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火炎熊襲来!

もぐもぐタイム(R15)有。注意ヌメ。

 ハストとユハスはしばらく歩き続け、恐れていた魔獣と遭遇することもなく、無事に目的の放牧地へ到着した。だが、本当に平和な道中であったにも関わらず、二人は困った顔をしてその場につっ立っていた。後ろから着いて来ていたブラドレッドたちの姿が、いつの間にかどこにも見当たらなくなっていたのである。ハストが言った。


 「……おいユハス。あいつら、いつからいないんだ?」


 「わ、わからない。畑を過ぎたあたりまではいたと思うんだけど……近くに火炎熊(ローアルト)がいるかもしれないってのに、そんなのにまで構ってられないもの」


 ユハスは喋っている間も、しきりに森の方を気にしていた。ハストは頭をかきながら言った。


 「参ったなぁ。もう少し後ろを見ておけばよかったぜ」


 「疲れて先に帰っちゃったんだ。気にしなくていいよ」


 ユハスが言うと、ハストは


 「まぁ、帰りがけに少し捜してやればいいか」 

 

 とひとりごとを言った。


 気を取り直して、二人は改めて放牧地を見渡した。広々とした草原に、草色羊(メープ)が好む背丈の低い柔らかい草花が、豊かに生い茂っている。すぐ傍には、斧の傷も入っていないような暗い森が永遠と続いており、古びた杭に板を張っただけの粗末な柵が、境目に連なっていた。だが今は、柵の一部が破壊されてぽっかりと穴ができており、それは森へ続く門のようにも見える。烏の群れが地面をぴょこぴょこ歩いており、その近くには、決まって家畜の無残な骨が転がっているのだった。


 「あんまりだ」


 蹄のついた骨が落ちているのを見つけて、ユハスが歎いた。


 「それで、火炎熊の証拠って言っても、何を探せばいいんだ? こんな骨を見せたって、誰も納得しないだろう」


 と、ハストが尋ねると


 「うん、家畜を勝手につぶしたって、かえって怒らせるだけだね。だから、これを持ってきたんだ」


 そう言って、ユハスは荷物袋から石を二つ取り出した。


 「火打ち石?」


 「そうだよ。前に商人たちが話してたんだけど、火炎熊の毛って火をつけても燃えないで、赤く光るらしいんだ。高級な材料だとかで、すごく価値があるんだって」


 ハストは合点がいった。


 「わかったぞ。つまりおれたちは、毛を拾い集めりゃいいんだな。それが火炎熊の素材なら、証拠としてはうってつけだ」


 「そう言うことさ。そんな価値のあるものを、おいらが持ってるわけないんだから、やつらもいよいよ嘘とは言えなくなるはず」


 ユハスは得意気にそう言ったが、ハストは少し浮かない顔をした。


 「なぁユハス」


 ハストは言った。


 「それって、抜け毛でもいいのか?」


 「どういうこと?」


 「いや、魔獣の素材って、鮮度で性質が変わることがあるだろ」


 「え……考えてもみなかった。だっておいら、牧童だもん。魔獣の素材のことなんて、本当は全然詳しくないんだもん……」


 一気に不安になる二人だった。



 ほどなくして、二人は謎の黒い剛毛を手に、小さな火を囲んでいた。毛は放牧地のいたるところに落ちていたので、拾い集めるのに苦労はなかったのだが……。


 「燃えないけど、光らんな」


 と、ハストが言った。先端を焙ってみても、火の中にくべてみても、チリチリに焦げてしまうことはなかったが、一瞬たりとも光らない。ユハスは頭を抱えて叫んだ。


 「うわあああああどうしよう! こ、これじゃあ、火炎熊の毛とは認めて貰えない。勇気を出してここまで来たのに、やっぱりおいらはお終いだーっ!」


 「落ち着けって。火耐性はあるみたいだし、街で鑑定するまでわからないだろ」


 そんなやり取りをしているときだった。遠くから小さな人影が、ユハスの名前を何度も呼びながら走ってきた。


 「おぅ~~い! ユハスゥ~~~!」


 「おいユハス、誰かきたぞ」


 とハストが言うと、ユハスは人影の方を確認して、何をしていたのかを隠すように火を踏み消してしまった。残った毛束をポケットにつっこんで、ハストに言った。


 「あれは荷物持ちのティッタだ。やつはブラドレッドの間抜けな飼い犬だから、どうせ碌な用事じゃないよ」


 ティッタは二人のところまで一生懸命走ってくると、息を切らしてかがみ込んだ。


 「なんだよ。ブラドのやつと一緒にいなくていいの?」


 と、ユハスは無愛想に尋ねる。


 「いいの。おで、あにきにユハスさ見張れって、言われたんだもん」


 ティッタは、癖のある田舎訛りの喋り方で答えた。


 「隠した草色羊、みっけてこうって」


 「隠してないって言ってるだろ! 火炎熊に襲われたんだ」


 ユハスが怒鳴ると、ティッタはけらけら笑いながら言った。


 「そんだの嘘に決まっとる。おで、ユハスが盗んだ草色羊みっけたら、1リペスもらえんだ。羨ましいべ?」


 ユハスはちぇっと舌打ちした。


 「そりゃあすごいや、大金じゃないか。でも、残念ながら協力はしてやれないぞ。おいらは盗んでもないし、隠してもないんだから!」


 「そんだの困る!」


 「知るか。おいらたちはもう帰るから、家畜を探したけりゃ、ひとりで探せよ」


 ユハスはつき放すようにそう言うと、ハストに行こうと合図した。


 「いいのか?」


 ユハスはこくりと頷いた。


 「いいんだ。ティッタと喋ってたら目が覚めたよ。こんなとこに長居してたら駄目だ。見つけたものに、賭けてみることにする」


 それから、ティッタに尋ねた。


 「ティッタ、ブラドたちは先に帰ったの?」


 ティッタは首を横に振った。

 

 「あにきたちなら、川んとこで弓して遊んどるべ」

 

 そのときだった。


 ガアアアアアアアアアアアアッ


 と、どこからか恐ろしい咆哮が轟いて、空気をびりびり震わせた。


 「い、今のは!?」


 とユハスが叫び、


 「あっちの方からだ」


 とハストが一方を指し示した。すると、ティッタが首を傾げて言った。


 「向こう? あにきたち、おるけど……」


 「それはかなり、不味いな」


 ハストはそう言って、すぐに草地を駆けだした。


 「えっ、あ、ちょっと! ハスト!?」


 ユハスも慌ててその後ろを追う。わけもわからず、ティッタも後に続いた。


 ハストは丈高い草を掻き分けて、狂ったようにつっ走る。先の方から吹いてきた風が、濃厚な血の臭いと、人の泣き叫ぶ声を運んで来た。やっと景色が見渡せる所まで来たとき、目に飛び込んできたのは、あまりにも凄惨な光景だった。


 山のように大きな身体をした黒い巨獣が、若者たちを襲っている。その大きさときたら、オークの大木が歩き出したかと思うほどであった。すでに誰かが餌食になってしまったのか、滅茶苦茶に引き裂かれた赤黒い血肉が、辺りに散乱している。そしてその化け物――火炎熊は――今まさに一人の少女を喰らうところだった。少女は地面にうつ伏せに倒れ、下半身を太い前肢で押さえつけられ、身動きが取れないでいた。


 「ああっ」


 という短い悲鳴のあとで、少女は情け容赦なく火炎熊にまるかじりにされた。頭から腰にかけてがその一口で無くなって、引きちぎられた身体から血と臓物が吹き出す。


 「いやあああああああああっ」


 心臓を突き通されるような、鋭い悲鳴が響き渡った。近くにいた別の少女が、友達の死を目の当たりにして絶叫したのだ。全身が震えてもはや立つことすらままならず、彼女はカエルのように地面を這いつくばってもがいていた。そこにブラドレッドの姿は見えなかったので、逃げたか、あるいはもう喰われてしまったのかもしれないと、ハストは思った。

 遅れてきたユハスとティッタがハストに追いつくと、二人は目の前の光景に戦慄した。


 「離れてろ!」


 ハストは二人に向かって言った。ユハスは何をする気か悟って、引きつるように叫んだ。


 「ハスト、行っちゃ駄目だ!」


 だがハストは、制止を振り切って火炎熊に向かって行った。そして、走りながら唱える。


 ――神聖(ディンギル)なる(イシュクル)十三の(シャラッシェレト)風たち(イムメシュ)――


 すると、空を駆け地を流れる風が、素早くハストのもとに渦を巻きながらより集った。火炎熊は舌なめずりをして、もがく少女に近づいていく。遠くから、ハストは牽制の為に魔法を放った。


 ――第十の(エシュラム)魔風(アサックー)!――


 呪文を叫ぶと、手元から鋭い刃の形状をした疾風が放たれた。風の刃は草を斬り飛ばしながら、地面を滑るように飛んでいく。そして、火炎熊の鼻先わずか一指尺の所に命中した。斬撃で地面が大きく抉れ、土煙が舞い上がり、火炎熊は弾かれたように飛び退った。そのあまりの重量に、ドシンっという大きな音がして、地面が揺れる。魔法の一撃は、魔獣の怒りを買うのに十分だった。火炎熊はくるりと方向転換し、まっ赤な目をぎらつかせ、ハストを睨みつける。血濡れた巨大な口を開けると、雷鳴のような咆哮を轟かせた。


 グガアアアアアアアアアアアッ!


 吼え声と同時に、魔物の口から白煙が立ち昇った。体毛が逆立ち、巨体がさらに大きく膨らむ。すると不思議なことに、まっ黒だったはずの全身の毛が、みるみるうちに赤く輝いていくのだった。火炎熊の周囲の景色は灼熱に歪み、ゆらめく空気に火の粉が舞った。


 「おぉ、本当に光った!」


 驚くべき変身に、ハストは思わず感心する。そして憤怒の火炎熊が、猛突進をはじめようと、大地を蹴り上げるのを見た。


 「来いよ、化け物!」


 ハストは叫んだ。魔物の巨大な四つ足が地面を蹴るたびに、大地がグラグラと揺れる。大きな顎がぐわっと開いて、ずらりと並ぶ鋭い牙が差し迫ってきたとき、ハストはぎりぎりの所で跳躍し、風を操って自分の身体を吹き飛ばすことで、その突撃を躱した。その為魔物の牙は虚空を咬んで、ガチンっと大きな音がした。その途端、空気が瞬間的に燃え上がり、爆発が起こった。


 「うわっ!?」


 と声をあげて、ハストは爆風に煽られ地面を転がった。幸い服が焦げるくらいで済んだが、煙があたりに満ち満ちて、視界がまっ白になってしまった。

 これは火の魔法だと、ハストは直感的に理解した。すぐに起き上がり、素早く右手を横に振るう。風を操り煙を払うと、すぐ目の前の白煙の中から、後ろ足で立ち上がった火炎熊がぬっと姿を現した。金色の爪が、ハストの脳天目掛けて振り下ろされる。


 そのときハストは、再び唱えた。


 ――首を(ハルサル)狩れ(カーズ)魔風(アサックー)!――


 手から白銀の風の刃が放たれる! 魔法の風刃は音もなく、火炎熊の首を横一文字に切り裂いた。ひと呼吸の間をおいて、魔獣の首が滑らかな切断面をすべり、地面にこぼれ落ちていく。力を失った魔物の巨躯は、血柱を吹き上げながら大地に沈んでいった。

 降り注ぐ血の雨のなかで、ハストはふぅっと息をついて呟いた。


 「少し危な過ぎたかな……」


 一方ユハスとティッタは、茂みの陰にへたりこんでがたがたと震えていた。戦闘の恐ろしい音が鳴りやんだ後も、出ていく勇気はなかった。するとハストが、魔獣の血まみれの姿のままで草の間から突然顔を覗かせたので、二人は心臓がとび出そうなほど驚いた。

 

 「ひぎゃぁっ!? は……ハスト!?」


 と、ユハスが跳び上がりながら叫んだ。


 「ああ、ユハス。魔獣は倒したぞ。ちょっと手こずったけどな」


 ハストは言った。


 「特徴からして、あれが火炎熊だろ?」


 「そ、それできみは、無事なの!?」


 「一張羅が焦げちまったよ。それよりほら、いつまでも腰抜かしてないで手伝ってくれ」


 ハストに連れられ、二人は火炎熊の死体の傍までやってきた。まっ赤に輝く毛並にほのかに熱を持つ身体は、頭が無いところ以外は、まるで生きているかのようだった。ユハスは感嘆の声を洩らして、凶悪な爪や大きな顎を観察したが、恐ろしくて触れる気にはならなかった。


 「あんさんは、旅のひとだったべな?」


 唐突に、むっつりした顔でティッタがハストに尋ねた。


 「ああ。昨日来たばかりの旅人だ」


 ハストが答えると、ティッタはさらに尋ねた。


 「ほいじゃ、知り合いはユハスぐらいか?」


 「そうだけど、それがどうしたんだ?」


 何が言いたいのだろうと当惑していると、ティッタは感情の無い瞳でハストを見た。


 「そんなら、こげなことしたって無駄だ。ユハスなんか助けたって、なぁんにもならんで」


 そう言うと、ティッタは二人を残して、一人でとぼとぼ街の方へ歩き始めた。


 「おい、ティッタ!」


 ユハスが叫ぶも、ティッタが立ち止まることはなかった。



 その後ハストとユハスは、へとへとになって帰路についた。ハストは、討伐の証明のために切り取った大きな舌を両腕いっぱいに抱え、ユハスの方は、唯一生き残っていた少女をおぶっていた。城門に着くと、門番の男が慌てた様子で近づいてきて、二人の恰好を見るなり言った。


 「おまえたち、一体どうしたんだ!? さっきブラドの坊ちゃんたちも血相変えて帰ってきたが、何も話しやしねぇ。ユハス、おまえさんは何か知ってるだろう。洗いざらい話してもらうぞ!」


 二人は顔を見合わせた。


 連れて行かれた門番小屋で、ユハスはこれまでの出来事を一から順に説明した。火炎熊討伐のくだりはにわかに信じがたい話だったが、大きな舌を見せられれば嘘だとも言えず、男は待つように言うと、大急ぎで屯所に駆け込んだ。そして巨大な火炎熊が討伐されたらしいという知らせは、すぐに城まで伝わることとなった。

 その後は、ものすごい速さで準備が整えられていった。魔物の死体を回収するのに、三頭の立派な羽毛竜(ヴィオ)の牽いた特別の荷車が用意され、解体の職人たちや大勢の男手、それに馬に乗った騎士までもが東門前に集結する。二人は戻ってきたのも束の間、道案内の為に再び出掛けることになってしまった。


挿絵(By みてみん)

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