。どうやって持って帰ろうか」
〔とても重そうです〕
〔だったら、私の稲妻で……〕
〔いや、ダンジョンごときが出る幕ではない〕
〔……は?〕
ミルギッカはあえて、エイメスを遮るように言った。
俺たちから少し離れたところにいたが、こっちに歩いて来る。
〔邪魔だ〕
〔いたっ!〕
すれ違いざま、わざわざエイメスにぶつかる。
俺の前に来ると、肩に手を乗せた。
〔わらわが主に力をやろう〕
彼女がいうと、俺の身体が透明で不思議なオーラに包まれた。
身体の奥から力がみなぎる。
「なんだか身体が……」
〔ちょっと、あんた! 私のアイトに何やってんのよ!〕
〔見てればわかる。静かにしてろ、愚か者め〕
ミルギッカは少しも止めようとせず、俺に何かを送り込む。
さすがは、“伝説の聖剣”だ。
あのエイメス相手に全く動じていない。
すごいメンタル。
〔その檻を持て〕
「え?」
唐突に、ミルギッカは言った。
檻の中には大の男が20人もいる。
とてもじゃないが、俺はそんなに力持ちではない。
〔いいから、早く持ち上げろ〕
「いや、でも、こんな重そうな物を……」
〔は?〕
「すみません……持ちます……」
恐ろしい声で言うので、逆らうことなどできない。
とたんに怖くなっちゃった。
何はともあれ、檻を持つか。
無理だろうけど。
……よいしょ。
ありえないことに、檻は簡単に持ち上がった。
まったく重さを感じない。
羽毛を持っているみたいに軽い。
「う、うそ、なんで!?」
〔これが、わらわが持つ恩恵の力だ。わらわは主をいくらでも強化できるのだ〕
彼女の言葉を聞いて、何が起きたのか理解した。
――そうか、ミルギッカの力は超強いバフ能力なんだ!
天の神剣には、絶大な恩恵の力ある。
その力で俺をこんなにパワーアップさせてくれたのだ。
〔力だけではない。防御力、素早さ、自己回復力、ありとあらゆる力を強くできるぞ。どこぞのダンジョンもどきは、こんなことできないだろうがな。いや、Dランクダンジョンもどきか〕
ミルギッカは得意げに話を続ける。
静かに聞くエイメスの顔を見て、俺は震えあがった。
〔……いい加減にしなさいよね〕
かつてない勢いで雷鳴が鳴り響く。
悲鳴を上げるコシーと俺。
〔ミルギッカさん、やめてください!〕
「ストップ、ストーーップ! ミルギッカがすごいのはわかったけど、エイメスをバカにしないで! エイメスがいないとダメなんだから!」
叫ぶ甲斐なく稲妻はミルギッカを襲い、彼女を消し炭に変えていく……ことはなく、稲妻は収まる。
〔やっぱり、アイトは私のことをわかってくれてるわね!〕
「〔……ふぅ〕」
ホッと一息つく。
どうにか、エイメスとミルギッカの戦争を回避できた……わけがなかった。
〔つまり、主にふさわしいのは、わらわということになるな。ほれ、ダンジョンもどきは早く立ち去れ〕
〔ふむ……この際だから、どっちがアイトにふさわしいか勝負しましょうか〕
彼女たちは睨み合ったまま、一歩も譲ろうとしない。
張りつめた雰囲気を感じて、森の動物たちが逃げ出した。
ああ、もうどうすればいいんだ~と、頭を抱えていたら、コシーが二人の間に割って入った。
〔二人とも、ちょっと待ってください!〕
ミルギッカとエイメスをグイッと引き離す。
俺はもう心の底から安心したな。
良かった……コシーは本当に頼りになる……と、思った俺が甘かった。
彼女はいつになく険しい顔で叫ぶ。
〔私のことも忘れないでください!〕
なんで、そうなるの!?
そういえば、コシーはあまり魔力を使ってない。
要するに、Sランク三人による三つ巴の戦いが、今まさに始まろうとしていた……。
「ちょ、ちょっと、ちょっと! お願いだから、みんな落ち着いてーー!」
森に俺の叫びが木霊する。
□□□
ひと悶着とは簡単に言えないひと悶着があった後、俺たちはエイメスの稲妻に乗って帰ることになった。
ミルギッカは後ろの方でおとなしく座る。
俺の隣にいるエイメスも静かにしていた。
胸ポケットのコシーも落ち着いた様子。
必死のなだめがなんとか上手くいった。
ちなみに、仲介人たちを閉じ込めた檻は、ドラゴンの口から下げられている(丈夫なロープをくくりつけた)。
――な、なんだか、めちゃくちゃ疲れた……。
正直に言って、仲介人グループとの戦闘よりどっと疲れたな。
そう思っていたら、檻の中からうめき声が聞こえた。
「ぐっ……ここはっ……」
バウロが目を覚ました。
仲介人といえど、Sランクは見せかけじゃないんだろう。
他の仲間は気絶したままだが、彼だけ意識を取り戻した。
「暴れてもムダだからな」
「どわあ! 空を飛んでる! って、なんだこれえ!」
俺は簡単に状況を説明する。
「お前たちは“鳴り響く猟団”に連れて帰る。然るべき人たちに裁かれるんだ」
「俺もとうとう、もはやこれまでってわけか……。まぁ、最後にお前みたいなヤツが相手だったと思うと、逆にスッキリした気持ちになるな」
バウロは悪人に似つかわしくない清々しい表情だ。
「別に褒めたところで解放しないからな」
〔あなた達がやったことは見逃せません〕
〔ちゃんと罪を償いなさいね。あんたたちのせいで苦しんだ人がいるのよ〕
〔死ね〕
ミルギッカの一撃が致命傷になったらしく、バウロは顔がひきつる。
「お、お前ら、なかなか強いな。ここまで強いヤツらはいなかったぜ。なぁ、“王国史”って本、知ってるか?」
「もちろん、知っているよ。エスペランサ王国の歴史を書いた本だ」
王国の大金庫で厳重に保管されている、とても貴重な本だ。
この国の歴史が上巻と下巻に分かれて記されているらしい。
「まぁ、聞いてくれや。“王国史”の上巻がよ、闇オークションに紛れ込んでる、ってウワサがあるんだよ。話によると、何者かが持ち出したらしい。そいつを売っちまえば、俺たちは大金持ちだ。一緒に探しに……うぎゃあああ!」
〔いい加減にしなさい〕
エイメスの稲妻に撃たれ、バウロは気絶する。
髪の毛は爆発したみたいに、黒コゲになった。
懲りないヤツだ……。
十分も飛ぶと、ギルドが見えた。
みんなが外で作業している。
ギルドの修復は、ほとんど終わっているみたいだ。
俺たちを見ると、みんなが出迎えてくれた。
「アイトじゃねえか! おかえり!」
「“伝説の聖剣”をテイムできたのかー!?」
「お前が戻ってくるのを待ちわびたぜー!」
みんなの声を聞き、ギルドの中からケビンさんが現れた。
「アイト、帰ってきたのか! って、その大きな檻はなんだ!?」
「ケビンさん! 実はフツラト平野で仲介人が……!」
その後ろから、サイシャさんも出てくる。
「アイトさん、おかえりなさい! って、また新しい女の人!?」
「サイシャさん! 違います、これは……!」
みんなに話すことがたくさんだ!
はやる気持ちを押さえ、俺たちはギルドに降りていった。




