第27話:罪(Side:ボーラン⑨)
「ちくしょう……」
疲れ果て、呟くような声しか出ない。
傍らにはメンバーどもがいるが、こいつらも見たことないくらい萎れている。
「リーダー、どうにかしてよ……」
「なぜ私たちはこんな目に……」
「最悪ですね……」
ゴールデンドラゴンの襲来の後、俺たちは檻に入れられ、街の真ん中で晒し者にされていた。
AランクやBランクの屈強な冒険者たちに一日中見張られ、逃げようにも逃げられるわけがなかった。
街やギルドの連中が通りがかるたび、腐った卵や野菜を投げつけてくる。
「さっさと、いなくなれ!」
「ゴミ冒険者!」
「こんなに迷惑な奴らは生まれて初めてだよ!」
俺たちの全身は瞬く間に汚れまくる。
「うわっ! おい、コラ!」
「なにすんだい!」
「やめろ!」
「やめなさい!」
叫ぶたび、次々と腐敗した物体を投げられる。
通行人の中には、あのヒョロガリまでいた。
アイトを追放した後、パーティーに入れようとしたヤツだ。
いっちょ前にメンバーを揃えてやがる。
「やっぱり、お前らなんかとパーティーを組まなくて正解だった!」
「「ぐっ……この!」」
あろうことか、聞き捨てならないセリフまで吐かれた。
もう我慢できねえ。
ぶっ殺してやる。
しかし、檻に阻まれ近づくことさえできなかった。
クソが……。
檻をガンガンと揺すっていると、ケビンが出てきた。
「哀れだな……これほどまでに嫌われている冒険者は俺も見たことがないぞ」
ケビンの憐れむような悲しい顔を見て、俺はかつてないほどの怒りを感じた。
「なんだと、てめえ!」
「オッサン! ここから出たらぶっ潰してやるよ!」
「覚悟しておけ!」
「許さないですからね!」
メンバーどもと怒号を上げるも、ケビンはまったく動じない。
相変わらず、冷めた目で俺たちを見るばかりだった。
「さて、お前たちの処遇が決まった。二つの処遇だ」
処遇と聞いて、自分の心臓が脈打つのを感じる。
ゴールデンドラゴンの赤ん坊を攫い、ギルドだけではなくメトロポリの街まで危機に陥れた。
下手したら、こ、殺されてもおかしくない……。
「ま、まさか……殺すなんて……言わないよな……?」
恐怖に駆られ、思わず声が出る。
すると、冒険者どもはゲラゲラ笑い始めた。
「どうした、ボーラン!? 死ぬのが怖いのか!?」
「ずいぶんと大人しくなっちまったな!」
「ボーランさん! らしくないっすよ!」
いっせいに、俺たちのことをバカにする。
ケビンは嘲笑に加わりはしなかったが、表情はさらに厳しくなった。
「お前たちは殺さない。殺す価値もない上に、この街から人殺しを出すつもりはないからな」
その言葉を聞いて、俺たちはとりあえず安心した。
命の危機はないとわかりホッとする。
だが、ケビンのさらなる言葉を聞くと、強い衝撃を受けてしまった。
「まず、お前たちの持ち物と資産は全て没収する」
「ぼ、没収……ふざけんな! 俺たちが集めてきた金やアイテムだぞ!? ……うわっ!」
抵抗した瞬間、冒険者からまた色々と投げつけられた。
「お前こそふざけんな!」
「当たり前だろ! どんだけ被害が出たと思ってんだ!」
「それでもギルドの修繕費に足りないくらいだよ!」
怒号が飛ぶ中、ケビンは淡々と言葉を続ける。
「二つ目の処遇を告げる。お前たちは転送魔法で、“辺境の地”ジオノイズに追放する。二度とメトロポリに足を踏み入れるな」
「「……え?」」
ケビンの言葉は、やけに遅れて耳に入ってきた。
ジオノイズは大陸の端にある荒れ果てた大地だ。
人間はおろか、動物すらほとんどいない。
強いモンスターどもが、当てもなくさまよう土地と言われている。
いくらAランク冒険者でも、夜ぐっすり眠ったりはできないだろう。
絶対に抵抗しなければならない。
叫んだつもりだが、震える声しか出せなかった。
「う、嘘だろ……。ちょっと……待ってくれよ……」
「いいや、嘘ではない。命があるだけ感謝しろ」
ケビンは決断を変えないらしい。
マジかよ……。
ジオノイズなんかに飛ばされたら、死んでいるも同然だ。
さらに、闇オークションの仲介人がうろついている、というウワサもある。
奴隷狩りにでもあったら、たまったもんじゃない。
何とかして追放を免れないと!
……そ、そうだ!
必死に考えると、一つの策略が思い浮かんだ。
「おい、ケビン! 俺たちを追い出してもいいのかよ!」
俺はとっさに、パーティーメンバーへ目配せする。
こいつらも何をすればいいか、理解したみたいだ。
「そうだよ! アタシらみたいに強いパーティーが他にいるかってんだ!」
「私たちがいなくなると、今までみたいにクエストが成功しなくなるぞ!」
「取り消すならいまのうちですよ!」
俺たちは全員Aランクの超強いパーティーだ。
このギルドで一番と言ってもいい実績がある。
ギルドマスターとしても、それほどのパーティーは追い出したくないはずだ。
「心配するな。俺たちにはアイトがいる」
……は?
その時、ケビンの後ろにアイトがいるのに気がついた。
女の石像と黒髪女も……。
檻を隔てて見ると、途方もなく遠くに感じる。
ちくしょう、どこで差がついたんだよ。
アイトに強い恨みを抱く……いや、これはチャンスだ!
俺はアイトの方に、震えるようにして手を伸ばす。
――今こそ、こいつの優しさを利用するときだ。
「ア、アイトォ、お前は優しいから、俺たちのことをかばってくれるよな? ちょっとした事故だったんだよぉ。まさか、こうなるなんて思わなかったんだ。頼む……助けてくれぇ」
すがるように言った。
こんなに弱々しい態度を見せれば、俺たちの味方をしてくれるはずだ。
パーティーメンバーたちを小突くと、俺の作戦に気づいたようだ。
「アイト、アタシらが悪かったよ。だから、どうか許しておくれ」
「助けて、アイト」
「お優しいアイトさんなら、私たちを助けてくださいますよね?」
この無能テイマーは、いつも俺たちの言いなりだった。
どんな重い荷物でも持ったし、モンスターの囮になったこともあるし、面倒な事務処理やクエスト準備など、なんでもやった。
今回も俺たちを助けてくれるはずだ。
そう確信していたが、アイトの口から出た言葉は全く予想もしないものだった。
「悪人を庇うことを優しさとは言わない。しっかりと自分たちの罪を償うんだ」
「「……え?」」
アイトの言葉を聞いて、俺は確信した。
こいつはもう弱虫の無能なんかじゃない。
俺にはアイトがだんだん大きく見えてきた。
周りを見渡すと、皆俺たちを冷たい目で見る。
彼らの目を見て抵抗は無駄だと悟った。
「この罪人どもめ!」
「消え失せろ! クソ冒険者!」
「二度とこの街に汚い足を踏み入れるな!」
冒険者の連中は石やゴミまで投げてくる。
俺たちはひたすら下を向くしかなかった。
五分も経たずに、ギルドでも名の知れた<魔法使い>たちが歩いてきた。
転送魔法の準備を始める。
ケビンが最後の言葉を放った。
「お前たちがやったことは大罪だ。これほど大きな罪を犯した冒険者は、このギルド始まって以来だったぞ」
魔法陣が完成し、ケビンやアイトたちが離れる。
ジオノイズに転送されるのだと実感し、心が焦げるような焦燥感に襲われた。
「ちょ、ちょっと、待っ……!」
「「《テレポート》!!」」
魔法陣が光り輝き、俺たちはジオノイズに追放された。




