表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/89

番外編 暮れる③

 一時的な気の迷い。そうあって欲しい。そう願っていたはずなのに……。


 綾夢の身の上に何があろうと、俺に知ったことじゃない。そう思いつつも、俺は桑井所長から渡されたメモを握りしめていた。


 ムッとした暑さが俺の体力を奪って行く。


 綾夢が住むマンションを見上げ、俺は肩で息を吐く。育ちなんて、そう容易く隠せるものじゃない。チャイムを鳴らすのも、躊躇わられる。応答がないことに、俺は心のどこかでホッとしていた。このまま諦めて、帰るべきか悩む。こんなときにさえ、必死に俺の胸にしがみついて泣く綾夢の顔が脳裏を掠めて行く。

 「クソッ」

 考えるよりも早く、俺は駅へ向かって駆け出していた。

 自分の人生を悔いたことなど、一度もなかった。してしまったことは、いつか自分へ返ってくる。いつか聞かされた説教が、思い出され、俺は苦笑する。

 あの時、避けようと思えば出来た。傘を振り上げた祥希と、遠い昔の自分とが重なり、ああこいうことか。と思った。折れてしまった腕を見て、泣きながら謝る綾夢が、眩しくて仕方なかった。


 高層ビルを背にして歩く俺を、西日が照り付ける。手には、強引に持たされた書類があった。


 俺と関わるな。そう言って書類を返そう。心にそう決めた俺は、もう一度綾夢が住むマンションへ向かう。

 そこで椎野木と出会う。


 控えめに話す椎野木ではあったが、すぐに綾夢を好いていることは分かった。力を貸して欲しいと言われて、なぜそれに応じてしまったのか……。

 自分で自分の理解に苦しむ。

 椎野木と話をする度、身の振る舞いを目にする度、俺の中に譬えようのない何かが、疼いた。それが何なのか知るのが怖かった俺は、逃げ出してしまっていた。

 二度と関わるまい。そう誓ったはずだったのに、俺は椎野木からの電話を鵜呑みにして、止める凛子の手を振り解き、駆け出していた。


 どうしちまったんだよ。

 薄日に照らされた彩夢は、見るも無残な姿でテーブルに繋がれていた。

 焦点が合わない目で、俺を見てくる。

 なぜこんなことになってしまったんだ?

 俺が現れることを想定していたかのように表れた祥希を、力任せで殴る。

 痛みが脳まで痺れさせる。でももうどうでもよかった俺は、もう一発祥希の顔面に命中させていた。

 俺はバカだ。

 あれほど心に決めていたのに。

 彩夢を椎野木に託した俺は、まさかの出来事に目をひん剥かせる。 

 何なん? 

 俺は首元に強い衝撃を覚え、その場に膝を崩し落ちる。

 そして、意識を取り戻した俺は、すべてを悟った。これも、因果応報ってやつか……。と。

 


 「書類、読まれていらっしゃらないようですね」

 鬼頭と名乗る弁護士にそう言われ、俺は無理やり持たされた書類を思い出す。敵になっても、味方になる相手ではないのは、確かである。顔を顰める俺を見て、鬼頭の口元がわずかに緩む。

 「誤解なさらないで欲しい。我々はあなたの味方です。決して不利な立場にさせないことを、ここでお約束いたします。わたくし共としては、彩夢様を救って差し上げたい。それにはあなた様の力をお借りせねばなりません。どうか、事が済むまで、何も語らずいては頂けないでしょうか。以前の私をした書類にも記載しておりますように、わたくし共は、比嘉晟也さん、あなたをいかなる場合でも全面的にサポートをさせて頂きます。ですから」

 気が抜けて、俺はつい笑ってしまう。

 「あんたらバカなの? 俺の経歴、調べたんだろ?」

 「調べさせていただいた上で、お願いしております。彩夢様を助けられるのは、比嘉晟也様、残念ですがあなた様以外、居ないのです」

 鬼頭に懇々と諭され、俺は渋々承諾をさせられてしまう。

 


 彩夢は被告席に座る俺を、まるで汚いものを見るかのような目で見てくる。

 一刻を争う。という鬼頭の言葉も、まんざら大袈裟ではなかった。それほど彩夢の風貌は変わり果ててしまっていた。


 事件が起きたのは、二回目の公判が済んですぐのことだった。

 俺はいきなり不起訴処分を言い渡され、自由の身になる。

 そんな俺を待ち構えていたのは、二度と顔を合わすことなどない、そう思っていた男、椎野木だった。

 緊張した面持ちで頭を下げる椎野木を無視して、俺は素通りして行く。

 「ほんの少しだけ、私の話を聞いていただけませんか。お怒りなのは重々承知しております。ですがこれだけは、どうしてもお願いをしたくて参りました」

 もうたくさんだった。

 聞く耳を持たない俺に、椎野木は必死で話し掛けてくる。

 「自分はもうすぐ捕まる。その前に、これをあなたに託したい」

 前に立ちはだかった椎野木の手に、航空券らしきものが握られていた。

 無理やり渡そうとする椎野木の手を、俺は振り払う。

 「どうかこれを使って、彩夢様を幸せにして欲しい」

 俺は正直参った。

 口をそろえて、どいつもこいつも彩夢を守って欲しい。と言いやがる。俺はそんな人間ではないのに……。


 数日後、ニュース速報が入り、鬼頭の話と椎野木のことがが合致する。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=58318851&si
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ