第31話:全面対決
「「……アイトさん、天の神剣はこの場所にあります」」
その後、俺たちはストラ君たちに案内され、森の中心部にたどり着いた。
ここだけは小さな広場みたいに開けた場所だ。
木の影に隠れて様子を伺う。
何個ものテントが張られ、そこかしこには木箱が置かれ、さながら軍隊の野営のようだ。
屈強な男たちがウロウロと動き回る。
彼らの身体には、みな逆十字の紋章が刻まれていた。
傍らのストラ君が憎たらし気に呟く。
「あいつらはみんな仲介人だ。ったく、本当にムカつくヤツらだぜ」
野営の奥には椅子が設置され、ひと際大きな鎧を着た男が座る。
この仲介人だけ待遇が違うことから、グループのボスなのだとわかった。
モルガンと例の3人組を怒っている。
声が大きいので、離れた俺たちにも内容がよく聞こえた。
「……おい、モルガン! 冒険者を狩ってきてねぇってのは、どういうことだ! てめえらを奴隷にして売りさばいてやるぞ!」
「お、お許しを、バウロ様! まさか、あんなに強い冒険者がいるとは思わなかったのです! 奴隷だけはご勘弁を!」
モルガンたちは地面に頭をこすりつけて謝る。
どうやら、かなり立場が偉いようだ。
「ねえ、あのバウロって人は誰?」
俺はストラ君に小声で尋ねる。
「あいつは闇オークションの中でも、密猟や乱獲を専門にしていた仲介人だよ。とうとう、奴隷狩りにまで手を染めたみたいだな」
「なるほど……」
話を聞いたところで、バウロの等級魔石が目に入った。
その色は……透明だった。
バウロはSランク冒険者なのか。
たしかに強そうだが、不思議と負ける気がしないのはなぜだろうな。
そこまで思ったところで、俺はたいして驚いていない自分を自覚した。
もちろん、決して油断しているわけではない。
だけど、俺だってたくさんの場数を踏んできたんだ。
仲間と一緒に戦ってきた、今までの経験を使えば絶対に倒せる。
自然と表情が固くなるのを感じた。
バウロが部下を叱責しながら立ち上がったとき、一つの異変に気づいた。
――ん? あれは……。
大きな椅子のすぐ後ろに、美しい剣が刺さっている。
遠目で詳細はよく見えないが、刀身は眩いほどに白く、柄は目もくらむほどの金色だ。
誰に言われなくても何かわかる。
「あれが天の神剣か」
〔なんて美しいのでしょう〕
〔剣というよりかは美術品みたいね〕
まだ明るいのに神々しい輝きを放ち、まるで二つ目の太陽だ。
ケビンさんが言っていた通りだった。
ストラ君が俺の服をくいっと引っ張り、野営の端っこを指差す。
「アイトさん、あそこを見てくれ」
檻がたくさん並ぶ。
中には、多数の冒険者がぐったりと閉じ込められていた。
みな傷だらけだ。
生きてはいるようだが、見るも無残な光景に胸が痛む。
「なんてひどいんだ」
〔見てられません〕
〔あいつら許せないわ〕
早く冒険者たちを解放してあげたい。
〔マスター、今のうちに魔力を補給してください〕
「わかった」
コシーに魔力を注ぐと、彼女の身体が透明なオーラで覆われていった。
ストラ君たちはその光景を不思議そうに見る。
「あの、アイトさん。今のは何ですか?」
「俺の魔力を補給したんだ。コシーは元々、石だったんだけど、俺が魔力を込めると仲間になってくれたんだ」
「石……ですか。そして、それが仲間に……。すみません、何が何だか」
俺はコシーと出会ったときのことを簡単に説明した。
流れでエイメスについても話す。
「……ということで、ダンジョンの核に魔力を込めるとエイメスも仲間になってくれたんだ。まさか女の子になるとは、俺も思わなかったけどね」
〔つまり、私は元Sランクダンジョンなの〕
彼女らの話を聞くと、ストラ君たちはポカンとなる。
「アイトさん、すごすぎねえ?」
「無生物をテイムするなんて、私も聞いたことがありません……」
「あなたはいったい何者なんですか」
ストラ君たちはとても驚いていた。
やはり、俺みたいな人は他のギルドにもいないらしい。
――……それはさておき、どうやって戦おうか。
事前の情報どおり、相手は全部で20人確認できる。
一方で、こっちは6人しかいない。
いくらコシーとエイメスが強いからと言って、正面から戦うのは良くないだろう。
ここは一度、しっかりと作戦を練って……。
〔ねえ、早く終わらせましょうよ。冒険者の人たちがかわいそうだわ〕
考えていたら、エイメスが木陰から出てスタスタと歩いて行ってしまった。
何の躊躇もないのが逆に潔くて気持ちいい。
「ちょ、ちょっと、エイメス!」
〔エイメスさん!〕
急いでコシーと一緒に小声で呼び止めるも、案の定、あっさりと見つかってしまった。
すぐに、エイメスは仲介人に囲まれる。
「なんだぁ、お前は?」
「姉ちゃんも冒険者か?」
「へっへっへ、美人じゃねえかよ」
仲介人たちはヘラヘラしながら、エイメスに近寄る。
モルガンの三人組が気づいた瞬間、彼らは滝のような汗をかき顔が真っ青となった。
「お、お前ら! は、早く逃げるんだ! そいつは……!」
「おい、モルガン、なにビビってんだよ」
「こんな美人を奴隷にするのはもったいないぜ」
「姉ちゃん、俺たちと……」
当然のように、エイメスの身体から激しい稲妻が迸る。
容赦なく仲介人たちを襲っては、森に悲鳴が轟いた。
「「あぎゃあああ!」」
「「な、なんだ!? ……おい、侵入者がいるぞ!」」
仲介人もこちらの存在に気づき、広場は一瞬で戦場になる。
こうなったら、もう総力戦だ。
「俺たちも行くよ!」
〔はい!〕
「「あっ、ちょっと、アイトさん!」」
俺はコシーと一緒に勢いよく飛び出す。
稲妻がほとばしるなか、ひたすらに剣を振るった。
少し遅れて、ストラ君たちが攻撃を仕掛ける。
みんなで一丸となって戦うことで戦力差をカバーする。
エイメスの稲妻がそこら中を駆け巡るけど、
「な、なんだ、こいつら! ……うぎゃあ!」
「おい、他にも冒険者がいるぞ!……ぐああ!」
奮戦の甲斐もあり、あっという間にバウロ一人になってしまった。
倒した仲介人たちは全員地面で気絶している。
バウロは唖然とした表情で呟く。
「……な、んだと……?」
「観念するんだ。冒険者を解放しろ」
俺が剣を構えながら言うと、バウロはニヤリと笑った。
「へっ! 舐めるんじゃねえぞ、クソガキどもが!」
バウロは椅子の背から巨大な斧を取り出した。
俺の背丈とほとんど同じくらいの大きさだ。
とても重そうだが片手で持っていることから、彼の腕力が用意に想像ついた。
「俺様はな、魔力を斧に込められるんだぜ? 見てな……うおおおお!」
バウロが必死の形相で集中すると、斧がボウッ! と激しい炎をまとった。
さすがはSランクか。
魔力の扱いがなかなかに上手だ。
「ハッハッハッ! どうだ、すごいだろ!」
〔あんたも私が……〕
「いや、大丈夫。俺が戦うよ。みんなは後ろで待機していてくれ」
俺はエイメスを制して、バウロの前に立つ。
今こそ、修行の成果を見せる時だ。
〔アイト……カッコいい!〕
〔マスター、頑張ってください!〕
エイメスとコシーに応援されると、バウロはさらにニヤけた顔となる。
「ギャラリーがいっぱいでうらやましいねぇ。だけどよぉ、そんなちゃっちい剣で俺様の斧を防げるかぁ? こっちは炎属性を付与してるんだぜ?」
確かに、まともに受け止めるのは難しいだろう。
そもそも、斧と剣は武器としての相性が悪い。
しかし、相手の斧は扱うのが大変そうだ。
――たぶん、身軽さは俺の方が上だ。ここはカウンターを狙うのが良いな。
剣を構え、地面を踏み込む。
「行くぞ!」
「はっ、力の差を見せつけてやるよ!」
バウロは脳天めがけて、思いっきり殴りかかってきた。
予想通り、大ぶりな攻撃だ。
これなら軌道をよく見れば十分躱せる。
地面を蹴り横に移動した。
バウロの斧は空を切る。
俺がいたところの地面を、ガッツリと抉った。
「クソっ! こいつ、ちょこまかと!」
ずっとパーティーとして戦ってきた俺にはわかる。
彼のような重量級タイプは、本来なら仲間の援護が必要なはずだ。
とはいえ、顔以外の全身は硬い鎧で覆われている。
短期戦で決着をつけなければ……。
攻撃を躱しながら、一撃のチャンスを窺う。
何度目かの斧が地面に食い込んだ瞬間、一瞬バウロの動きが止まった。
……ここだ!
「くらえ!」
「なっ……!」
俺はバウロの顎を硬い剣の柄で殴る。
バウロはフラフラしたかと思うと、地面に倒れてしまった。
ピクピクと震え、再び動き出す気配はない。
俺は笑顔で仲間たちに振り返った。
「やった! 勝ったよ、みんな!」
〔やりましたね、マスター!〕
〔アイトはやっぱり最高だわ!〕
仲介人グループとの対決は、俺たちの完全勝利で終わった。
喜びもそこそこに、俺たちは冒険者の檻を開ける。
「大丈夫ですか?」
「「うっ……くっ……」」
捕まっていた冒険者も傷だらけだが、いずれも軽傷だった。
少し離れたところには、アイテムの山があった。
おそらく、冒険者から奪った物だろう。
回復薬なども十分すぎるほどある。
手分けして治療を進めながら、今度は仲介人を檻に閉じ込める。
全員気絶して動かないので、みんなで運べばすぐ移動できた。
〔こんなヤツら一つの檻でいいわよ〕
エイメスが怖い顔で言うので、20人を一つの檻に詰め込む。
全てが終わると、解放された冒険者たちが口々にお礼を言ってくれた。
「助かりました! ありがとうございます!」
「あんたたちは、俺たちの救世主だよ!」
「ぜひ、お名前を教えてください!」
俺は傍らのコシーとエイメスに、コッソリ話しかける。
「当然のことをしただけなのに、なんだか申し訳ないな」
〔マスターはどこに行っても人気者です〕
〔アイトが褒められると私も嬉しいわ〕
やがて、冒険者たちは興奮した様子で言った。
「天の神剣はあんたが手にするべきだよ!」
「そうですよ! こんなにすごい人なんですから、天の神剣も認めてくれるはずです!」
「アイトさんでも触れなかったら、他の誰にも触れませんって!」
冒険者たちは俺を真剣に見る。
バウロの椅子も片づけたので、先ほどより天の神剣がよく見えた。
――……そうか。いよいよ、この時がやってきたんだな。
俺はドキドキしながら、天の神剣に近づく。




