第25話:予期せぬ助け(Side:ボーラン⑧)
マ、マジかよ……。
俺はめちゃくちゃに驚いた。
聞き間違いかと思ったが、住民は確かにゴールデンドラゴンと言っている。
メンバーどもは俺にすがりつく。
「親ドラゴンが追ってきたのでしょうか!?」
「どうする、ボーラン!?」
「ヤバいよ、リーダー!」
落ち着け、ボーラン!
まずは逃げることを考えるんだ!
「と、とりあえず、ここから避難するぞ! おい、アンタも一緒に来てくれ!」
ふと見ると、仲介人はすでに姿を消していた。
ヤツらは逃げ足がとてつもなく速い。
クソッ、逃げやがった!
いくらゴールデンドラゴンが襲来しようと、この赤ん坊だけは絶対に渡すものか。
――大金をゲットできるチャンスを、みすみす逃してたまるかってんだ!
今度はカウンターの奥からケビンが現れた。
大慌てで周りの冒険者に状況を聞いている。
チッ……また面倒なヤツが来やがったな。
今や、ギルドの中も大混乱だ。
冒険者たちは叫ぶように報告する。
「「ケビンさん、大変です! ゴールデンドラゴンが現れました!「」
「なに!? どうして、こんなところに来るんだ!?」
ケビンは慌てながらも冒険者に指示を出す。
迎撃態勢を整えているようだ。
それを見て、俺は名案を思いついた。
そうだ! ギルドの連中と協力して、ゴールデンドラゴンを倒しちまえばいいんだ!
やっぱり、俺は頭が良いな。
さっそく、パーティーメンバーに話す。
「……それは良い案だよ」
「よく考えつきましたね」
「さすが、ボーラン」
俺たちも慌てたフリをしてケビンの元へ行く。
「おい、ケビン! 緊急事態だ! ゴールデンドラゴンが攻めてきたんだよ! 力を合わせて討伐するぞ!」
「アタシたちも協力するよ!」
「早くしないとギルドが危ない!」
「みんなで倒しましょう!」
走り寄ると、ケビンは俺たちに気づいた。
ククク、今こそAランク冒険者の力が必要だろう。
「ボ、ボーラン! だが、どうしてゴールデンドラゴンは、ギルドに来たんだ……? こちらから攻撃しなければ、彼らは何もしてこないはずだが……」
「俺たちだって知らねえよ! みんなで協力して……!」
ドガンッ! と地鳴りのような爆音がして、ギルドの壁が壊れる。
煙の中から、ゴールデンドラゴンがゆっくりと現れる。
ギルドの中は不気味なほど静まり返った。
冒険者どもはなるべく刺激しないつもりだろう。
とっとと攻撃しろよ!
ゴールデンドラゴンは俺を見ると、恐ろしいほど静かに言った。
『息子を返しなさい。愚かな人間たちよ』
「む、息子!? いったい、何のことだ! 俺はギルドマスターのケビンと言う! まずは話を聞かせてくれ!」
ケビンは対話を試みる。
その隙に、俺はこっそりと赤ん坊を後ろに隠した。
これで問題ないはず。
だが……ゴールデンドラゴンは爪で俺を指差した。
『息子はその男が持つ布の中にいる』
「布……? ボーラン、その布で隠した物はなんだ! 見せろ!」
「な、なんだよ! 何でもねえよ! おい、や、やめろ!」
ケビンに布をはぎ取られる。
隠していた赤ん坊が顔を出した。
それを見て、ケビンはもの凄い剣幕で怒鳴る。
「ボーラン、これはなんだ! どうして、ゴールデンドラゴンの子どもを持っているんだ!」
ちくしょう!
こうなっちまったらもうどうでもいい!
「うるせえ! モンスターをどうしようが俺たちの勝手だろ!」
「アタシらはこいつを高値で売るんだ! オッサンは引っ込んでろよ!」
「私たちの獲物なんだから!」
「あなたなんかに渡しませんよ!」
ケビンが赤ん坊を奪おうとするが必死に抵抗する。
絶対に渡さないぞ。
「ボーラン! お前たちはどこまでバカなんだ!? よりによって、ゴールデンドラゴンの子どもを奪ってくるなんて!」
「「黙れ! これは俺(私)たちの物だ!」」
ゴールデンドラゴンはしばし黙ったまま俺たちを見ていたが、やがて静かに言った。
『さぁ……早く返しなさい。息子の命は、お前たち人間より遥かに重い』
威圧感に圧倒され、思わず手が止まった。
ケビンは床に膝まづき首を垂れる。
「ゴ、ゴールデンドラゴンよ。ギルドの人間が不届きな行いをして本当に申し訳なかった。 子どもは返す。だから、頼む! どうか、怒りを鎮めてくれ!」
ケビンは床に頭をこすりつけるようにして謝る。
それでも、ゴールデンドラゴンの硬い表情が崩れることはなかった。
『いや、息子を返したところで私の怒りは静まらない。我が夫を殺されたのだからな。息子を攫った人間たちに』
「お、夫を殺された……? ……ボーラン! お前たちは何てことをしてくれたんだ!」
ケビンは俺に掴みかかる。
も、ものすごい剣幕だ。
思わず気圧されてしまい、俺はジリジリと後ずさる。
「ゴ、ゴールデンドラゴンを殺したのは俺じゃねえ! ルイジワだよ!」
とっさに言うと、ルイジワも俺に掴みかかってきた。
「はあ!? ボーランが命令したんだろ! 何で私のせいにするんだ!」
ルイジワに首を絞めつけられる。
とてつもない力だ。
息ができない。
「かはっ……や、やめろ……!」
このままじゃ、ケビンたちに殺されそうだ。
視界の隅で、ゴールデンドラゴンの呆れる様子が見えた。
『やはり、人間はどこまでも愚かだ』
「ク、クソッ! こうなったら、俺たちでアイツを倒すぞ! ここにいる冒険者全員で挑めば勝てない敵じゃねえ!」
「ボーラン、いい加減にしろ! まだわからないのか!? 子どもを返せ! お前のせいでギルドだけじゃない、街が壊滅の危機にあるんだ!」
『もうお前たちの醜い姿は見たくない。息子を残して塵となれ』
ゴールデンドラゴンが蒼色の火球を放った。
周囲の空気が歪み、見ただけでも超高温だとわかる。
ちくしょうが!
だが……。
「お、おい! お前の子どもも焼け死ぬぞ!」
『安心しろ。私の攻撃は息子には効かぬ』
はあ!?
何だよ、それ!
こうなったら……。
「タキン、何とかしろ!」
「わかってるよ! 《ウォーター・ストーム》!」
タキンが最大威力の水魔法を唱えた。
Aランクの中でも屈指の魔法だ。
ものすごい激流が迎え撃つ。
しかし、火球に触れたとたん、あっという間に蒸発してしまった。
――レ、レベルが違いすぎる……ゴールデンドラゴンって、こんなに強いのかよ……。
タキンももはや、呟くような声しか出なかった。
「そ、そんな……アタシの《ウォーター・ストーム》が効かないなんて……!」
「ボーラン、どうするんだ!?」
「このままじゃ死んでしまいます!」
ヤバイ! もうダメだ!
俺は死を覚悟して、ギュッと目を閉じた。
死んだ……と思ったが、火球が炸裂する感覚はない。
ヒュウウッという聞いたことのない音が響き、身を焦がすような熱さも徐々に収まった。
な、なにが起きているんだ?
俺はそっと目を開ける。
何者かが火球を受け止めている。
――な、なんだ……?
背中しか見えないが……森にいた女の石像だとわかった。
あり得ないことに、その剣で火球を吸収している。
横には、あの雷を出す黒髪女がいた。
女だけじゃない、もう一人いる。
これは男だ。
そして、その後ろ姿に……俺は見覚えがある。
「う、嘘だろ? どうして……?」
目の前に、アイトが立っていた。




