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愛の告白は突然に

告白たーいむ(ヌ?)

 「ばっかもーーーーん!」


 夜の静けさを破って、「星の丘」にベルの元気な怒鳴り声が響いた。ハストとユハスは城での尋問を終え、ようやく店に戻ってきたのだが、そこでベルとルーバートに街を流れる噂について問いただされた。何があったかを説明した二人は、しこたま叱られることになるのだった。


 「ごめんなさい! ごめんなさい! 全部おいらが悪いんです!」


 ユハスが泣きじゃくりながら謝った。机にはいくつか夕食の料理の皿が用意されていたが、それには手をつけようともしない。一方、それとは対称的に、ハストはその横でポリポリと豆を食い続けていた。


 「おい、黒いの! ちゃんと聞いてるか!?」


 と言ってベルが睨むと、ハストはまた一つ豆を口に放り込み、口をもごもごさせながら答えた。


 「聞いてるよ。でも、腹減っちゃってさ……」


 ごくんっと豆を飲み込んで、ひどく疲れた様子で言った。


 「今日は一日大変だったんだ。火炎熊(ローアルト)の討伐から始まって、領主さまには質問攻めにされるし、変なやつに決闘を挑まれて……そしたらまた、決闘の説明を色々聞かされて……」


 「一日でどんだけ問題を起こしてきてんだ、おまえは」


 と、ルーバートが呆れて言った。するとベルが、両手で机をぱんっと叩いて怒鳴った。


 「そいつぁ、おまえ自身のせいでもあるだろうが! おれたちに何の相談もなしに、危険な目に遭いに行きおって! 事前に言ってくれりゃ、手助けしてやることだってできたんだ! 若いのが二人だけで行動したせいで、商会に隙を見せちまったんだろ!」


 「ごめんなざぃぃぃ」


 わんわん泣いて、ユハスがまた謝った。ハストはむっとして、


 「その商会ってのが厄介だから、商売人のベルさんたちを巻き込みたくなかったんだよ」


 と口ごたえしたが、


 「ここに一緒にいる時点で、どのみち巻き込まれるだろうが!」


 とベルは一蹴した。


 「おめぇさんは、確かに魔法はありえんほど達者かもしれんが、人生の経験が足りん。姦策に長けたやつはどこにでもいるもんだ。利用されたり、陥れられない為にも、もっと慎重にならんといかん。自信満々で魔獣を倒しに行ってどうなった、えっ? 倒せたはいいが、子供が三人も死んで、手柄は横から取られそうになってる」


 「っ! それは……」


 ハストは言葉に詰まった。すると、ユハスが叫んだ。


 「ハストは悪くないんです! ハストは、おいらの頼みを聞いてくれただけなんだ! それに、ブラドレッドの取り巻きが喰われたのは、自業自得です! おいらのこと馬鹿にして、話を信じなかった。勝手にどっか行っちゃうし、助ける機会もなかったんだ!」


 「そんなのはわかってる。悪いのは向こうだ。おめぇさんは連中にずっと虐められてきたんだし、そんなに心は痛まないかもしれねぇ。それでもな、犠牲にはかわりねぇんだ。無計画につっ走らなけりゃもっと違う結果になっていたってのは、反省しないとならんぞ」


 このように叱られると、ユハスは俯いてまた涙を流し始めた。流石に不憫に思ったベルは、つけ加えた。


 「だがまぁ、何はともあれ、おめぇさんたちが無事に戻ってきてくれたのは良かったよ」


 するとハストが、口を尖らせて言った。


 「そんなに泣くことないぜ、ユハス。偉そうなこと言ってるけどな、ベルさんだって来るとき、野盗の出る街道に丸腰で出掛けて襲われてんだ。おれたちのこと言えないよ」


 「はぁぁぁすぅぅぅとぉぉぉ!!」


 ベルの頭にまたもや火がつきそうになったが、ルーバートが助け船を出した。


 「こらベル! もうその辺で勘弁してやれ。そろそろ例のブツが焼ける頃合いだ」


 そう言って、ルーバートは裏庭の厨房に消えると、大皿に特大の肉のローストを載せて戻ってきた。


 「どうだ! 鹿犬(オスク)の野菜詰めローストだぞ!」


 ほのかなスパイスの香りと共に、湯気が立ち昇る。艶のある飴色に焼かれたそれは、鹿犬と呼ばれる、小さな鹿に似た魔獣の肉に、詰め物を入れてローストした料理だった。貴族の食卓ならいざ知らず、庶民の家で出るようなものではない。三人は感嘆の声を上げた。ユハスは驚きに涙も止まって、尋ねた。


 「ふわぁ……こんなの、どうしたんですか!?」


 「猟師仲間がくれたんだ。本当は狩猟しちゃならん魔獣なんだが、たまぁに、罠にかかってくれる事があってな。そういうときは売るわけにいかねぇから、こっそり仲間内で分けるんだ。今日はおまえたちしかいないし、丁度いいだろ」


 ルーバートの言うように、この日は他の客も、手伝いの子すらいなかった。決闘があることを知って、しっかり休めるようにと店を貸し切りにしてくれたのだ。

 みんな自分のナイフを使って、熱い肉を適当に切り分けパンの上に載せ、食べる。魔獣の肉質は脂がのっていて柔らかく、舌ざわりが滑らかな詰め物とも、見事な調和をなしていた。


 「うっま!」


 と、肉をほうばってハストが言うと、ルーバートは嬉しそうに笑った。


 「熱いから気をつけろ。明日に向けて、しっかり元気をつけねぇとな」


 ハストとユハスはとても空腹だったので、夢中になって食べた。ベルとルーバートは二人の様子を見ると、ホッと息をついて自分たちも食事をはじめた。だが、その手元に酒はなかった。



 それからしばらくは、何事も起きなかった。食事も食べ終わり、そろそろ寝床をこしらえて蝋燭の灯りを消してしまおうかと思っているときだった。ふいに、店の戸を叩く音がした。はじめは気のせいかとも思ったが、コンコンと叩き続ける音は止まず、


 「こんな時間に誰だ?」


 と、ルーバートが怪しみながら声をかけた。すると、外から少女の声がした。


 「アルパゴン商会の遣いで来ました、エリーと申します。開けてもよろしいですか?」


 「商会の遣いだぁ?」


 ベルが敵意を剥き出しにして言うと、ユハスが慌てて説明した。


 「あの、ベルさん。エリーって、ハストが火炎熊から助けた子だ」


 「入れてもいいのか?」


 「悪い事するつもりなら、戸を叩いて入っていいか聞かないと思うけど……」


 そこでルーバートが許可すると、少女は戸口を開けてなかに入った。彼女は一人で、頭に闇色のスカーフを被り、前あきの外套を羽織っていた。ハストたちの前に来て、すぐにスカーフを取り去る。すると、彼女のウェーブかかった赤い髪と、少し釣り上がった目に、小さな鼻、薄い唇が露わになった。丁寧にお辞儀をして、言った。


 「改めまして、こんばんは。わたしの名前はエリーと申します。今朝、ハストさまに命を救っていただいた者です。こんな時間に来てしまい、申し訳ありません」


 「嬢ちゃん、一人で来たのかい?」


 ルーバートが尋ねると、


 「表に、商会の用心棒が二人います。わたしを守る為ではなく、逃げないように見張る為ですが」


 と、エリーは淡々と答えた。それから、ハンカチで口元を押さえながら言った。


 「座ってもよろしいですか? 気分が優れないので」


 薄暗い灯りのなかでも、顔色が良くないのがわかった。


 「待ってくれ。今、片付けるから……」


 ルーバートはそう言って、エリーの為に一人掛けの小さな椅子を用意した。それから他の三人も手伝って机の上が綺麗にされ、話し合いの席が整えられる。みんなが囲むテーブルから、エリーは少し離れた位置で座った。


 「単刀直入に説明するけどいいですか?」


 エリーが言った。


 「アルパゴン商会のドナグレン会長から、ハストさまに、手を結ばないかとお誘いがあります」


 「きみ、あいつからおれを懐柔するよう言われてきたのか?」


 ハストが尋ねると、エリーは頷いた。


 「そんなところです。ですが、悪い話じゃありませんわ。もしあなたが会長の求めに応じたなら、きっとこの国で二番目の金持ちになるでしょうね。もちろん、一番目は会長ご自身ですが」


 「なんだそれ……」


 「まぁ、まずはわたしの話を聞いてください」


 面倒くさそうな顔をするハストに、エリーは話し始めた。


 「会長の要求は一つだけ。決闘を放棄して、火炎熊を倒したという栄誉だけブラドレッドに譲ることです。それさえしてくれれば、火炎熊の素材で出る利益は、後から内密にあなたに譲り渡すと仰っております」


 さらに続けた。


 「もちろん、それだけじゃありません。あなたは家人として正式に向かえられ、一生金に困らないようにして貰えます。当てのない旅を続ける必要もなくなり、この街の市民権も得るでしょう。それからもう一つ大事なのは、会長がユハスの待遇も考えて下さっていることです。後見人として世話し、やりたい仕事を学べるようにすると仰っていますわ。特に、こちらの方は領主さまには望めない待遇だと思いますよ」


 「……ドナグレンが? おいらの後見人……だって?」


 ユハスは吃りながら呟いた。いつも自分のことを野良犬くらいの扱いをしていた人間の言葉とは、到底思えなかった。


 「するってぇと、どういうこった!? 商会は、金が目当てでハストの獲物を横取りしようとしてる訳じゃねぇのか?」


 ベルは混乱して叫んだが、ルーバートは冷静に商会の目的を見抜いていた。

 

 「うーむ、こりゃもしかせんでもやつらの狙いはハストだろ。あの魔獣をひとりで狩っちまうくらい力のある魔法使いとなりゃ、間違いなく戦の決め手になる戦力だからな。自分たちで囲っておいて、領国での権力を増すつもりなんだ。金に加えて武力もあるとなりゃ、誰もやつらを軽んじれなくなる。それこそ、領主さまと対等な発言力を持つようになるかもしれん」


 「はぁ……おれにゃ難しいことはわからんけどな、やつらが目の前の大金を見す見す手離すたぁ思えねぇぜ。この契約には、なぁんか落とし穴があんじゃねぇのかぁ?」


 ベルが喚くと、エリーはふんっと鼻で笑って言った。


 「別に、落とし穴なんてないですよ。それにあなた方がそんな事を疑ったって、どうしようもないじゃありませんか。ここには誓約書もご用意させていただいてますけど、失礼ですが、誰も文字が読めるようには見えませんもの」


 そして一枚の厚手の羊皮紙を取り出し、机に広げた。それには黒いインクで書かれた細かい文字が、びっしりと並んでいた。エリーの推察通り、ベルとルーバートに読むことはできなかったが、ユハスには、見覚えのある――二匹の赤い孕み豚が並ぶ――商会の紋章がスタンプされていることだけはわかった。


 「ちょいちょい口の悪いお嬢ちゃんだな……」


 ベルは内心腹が立ちながらも、落ち着いて言った。


 「そんな紙っぺらを吟味する前に、もっと大事なことがある。ハストは決闘を放棄したら、その場で処刑が決まっちまうってのはどうするつもりだ? 絞首刑になったら、金どころの話じゃねぇぞ」


 「それについては問題ないわ。処刑はわたしが食い止めることになっていますから」


 そう答えると、エリーはハストに目を向け、不敵な笑みを浮かべながら言った。


 「乙女の嘆願って、ご存知? 罪人が処刑場に連れられていく途中で、清らかな乙女が愛のために嘆願すれば、処刑を中断させることができるんです」


 「――なっ、嬢ちゃんっ、あんたまさかそんなことする気なのか!?」


 と、ルーバートが急に前のめりに叫んだ。


 「どうしたんだよ、ルーバートさん」


 ハストが訝しんで尋ねる。どういうことなのか説明を求めると、ルーバートは水を一口飲んで、口を湿らせてから言った。


 「あのな、ハスト。アッシュラントの処刑にまつわる古いしきたりで、『乙女の嘆願』ってのがあるんだ……男の罪人が処刑場に連行される途中で、罪の汚れがない女が処刑の中止を求めたとき、罪人は刑を免れることができるっていうやつだ。嬢ちゃんはそれを使って、おまえの処刑を止めると言ってる。だがな、この制度にはもう一つお約束事があってな……」


 料理人の無骨な両手を机の上で組み合わせ、言った。


 「罪人の男と嘆願した女は、後で結婚しなくちゃならねぇんだ」


 「……へ?」


 「つまりそうやって処刑を免れた場合……おまえと嬢ちゃんは、結婚させられることになる」


 エリーは嬉しそうに手を叩き、ふふっと笑って言った。


 「知識人には見えませんでしたが、人は見かけによらないものですね。あなたの仰る通りです。もちろん、わたしは命を助けられたんだし、結婚くらい構いませんわ」


 「んなっ!?」


 思わぬ展開にハストが狼狽すると、エリーはその反応を楽しんだ。ハストの眼を覗き込むようにして、その色を確かめ、じっと見つめて言った。


 「黒髪に金色の眼をした旦那様なんて珍しくて素敵だし、みんなにも自慢できると思いませんか? それに妻になれば、わたしも恩恵に預かって裕福な暮らしが保証されるんです。こんな機会を逃す手はありません」


 ベルがこそっとハストに囁いた。


 「こいつぁ愛の告白ってやつじゃねぇのか? ハスト」


 「馬鹿なこと言うなよ、ベルさん! つまりはおれを利用して、自分が金持ちになりたいってだけじゃないか」


 エリーは開いた胸元にわざとらしく白い手を置き、伏し目になって言った。


 「まぁ、ハストさまがどうしても結婚したくないと仰るなら、処刑を免れた後に、会長に相談してくださればいいのです。あの方にかかれば、大抵のことは望む通りになるんですから」


 それから僅かに微笑み、つけ加えた。 


 「これで、わたしからお伝えするべきことは全部です。あとはハストさまからお返事を頂くだけですわ」


 ハストはエリーの態度に惑わされるような事はなく、悩む素振りもせずに答えた。


 「それなら、きみは帰ってすぐにこれだけ伝えてくれ。おれが商会に従うことはないってな!」


 「あら……理由を聞いてもいいですか?」


 「おれは、自分が正しいと思うことにしか力を使いたくないんだ。だからそんな下らない不正には加担しない。それに、ここで金持ちになることに興味はないよ。おれはまたすぐに旅だって、最後には風の国に戻らないといけない」


 エリーは怒らず、無邪気に聞いた。


 「あなたはそれでよくても、ユハスはどうなります? 卑しい牧童をやめて立派な職につくせっかくの機会を、彼から奪ってしまうの?」

 

 「そんなことないよ」


 ユハスは言った。


 「ハストの選択が、おいらの人生を潰すようなことは絶対にない! ドナグレンの言いなりになんかならないでほしい。今までおいらは、何度理不尽なことで殴られても従い続けてた。そうするしかないと思ってたんだ。だけど、ハストがきっかけをくれた。だからもう怖がらないで、これからはもっと思った通りに生きてみたいと思ってる」


 そこでハストが勇気づけるようにユハスに頷きかけると、さらに続けた。


 「おいらは、ハストに勝ってほしい! ドナグレンやブラドレッドの悪事には、罰が与えられないと駄目なんだ!」


 「ふーん……」


 エリーは不満げに言った。


 「随分と、大きなことを言うようになったじゃない。強い魔法使いが傍にいるからって、あんたが強くなったわけじゃないのにさ」


 「なっ、なんて言われようと、おいらの意思は変わらないよ!」


 ユハスがそう言うと、ハストがぽんっとユハスの肩を軽く叩いて言った。


 「おれたちの意思、な。ユハスもこう言ってる。要求には応じれない」


 すると、エリーは深い溜息をついて、スカートを少したくし上げながら足を組んだ。


 「……ブラドレッドの傍に、フラウスってやつがいたでしょ?」


 エリーは真剣な表情で言った。


 「あいつね、とにかく悪知恵が働くの。今回の決闘でも、小細工を仕掛けてる。詳しくは知らないけど、まともな戦いが行われないのは確かよ。『どんなに強力な魔法が使えようとも、やつが魔法使いである限り勝つことはできない!』って、ブラドレッドは息巻いてた」


 そして、尋ねた。


 「ズルされても、勝つ自信はある?」 


 「当たり前だ。全力でねじ伏せてやるよ」


 「そう……それなら、もう何も言うことはないわ」


 ハストの答えを聞いたエリーは、満足そうにそう言った。それから急に席を立ち、誓約書を手に取る。小さな巾着からナイフを出して、紙を切り刻んで床に投げ捨てた。


 「それじゃわたしは、お暇させていただくわ。言われた通りのことはしたんだから、文句を言われる筋合いもないしね。これ以上ここにいたら、食べ物の臭いで吐きそう!」


 「あー……そこまで送りましょうか?」

 

 と、ルーバートが一応尋ねた。


 「いらない。鵞鳥みたいなのが二人もいるって言ったでしょ? ついてきたら一生殴られるわよ」


 エリーはつかつかと歩いて戸に手をかける。最後に振り向いて、ハストに笑いかけて言った。


 「ハスト。あんたはわたしの愛を断ったんだから、お詫びの品を期待してるね。明日、頑張って?」


 「なんだよそれ!?」


 ハストの問いには答えずに、エリーは店を出ていった。

 唖然とするハストに、ルーバートが言った。


 「この街の悪童どもの中では、あれはまだマシな方だ」

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