第一話 火野健太郎、享年24歳
”充分に発達した科学技術は、魔法と区別がつかない”
誰がいったか、そんな言葉を聞いたことがある。
俺の病気を治す魔法はなかった。
願わくば次の人生では普通の生活がしたいです。
俺、火野健太郎はそう思いながら息を引き取った。
俺は突如、難病を発症し余命半年の宣告を受けた。
命の灯の限界を知ったときは耐えきれず一時的に発狂したが、1か月もすれば落ちついてきて、人生に達観してきた。
俺の人生儚かったな。まだ何も経験してないのに。恋人だって、お酒だって、世界旅行もいきたかったな。
そんな様子を両親は心配していたけれど俺は心配無用だと言った。
数少ない親友たちも来てくれた。みんな大泣きでこっちが慰めてしまった。自分を想ってくれている人がいるというのは、死にゆく人間にとっても安心できるものだった。
病院から出れなくなった俺は本を読んだり、テレビを見たり、空想に耽って時間を過ごしていた。
ファンタジー小説には魔法が当たり前のように存在し、病気の患者をたちまち完治させる。そんな描写をみるたびに少し羨ましくなった。
余命宣告から半年をすぎたある日、ああ今日死ぬんだと感じた。体に力が入らず目も開けることがままならなかった。その日の夜、意識がなくなり死んだ。
享年24歳。
目が覚めると20代半ばと思しき黒髪の美女がのぞき込んでいた。
目が覚めると・・・?なんだ、どうなっている?助かったのか?
横には同じ年代くらいの清潔感のある黒髪の好青年がいて、満面の笑みを浮かべている。
誰だ?見覚えのない人だ。医者か?
「あ・・・めを・・・」
女性が笑みを浮かべながら話しかけてくる。
言葉がよく聞き取れない。病気は治ったけど後遺症が残っているのか?
「あーーううーー」
発声もできない。喃語みたいになっている。
舌、唇の神経がイカレて上手くしゃべれなくなっているのか。
自分の体の状態がわからない。どうなっているんだ。一命は取り留めているようだが。
しゃべったのがそんなに嬉しいのか男女は仲睦まじげに話していた。
すると男の方が手を伸ばし軽々と俺のことを持ち上げた。
は!?どういうことだ?いくら病気で体重が減っているとはいえそんな軽くなっているとは思えない。
それもなんか赤ちゃんを抱くような姿勢で支えられている気がする。
手足がなくなっているのか?手足を切断したところで完治するとは言われていない。手術の際に切らざる負えなくなったのか?
しかし胴体だけでも相当の大きさだ。最後に測ったのがいつかは覚えてないが、身長180㎝くらいだったはずだ。そこから座高を引いたとしても70-80㎝はあるはず。
・・・夢か?
鏡の国のアリス症候群よろしく巨人の世界に紛れ込んだ夢でも見ているのか?
そう考えた方が精神上いい気がする。
うん、そうしよう。これは夢だ。おやすみ、世界。
そうして眠りについた。
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一か月後
どうやら転生したらしい。3か月の赤ん坊にだ。なぜか前世の記憶が残っているが。
事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。
ようやくその事実を受け止めることができた。
父さん、母さん、俺生まれ変わったよ。今度は長生きして人生を楽しむよ。
最初に見た男女は両親らしい。美男美女だから俗ではあるが顔には期待が持てる。やはり美醜は大事だ。第一印象は顔だからな。整っているに越したことはない。
出生地は前世と同じ東京都。
生まれた家はいわゆる一般家庭で父がIT企業に勤め、母は専業主婦。俺は一人息子のようだ。夫婦仲や親戚付き合いもいいらしく、幸せそうな家庭だ。
いくら前世の記憶があるとはいえ体は乳児だ。あまり動き回ることもできないみたいだし、おとなしくしていることにした。無理をするものではないだろう。
手のかからない利口な赤ちゃんを演じた。
体に慣れ、周囲の環境を理解することができるようになったある日、耳を疑うニュースが流れてきた。
「世界初!山内伸也教授、細胞魔法の実用化に成功!」
魔法といったのか?聞き間違いではなく?
そのニュースによると、京都大学再生魔法研究所所長・山内伸也教授が欠損した体の部位を、細胞を活性化することで完全に再生する魔法を条件付きで実用化に成功したというものだった。多大な費用や時間を必要とするらしく、簡単に魔法を受けれるわけではないみたいだが、マスコミはセンセーショナルに報道し、多くの患者が救われるというものらしい。
ここは違う世界なのか?それとも遠い未来に転生したのか?
いや、年は2021年だ。確認した。間違えるはずがない。
それからは両親の会話やニュースなどを注意深く聞くようにした。
すると地名や社会システム・文化などは同じだが、神や天使、悪魔、魔法といった空想の存在が現実に存在し身近だと分かった。
まさかこんなことになるとは。
この世界は前世の世界とファンタジーを掛け合わせた場所みたいだ。