第23話:危機
『貴様らも冒険者だな? 息子を返してもらおうか。この欲深い人間どもめ』
襲われるかと身構えたが、ゴールデンドラゴンは静かに話した。
まさか話しかけられるとは思わず、俺たちは驚きを隠せない。
「え?」
〔言葉が話せるのですか!?〕
〔びっくりしちゃった〕
驚きつつも基礎知識を思い出した。
そういえば、聞いたことがある。
モンスターの中には知能が高い種族もいて、人語を話すこともあると……。
『さぁ、息子を返せ。この命知らずの愚か者が』
ゴールデンドラゴンは俺たちを鋭い目つきで睨む。
口調は淡々としているものの、その瞳からは強い怒りを感じる。
「む、息子って、どういうこと……ですか?」
威厳を感じるので、自然と丁寧な言葉遣いになってしまう。
〔まずは説明してください〕
〔何のことかわからないよ〕
『とぼけないでもらおうか。貴様らもあの四人組の仲間だろう? 大事な息子をさらっておいて、ただで済むと思うな』
四人組に息子をさらう……。
いったい何を言っているんだろう。
考える間もなく、ゴールデンドラゴンは力を溜め始めた。
口の周りが青白い光で包まれる。
超高温の灼熱ブレスを撃つつもりだ。
その威力は、一撃で辺りが焼け野原になってしまうほど……。
「た、大変だ!」
〔すごい魔力〕
〔マスター、私が吸収します! 魔力を注いでください!〕
「よし!」
急いでコシーに魔力を注いでいると、エイメスがゴールデンドラゴンを指さした。
〔ねえ、なんだか、様子がおかしいよ?〕
「……様子?」
〔マスター、あれを!〕
『ぐっ……』
ゴールデンドラゴンが苦しんでいる。
顔は辛そうで、口元からも魔力が消えてしまった。
「どうしたんだろう?」
〔とても苦しそうです〕
〔何かあったのかな?〕
『ぐっ……。おの……れ……』
間もなく、ゴールデンドラゴンは地面に倒れてしまった。
ぐったりと力なく横たわる。
俺たちは顔を見合わせると、注意深く近づいた。
すごい美しい身体だ。
本当に全身が金でできている。
「あの、大丈夫ですか? ……こ、これは!」
『がはっ……』
ゴールデンドラゴンの腹には、一本の矢が刺さっていた。
魔力を込めることができる特殊な矢だ。
そして……俺は同じ物を見たことがある。
これはルイジワの矢だ。
おそらく、急所を撃たれたのでゴールデンドラゴンは苦しんでいるのだろう。
――どうして、ルイジワの矢がこんなところに……。
疑問に感じる中、ゴールデンドラゴンは息も絶え絶えに話す。
『ぐっ……。……さぁ、我を殺せ。いや、放っておけばじきに死ぬから殺す必要もないか』
諦めたような口調に胸が痛む。
「どうして、そんなことを言うんですか?」
『フッ、売りさばけば高値が付くのだろう? 我らは昔から、人間と関わらないように暮らしている。もちろん、こちらから人間に危害を加えたこともない。しかし、この身体に価値があることは知っておる。そのせいで乱獲され、かなり数が減ってしまったからな』
最近は特に見なくなったと聞いていたけど、本当に少なくなっていたんだ……。
たしかに、彼らが村や町を荒らしたという報告は聞いたことがない。
いずれも人間が狩ろうとして返り討ちにあった、という話ばかりだ。
俺は自分のカバンから、包帯や回復薬などを出す。
『貴様、何をしている……?』
「何って、傷の手当てですよ。ジッとしててくださいね」
『……どうして、そんなことをする?』
治療の準備をする俺を、ゴールデンドラゴンは不思議な顔で見る。
「だって、あなたは人間に危害は加えてないんでしょう? 俺たちに討伐依頼があったのはグリズリーだけですから」
『……』
「まずは矢を抜きます。痛いですけど動かないでくださいね」
ルイジワの矢を引き抜く。
すぐに布を当て止血する。
俺に回復魔法は使えない。
しかし、ずっとケガの手当もやらされてきたから、応急処置くらいはできた。
回復薬も、もしかしたらモンスターに効果があるかもしれないな。
手当てを進めると、少しずつ血は止まった。
「とりあえずはこれで大丈夫だと思います。急所に刺さっていた矢も抜いたので、そのうち動けるようになるでしょう」
〔マスターは、こんなことまでできるのですね!〕
〔アイト、すごい!〕
手当てを終えると、コシーとエイメスも喜んだ。
ゴールデンドラゴンは感心したような様子で話す。
『見たところ、貴様たちはただの人間ではないようだ。しかも……この中で人間はお前一人だな。貴様たちのような者は我も初めて見たぞ』
少し見ただけで、コシーとエイメスが人間じゃないとわかったらしい。
さすがはSランクモンスターだ。
ゴールデンドラゴンは道具をしまう俺を見ながら話した。
『我らを襲った四人組は、貴様と同じ白い魔石をぶら下げていた』
「えっ、白い魔石?」
Aランクの等級魔石だ。
この辺りにギルドは一つしかない。
そして、四人全員がAランクのパーティーと言うと、ほぼ確実にボーランたちだ。
やっぱり、あの人影はボーランたちだったのか。
『奴らは大切な息子を攫った。我は急所を撃たれ、後を追うことができなかったのだ。だが、奴らは必ず殺す。我ではなく、妻がな』
「……奥さんが?」
彼の話を聞いて察しがついた。
さっき飛んでいたのは、メスのゴールデンドラゴンだったのだ。
『おそらく、奴らは冒険者ギルドとやらに帰るだろう。人間たちを根絶やしにしてでも、息子は取り返す』
ゴールデンドラゴンが攻めてきたら、ギルドだけじゃない……メトロポリの街は大惨事になるだろう。
ケビンさんや、サイシャさん、皆の顔が思い浮かんだ。
今すぐにでもギルドに戻らないとまずい。
〔マスター、どうしましょう〕
〔皆が危険な目に遭っちゃうよ〕
この状況を解決できる方法はたった一つだ。
気持ちを引き締め告げた。
「俺たちが息子さんを取り返してきます」
ボーランたちから子どもを取り返せば、彼らの怒りも静まるかもしれない。
『言うのは容易いが、信頼できるかは疑問だな。貴様ら人間はすぐに嘘を吐く』
しかしと言うか、やはりと言うか、人間はあまり信用されていないらしい。
〔マスターは騙したりしません!〕
〔アイトのことを信じてよ!〕
俺たちは真剣な気持ちでゴールデンドラゴンを見た。
『……期待せずに待っていよう。どちらにしろ、この傷では我は飛べない』
どうやら、このゴールデンドラゴンは俺たちに任せてくれるみたいだ。
ボーランたちは、たぶん闇市場に子どもを売るつもりだ。
だとすると、目的地はギルドと考えて間違いないだろう。
闇オークションの売人は、冒険者に紛れてギルドを訪れる。
「エイメス、雷をお願い! ギルドに急ごう!」
〔了解!〕
俺たちはエイメスの稲妻に乗った。
ゴールデンドラゴンはポカンとする。
『つくづく、貴様らは面白い人間たちよ』
俺たちはカズシナ村に状況を伝えると、すぐにギルドへ飛んで行った。




