第18話:村長と村人たち
「あそこがカズシナ村だね」
ギルドから数日ほど歩き、グリズリーに襲われているという村が見えてきた。
ぽつぽつと木造の家屋が立つ。
周囲の豊かな自然も相まって、のどかな雰囲気の村だ。
〔小さくてかわいいお家がいっぱいだよ、アイト〕
〔見たところ、それほど大きな被害は出てないようです〕
思ったより、村は落ち着いている様子だった。
しかし、遠目から見ても家は所々壊れている。
外壁が崩れたり、屋根には穴が開いたり、地面も抉れたり……何者かの襲来の痕跡が色濃く残っていた。
やっぱり、グリズリーが来てるんだな。
「まずは村長さんに挨拶しようか」
〔そうですね〕
〔あいさつあいさつ~〕
俺たちは街道を進む。
ケビンさんから村長宛ての手紙も預かってきた。
村長はマーヨーさんと言うらしく、初老の淑女とのことだ。
〔村長ってどんな人なんでしょうか〕
〔優しい人だといいねぇ〕
「ケビンさんは手紙を見せればわかるはずだ、って言っていたね」
村の入り口まで着いたところで、槍を持つ二人組に止められた。
おそらく、村の警備隊だ。
「おい、ちょっと待て!」
「なんだ、お前ら! この村に何の用だ!」
彼らは槍を力強く交差して立ちふさがる。
何はともあれ、まずは自己紹介だ。
「俺はアイト・メニエンと言います。グリズリーの討伐依頼で、ギルド“鳴り響く猟団”から来たんですが……」
「なに!? グリズリーの討伐だと!? まだほんの子どもじゃないか!」
「冷やかすんじゃねえ! こっちは大変なんだよ!」
村人たちは大変に攻撃的な態度だけど、きっとグリズリーの襲来で警戒心が増しているのだと思う。
〔子どもと言っても、マスターはそこら辺の大人より強いですよ〕
コシーが胸ポケットから、ひょこッと顔を出す。
「うお! なんだ、こいつは! 石の人形が喋っているぞ!」
「怪しい奴らめ! 村から出て行け!」
村人たちは槍を突き出した。
突く素振りをして、俺たちを威嚇してくる。
マ、マジかよ。
「このっ! このっ! あっち行け!」
「さっさと帰れ!」
「ちょ、ちょっとやめてください!」
〔私たちは怪しい者ではありません!〕
槍が当たりそうで、俺たちはジリジリと後ずさる。
この調子だと俺が何を言ってもダメそうだ。
それならば……。
懐からケビンさんの手紙を出そうとしたら、今度はエイメスが例の稲妻を出し始めた。
もちろん、彼女の目からは光が消えている。
〔ねぇ…………あなたたち、アイトに何するの?〕
「わああ! 今度はなんだ!?」
「光が出ているぞ!」
Aランクダンジョン“火柱の迷宮”の惨劇が目に浮かぶ。
黒焦げになった村人たちも……。
「エ、エイメス、落ち着いて! 俺は大丈夫だから!」
〔この人たちは敵ではありません!〕
〔……次はないからね〕
俺とコシーが必死になだめると、エイメスは落ち着いてくれた。
心底ホッとする。
村人たちも槍を下ろし、攻撃の意志は消えた。
「なんだよ、こいつら……」
「こんなヤツら見たことないぞ……」
「まずはこの手紙を読んでください。ケビンさんからマーヨーさん宛てです」
俺はケビンさんからの手紙を渡した。
村人たちは中身を読む。
「……確かに、ギルドマスターの印が押してあるな。内容にもおかしなところはないみたいだ」
「だが、マーヨー村長に聞いてみないとダメだ。ついてきてもらおうか。おとなしくしろよ」
俺たちは、そのまま村長の家に連れて行かれた。
〔私のアイトを傷つけようとするなんて〕
〔もっとちゃんと話を聞いてほしいですね〕
コシーとエイメスは少し怒った様子だが、村人の事情もわかる。
「きっとグリズリーのことで、ピリピリしているんだよ。手紙もあるし、話せばわかってくれるって」
〔マスターは本当にお優しいです〕
〔私以外に優しくしなくていいのに〕
数分ほど歩き、俺たちは村で一番大きな家の前に来た。
ここが村長の家なんだろう。
玄関には立派な飾りがつけられている。
「ここが村長の家だ。行儀よくしろ」
「さっきみたいなことはするなよ」
二人組みに続き、俺たちは家の中に入った。
奥の方に老婆が座っている。
背は小さいけれど威厳を感じた。
あの人がマーヨーさんだろう。
「なんだい、アンタたちは」
俺たちを見ると、怖い顔で睨みつけた。
な、なかなかに迫力があるな。
「こ、こんにちは。俺はアイトと言います。。グリズリー討伐の件で、“鳴り響く猟団”から派遣されてきました。ケビンさんから手紙も預かっています」
「……こんな子供が?」
マーヨーさんは訝し気な顔となる。
また糾弾されるのだろうかと思ったら、俺が何か言う前にエイメスとコシーが話した。
〔アイトは本当にすごいんだよ〕
〔マスターを見くびらないでください〕
胸ポケットから顔を出したコシーを見て、マーヨーさんはさらに驚く。
「な、なんだ、その石の人形は!? こんなに奇妙な連中は初めて見たよ。アンタらのことなんか信じられるかい!」
「でも、本当にケビンさんに頼まれて来たんです。手紙にも書いてあるはずです」
「ケビンにはギルドで一番の腕自慢を送ってくれって、頼んだんだ! 子どもに用はないね、早く帰りな! こっちはグリズリーの対策で手一杯なんだ!」
……ダメだ、まるっきり信用されていない。
困ったな。
コシーとエイメスが小声で話す。
〔マスター、どうしましょうか〕
〔もうさっさと討伐に行っちゃおうよ〕
「う~ん……」
勝手に行くのは、それはそれでまずそうだ。
ギルドやケビンさんに迷惑がかかると良くないし……。
「おーーい! 大変だああ!」
考えていたら、別の村人が飛び込んできた。
ゼイゼイと息を切らしている。
すかさず、マーヨーさんが怖い顔で睨みつけた。
「どうしたんだい!? 騒々しいね!」
「ま……め……が……」
「豆がなんだって!?」
「村長の孫娘のソンレイさんが……グリズリーに攫われてしまいました!」
村人は必死に叫ぶ。
その瞬間、マーヨーさんの顔色がサッと青ざめた。
「攫われた!? 何やってんだ! 何人も警備につかせていたはずだろ!」
「すみません! ちょっと目を離した隙に……」
「バカ! あれだけ気をつけろと言ったのに! どうするんだい!」
マーヨーさんたちはとても困っている。
顔を突き合わせて相談を始めた。
「村総出で助けに行きましょう!」
「ですが、農作業で男たちはほとんど村を留守にしています!」
「あぁ、こんなことになるなら、アタイがそばにいてやるんだったよ!」
村長も頭を抱える。
俺たちがやることは、もちろんたった一つだ。
〔マスター〕
〔アイト〕
「うん、わかっているよ」
俺たちは村長の前まで歩く。
「なんだい!? こっちは忙しいんだよ!」
俺は大きく息を吸い込んで、一思いに言った。
「俺たちが助けに行きます!」
目の前で困っている人がいたら、助けない道理はない。




