番外編 暮れる②
いつからだろう?
壊れそうになりながら、けなげに生きる彩夢を目で追うようになったのは。
育ちが良いのは、立ち振る舞いで、バレバレである。そんな彩夢が俺に興味を持ったのはおそらく、物珍しさからだろう。
俺に、うつつを抜かしている時間はない。今度の試合に勝てば、俺はワンランク上の男になれる。
本当にこいつは……。
昨日まであんなにべたべたしてきていたのによ、今日は目も合わせようとはしない。見てて飽きない女だ。
ある日、彩夢が豪華なアクセサリーをしてきて、坂東が大騒ぎをしているのを、耳にする。
男の一人ぐらい、いてもおかしくない顔立ちである。俺には関係ない話のはずなのに、坂東の問い詰めが、やたら耳に入ってくる。
別に、気にしているつもりはなかった。
その相手と、結婚する。そう聞こえてきた瞬間、俺の胸に何かが突き刺さる。
この痛みは何だ?
理解されないまま、彩夢の態度が素っ気ないものへと変わる。
俺は肩で息をつく。
何を気にしているんだ。もう一人の自分の問いかけに、俺は大きく被りを振る。
意味不明。
彩夢に付きまとう言葉である。
ランニング途中、暗がりに人影を見つけた俺は。ギョッとする。
どこから見ても、ただ事ではない様子を、醸し出していた。
近づいてみると、それが彩夢であることがわかり、俺は二度びっくりさせられる。
俺の顔を見るなり、必死で言い訳をする彩夢。
何があったのかなんて、俺はどうでもよかった。
容姿は乱れ、靴を履いていない足から、血がにじみ出ていた。
それは無条件だった。
騒ぐ彩夢を強引に背負い、俺は歩き出す。
汗まみれの俺の背中に、彩夢はそっと身を任せてくる。
話すことなど、何もない。
只管に歩く俺に、彩夢がポツリ囁く。
まずいな。と俺は思った。
まさかなとも思う。
そんなこと、あってはならない。ならないのだ。
夜風に吹かれ、俺は彩夢の温まりを感じながら、自分に言い聞かせる。
俺はこの女にふさわしくない男。関わってはならない。と。
それがどういうことだ。
彩夢は、俺にどこか遠くへ連れて行ってほしいと、願う。
その切実な願いを、俺は軽くあしらう。
今まで、俺はまともな人生を歩んでこなかった。
声を震わせ、それでも食い下がる彩夢を、俺はまともに見ることが出来ずにいた。
しかし、事態が大きく一変する。
見知らぬ男が、玄関に立っていた。
彩夢は怯えた目で、そいつを見ていた。
なんとなくだが、俺はそこで察した。
男に言われるまま、部屋を出て行こうとする彩夢の手を、俺は無意識のまま掴む。
俺は、祥希と名乗る男から、自分と同じ匂いをかぎ取っていた。
それからのことは、よく覚えていない。
必死で彩夢を祥希の手から引き離し、俺は無謀な攻防戦へと踏み切った。
玄関先に吊るしてあった傘を、祥希がものすごい形相で俺に向かって振り下ろす。
鈍い痛みが、体中に走る。
それでも、俺はこの場所から退くわけにはいかなかった。
どのくらいの時間がたったのだろう。
祥希の背後から、もう一人男が現れ、警察だ。と肩を掴んで辞めさせる。
確かに、サイレンの音が近づいてきていた。
祥希は男に促されるまま、バタバタと逃げ帰って行く。
何て夜だ。
ドアにもたれ、俺は空を見上げる。
また一からやり直しだ。
血が目に染みた。
なぜだか、その時の俺に、後悔など微塵もなかった。




