第32話:奴隷狩り(Side:ボーラン⑩)
「ハァ……ハァ……」
――どこまで行けば、ここから抜け出せるんだ……。
見渡す限りのひび割れた荒れ地、容赦なく照りつける太陽。
ジオノイズに転送されて、もう何日経ったかわからない。
俺たちは荒地をさまようばかりだった。
後ろから力なく後をついてくるメンバーどもを見ると、余計に心も体も疲れた。
――こいつらのせいで、こんな目に遭ったんだ……。
今すぐにでもメンバーどもと別れたい。
だが、この状況を考えると嫌でも一緒にいるしかない。
「リーダー、いつまで歩けばいいのさ……」
「もう疲れ果てた……」
「体力が限界です……」
メンバーどもの不満げな声に、俺は一段と疲れるようだった。
「そんなの……俺が知りてえよ……俺だって、もう歩けねえ……」
ジオノイズは想像以上に広い。
歩いても歩いても、似たような景色がずっと続いている。
大地はひび割れ、申し訳程度に生えている樹はどれも枯れ、小さな叢が点々と生えるだけだ。
おまけに、昼は焼けるように熱く夜は凍えるほど寒い。
一瞬たりとも心が安らぐ瞬間がなかった。
今までの豊かな生活との落差が本当に憎たらしい。
――ちくしょう、こんなところに追放しやがって……。
天に向かって怒鳴りたいもののそんな元気もなかった。
所持品は全て取り上げられたので、食料はおろか水さえ持っていない。
動物の姿もまったく見えず、食料探しすら大変だ。
「アタシ、腹減った……」
「何か食べ物がほしい……」
「お腹すきました……」
メンバーどもの不平不満も、俺の体力をじわじわと削る。
少しは静かにしろってんだ。
ストレスをぶつけてやろうとするが、怒鳴る元気もない。
「う……うるせえよ……」
小さな声しか出せなかった。
歩きながらもどうにかして荒れ地を見る。
食べ物を探して……。
たまに出てくる動物はやせ細っていて、食べるところがほとんどない。
モンスターなんて、食べられるはずがなかった。
食料だけじゃない、俺たちは水にも困っている。
イリナは魔法で水が出せるが、飲むには適していない。
雨水を直接飲んで、しのぐしかなかった。
――でも、俺はまだ諦めてないぞ……。
最後のチャンスが残っている。
ゴールデンドラゴンが言っていた天の神剣さえ手に入れば、こっちのもんだ。
俺こそが“選ばれし者”だ。
“伝説の聖剣”があれば、アイトだろうがケビンだろうが逆らえるはずはない。
――あの無能テイマーを天の神剣が認めるわけがねえんだ!
今いる場所がフツラト平野から、どれくらい離れているかはわからない。
だが、まずはジオノイズから出ることだ。
そう思っていたら、突然前方の叢がガサリッ! と揺れた。
「うわっ! なんだ!」
そんなに大きな音じゃないのに大変に驚く。
ぞろぞろと何体ものモンスターが姿を現す。
『『ギィィッ!』』
Cランクモンスターのコボルドだ。
全部で4体もいる。
小さなナイフや鋭い木の枝を持ち、俺たちを見ては舌をぺろりと舐める。
モンスターにとっては、人間なんて格好の餌だ。
だんだん、俺は怖くなってくる。
死の恐怖を感じた瞬間、ふと自覚した。
――ちょっと待て! なに怖気づいてんだ! それに、4体“も”ってなんだよ! こんなヤツら、ゴブリンやスライムより、少し強いだけだろ!
こいつらなんて雑魚もいいところじゃないか。
『『ガアアアア!』』
コボルドたちがいっせいに襲い掛かってきた。
俺たちの周りは、隠れるような物は何もない。
俺もルイジワも武器がないので丸腰だ。
元々タシカビヤに戦闘能力は全然ないから、実質4対3だった。
「うわあああ! 何とかしろ、イリナ!」
「私たちには武器がない!」
「イリナさん! お願いします!」
「そ、そんなこと言ったって! もう魔力が残ってないよ!」
今や、イリナの水魔法だけが頼りだ。
しかし、体力も魔力も限界のようで、かざした掌からチョロチョロと水が出るだけだ。
その辺に落ちている石とかを拾い、必死にコボルドを殴る。
素人同然だが、もうなりふり構ってなどいられない。
「この、あっち行けよ!」
「アタシから離れろ!」
「いて! クソっ、早く消えろ!」
「きゃあ! ひっかかれました!」
コボルドを殴っては殴り返され、乱闘になる。
未だかつて、こんなに惨めな戦いをしたことはない。
『『……ギキイイイイ!』』
五分も戦うと、コボルドは逃げた。
俺たちは身体中ボロボロだ。
もちろん、回復薬なんて気の利いたアイテムもない。
元AランクパーティーがCランクモンスターに負けそうになる……。
プライドがへし折られ、あまりにも惨めで恥ずかしく心が壊れそうだった。
「お前ら! コボルド相手になんてざまだよ! 今まで何やってきたんだ!」
俺は力の限り、メンバーどもを怒鳴りつける。
雑魚な仲間は黙り込む。
へっ、ざまぁみろ……と、思ったら、ぎゃあぎゃあと反抗してきやがった。
「なんだよそれ! リーダーは人のこと言えんのかよ!」
「ボーランだってボロボロだろ!」
「いい加減にしてください!」
四方八方から怒鳴られまくる。
そんなに元気があるんなら、
「うるせえ、うるせえ、うるせえ! 全部、お前らが悪いんだよ!」
俺はもう、何もかも嫌になってしまった。
こいつらのせいで人生が台無しだ。
「そもそも、リーダーがアイトに粘着するからじゃん!」
「そうだ! ボーランが悪い!」
「そうですよ! 私たちは被害者なんですよ!」
パーティーメンバーは、俺のことを憎たらしげに睨む。
とうとう、今まで堪えていた怒りが爆発した。
「なんで、俺のせいなんだよ!」
力の限り、イリナをぶん殴る。
調子に乗るな、ゴミが。
イリナは無様に地面に倒れた。
そのまま野垂れ死ぬがいい……と思っていたら、鬼の形相で立ち上がった。
「やったな、ボーラン! ふざけんなよ!」
「もう許さない!」
「女の子を殴るなんて本当に男ですか!?」
イリナへの暴力をきっかけに、ルイジワとタシカビヤも俺を殴ってきた。
互いが互いを殴る、四人の乱闘が始まった。
「黙れ! 何でもかんでも、俺のせいにするな!」
「「「お前が言うな!」」」
俺たちは、日が暮れるまで殴り合っていた。
□□□
やがて、完全に日が沈んだ。
急激に寒くなる。
もちろん、火をつける道具もないので、縮こまって耐えるしかない。
月明かりがあることだけが、唯一の救いだった。
みんな無言で、誰も喋ろうとしない。
俺は地面を眺めながら、ボンヤリ考えた。
――……クソッ。何でこんなヤツらと、パーティーを組んじまったんだ。
チラッと、メンバーどもの顔を見る。
みんな暗い顔だ。
タシカビヤにいたっては、シクシクと泣いている。
泣きてえのは、こっちだよ!
身体は疲れているのに、ムカつくのが腹立たしかった。
――……チッ、もう寝るか。
俺は寝る準備を始める。
疲れ切った俺たちは、何者かが近づいていることに全く気づいていなかった。
ヒュンッ……という空気を切るような音がすると、何かが俺の腕に刺さった。
「ぐああああ!」
鋭い痛みが走る。
慌てて見ると、矢が深く刺さっていた。
ドクドクと血が流れだす。
「え!? リーダー、その矢はなに!?」
「どうした、ボーラン!?」
「何があったんですか!?」
俺たちの混乱を合図にしたかのように、暗がりから何人もの男が姿を現した。
全員、身体のどこかに逆十字がある。
10人くらいの仲介人が集まった大きなグループだった。
こいつらがこんなところにいる目的は……一つしかない。
「ヤ、ヤバイ! 奴隷狩りだ! 逃げろー!」
俺は全速力で走りだすが、数歩も走らず地面に倒れてしまった。
――し、しまった。毒矢だ。身体がしびれて動けない。
他のメンバーどもを見ると、すでに仲介人に襲われていた。
「や、やめろ! アタシに触るんじゃない!」
「こっちに来るな!」
「きゃあああ、誰かーー!」
抵抗むなしく、俺たちはあっという間に捕まった。
「ギャハハハ! この辺には、俺たちしかいねえよ!」
「女が3人、男が1人、今日は大漁だな!」
「こんなヤツらがAランク冒険者なんてなぁ、笑わせるぜ!」
メンバーどもは、どんどん縄で縛られる。
雲が切れ月明かりが差し込み、仲介人たちの顔を照らす。
見知った顔があった。
――あ、あいつは……!
仲介人の中には、ギルドで見かけたヤツがいる。
ゴールデンドラゴンの赤ん坊を、闇オークションで売りたいと相談した男だ。
最後の希望をかけて、俺は必死に呼びかけた。
「お、おい! アンタ!」
「あ?」
「覚えてるか!? 俺だよ! ゴールデンドラゴンの赤ん坊を売ろうとした冒険者だ! 奴隷狩りなんてやめてくれよ!」
「ああ、あの時の」
良かった、覚えていてくれた!
俺だけでも解放してもらおう!
「頼む、助けてくれ!」
懸命に助けを乞うと、男は俺の前に座り込んだ。
「あのなぁ。こっちは売れれば何でもいいんだよ。おとなしくしとけや」
その目は、ゾッとするほど冷たい。
「ぐっ……ふ、ふざけんな! 俺を誰だと思ってやがる!」
「威勢がいいねぇ、お前は」
他のメンバーどもは、泣きながら地面に転がされる。
自分の末路が提示されているかのようで、心が焦燥感に支配された。
どうにかして逃げなければ……!
「俺は最後まで抵抗し続けてやるぞ! 俺はAランク冒険者のボーラン……」
「はいはい、そういうのはもういいから」
「うっ……!」
俺は頭を殴られ、意識を失った。




