第16話:恥さらし(Side:ボーラン⑤)
どうやって帰ってきたのか、全く覚えていない。
知らないうちに、メトロポリの街に着いていた。
……クソ疲れたな。
足取り重くギルドへの道のりを進む。
イリナとルイジワは、未だにネチネチ文句を言っていた。
「リーダー! こんな簡単に仲間を見捨てようとする奴はアタシ初めて見たよ!」
「最低野郎だとわかっていたけど、まさかここまでとは!」
「し、仕方ねえだろ! 勇気ある撤退って奴だよ!」
結局、ミラージュトロールの討伐は断念したのだ。
クエスト中断なんていつぶりだよ……クソが。
歩いていると、ようやくタシカビヤが意識を取り戻した。
「うっ……ここは……」
今度はタシカビヤに、俺たちの怒りの矛先が向く。
「チッ、ようやくお目覚めかよ!」
「お前のせいでアタシたちは散々な目にあったってのにさぁ!」
「タシカビヤが一番役に立っていない!」
俺たちはミラージュトロールの一件を、憎たらしく責めてやった。
「お前がイリナのケガを素直に治していれば、こんなことにはならなかったんだ!」
「リーダーの言う通りだよ! アンタは自意識過剰なんだ!」
「もっとちゃんとして!」
「そ……そんな、ひどい……私だって頑張ったのに……」
みんなで責め立てると、タシカビヤは泣きはじめやがった。
通行人がチラチラ見てくる。
これでは俺たちがいじめているみたいじゃないか。
クソッ!
こいつは都合が悪くなるとすぐ泣きやがる。
不満を溜めながら歩くうち、少しずつギルドが見えてきた。
何はともあれ、まずは報告しなければならない。
「おい、お前らが伝えに行けよ。言っとくけど、今回の失敗は俺のせいじゃねえからな」
「ふざけんな! リーダーが責任とるべきだろ!」
「そういうことだけ私たちにやらせるな!」
「しくしく……ボーランさん……ひどすぎます」
くっ! こいつら!
メンバーたちが騒ぎまくるので、俺が伝えることになってしまった。
ギルドに入ったとたん、冒険者たちがまたコソコソ話しだした。
「ボーランたち、ボロボロじゃねえか」
「どうせ、仲間割れでもしたんだろ?」
「俺見てたけどさ。何も準備してないんだよ。回復薬も用意しないでクエストに行くとか、素人か?」
……なんだと?
四方八方から俺たちを小馬鹿にする声が聞こえる。
「あれでAランクってマジかよ」
「アイトは、めっちゃ頑張っているのにな」
「あんな奴らから抜けるなんて、アイトは本当に良い判断をしたと思うよ」
このザコどもめ! 好き放題言いやがって!
言い返したいが、俺たちは疲れ果ててそんな気力もない。
雑音は無視してやる。
受付に行った。
「おい、サイシャ!」
「はい、何でしょう?」
とてもじゃないが、クエスト失敗した、なんて言えなかった。
そんなものは、俺のプライドが許さない。
俺たちは今まで全てのクエストを成功してきた。
何とかして、失敗という単語を言わないように持っていきたい。
――ボーラン、お前は頭もいいはずだ。上手く誘導していけ。
「今、クエストから帰ったところだ!」
「そうですか、お疲れ様でした」
「ミラージュトロールはたくさんいたぞ!」
「はい。あそこには彼らの棲み処がありますから」
サイシャは淡々と返答する。
もっとこちらの意図を汲み取れよ。
……落ち着け、何となく伝わるような言い方を考えろ。
「さすがの俺たちも苦戦した!」
「大変でしたね。それで、魔石と素材はどうしたんですか?」
「魔石と素材は……ない!」
「だったら、クエスト成功とは認められませんよ?」
高度な話術を試みるも、なかなか思ったようにいかない。
どうにかして、俺の口から“クエスト失敗”という単語は出したくなかった。
「俺たちは帰ってくるだけで精一杯だったんだよ!」
「ですから、どういうことですか?」
なおもサイシャは要領を得ない顔だ。
ちくしょう!
察しろ!
「だから、俺たちの様子を見てわかんねぇのかって!」
「わかりません」
俺がサイシャと押し問答しているうちに、冒険者たちが並びはじめた。
他にも空いているカウンターはあるのに、なぜかサイシャの列に並びやがる。
「おーい、早くしてくれよぉ。後が詰まってんだから」
「ボーランさんじゃないですか! すげえ、サインくださいよ! 今回のクエストも余裕でクリアっすよね? え? まさか、失敗したんすか?」
「ボロボロでカッコイイなぁ」
うるさくて、駆け引きに集中できない。
俺は追い払うように怒鳴った。
「うるせえ! 他にも空いてるとこあんだろうが! そっち並んでろ!」
いつもなら蜘蛛の子を散らすように逃げるくせに、今日に限っては微動だにしなかった。
「俺たちもサイシャさんと話したいんだって」
「独り占めはダメっす!」
「よく怒る人だなぁ」
冒険者どもはニタニタ笑う。
こいつらは俺たちがクエストに失敗したことをわかってやがる。
この状況を楽しんでやがった。
「ボーランさん、早く用件をどうぞ。皆さん、お待ちですから」
畳みかけるようにサイシャが言う。
俺は胃が壊れるほどのストレスを感じる。
だが、これ以上はもう無理だ。
やけくそになって叫ぶ。
「クエスト失敗したんだよ! 手続きしろってんだ!」
プライドがズタズタになるのを感じる。
叫ぶように言ったところで、ケビンの野郎まで出てきた。
「ボーラン、クエスト失敗したのか」
「だから、そう言ってるだろ!」
「あれほど油断するな、と言っておいたのに。情けない奴らだ。アイトはもうギルドのエースになってるぞ」
――……は?
俺はケビンの言ってることが理解できない。
「ふざけたこと、ぬかしてるんじゃねえ! あのクソザコがエースだと? バカにすんな!」
「そうだよ! あんな足手まといが、活躍できるわけないだろ!」
「またアイトの味方して!」
「さすがに信じられません!」
他のメンバーも俺と同じ気持ちらしい。
だが、ケビンも冒険者たちも静まり返る。
「お、おい……なんだよ!」
「アタシらが変なこと言ってるってのかい!」
「黙ってちゃわからないでしょ!」
「言いたいことあるなら、ハッキリ言いなさい!」
怒鳴り続ける俺たちを見て、ケビンは呆れたように話した。
「お前たちは本当に人の言うことを信じないな。まぁ、せいぜい大きな問題を起こさないでくれ」
「クソッ……サイシャ! 早く手続きしろよ!」
「もう終わってますよ。さようなら」
ぐっ……!
俺たちは腹立たしい気持ちでギルドから出る。
背後から、冒険者たちの笑い声が聞こえた。
「ハハハハハ! お前らはスライムでも討伐してりゃいいんだ!」
「それくらいの相手なら喧嘩してても勝てるだろ!」
「ちゃんと回復薬持ってけよ!」
はやし立てる声が、いつまでも聞こえる。
「くっ……あいつら……!」
「リーダー、アタシはもう疲れたよ」
「お風呂入りたい」
「早く帰りましょう」
メンバーたちはさっさと宿へ歩いていく。
「ま、待ちやがれ!」
俺は慌てて追いかけた。
プライドが傷つけられ馬鹿にされ、怒りに震えるうち一人の男に強い恨みが湧いた。
――こうなったのも、全部アイトのせいだ! あの野郎! 今度見かけたら、タダじゃおかねえからな!




