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エピローグ⑧

 「これで、すべての手続きが終了になります。彩夢様、本当にこれでよろしかったのですか?」

 「ええ。わたくしに後悔はなくってよ」

 そう言うと、彩夢はボストンバッグ一つだけ持って、鬼頭の事務所を後にする。

 先の事は分からないが、清々しい気持ちだった。そんな綾夢を待ち構えて居たかのように、タクシーの運転手が、深々と頭を下げる。

 一瞬驚きはしたものの、彩夢は運転手へ向かって歩いて行く。

 「彩夢様、お久しぶりです」

 顔を上げた運転手が、帽子を外す。

 「椎野木、矢張りあなただったのですね」

 無条件でドアが開かれる。懐かしいその仕草に、彩夢は目を細める。

 「彩夢様、お乗りください」

 「椎野木、お気持ちだけで充分よ」

 「あの日」

 素通りしようとした彩夢は、思わず振り返る。

 「比嘉様は、彩夢様のためにも、思い出は作らない。とおっしゃっていました。しかし、それは自分のためでもあったのだと、確信しました」

 彩夢を家まで送り届けた晟也は、しばらく動けずにいた。

 声を掛ける椎野木に、肩を竦め、「こんなもんでしょ。俺の人生なんて」

 明かりがついた彩夢の部屋を見詰め乍ら、そう呟いたその声はわずかに震えていた。

 もう一度、椎野木に目配せをされ、彩夢はフッと肩の力を落とす。

 

 晟也の目は、彩夢が思っているよりだいぶ前から、悪くなり始めていた。その原因は、あの忌まわしい出来事なのは、椎野木が語らずとしても、容易に想像が出来た。思い返せば、ところどころ説明が付く。彩夢は、鹿磯が言う通りだ。と思う。

綾夢は見慣れた景色と別れを告げるかのように、車窓に向けていた目を、そっと伏せる。

申しわけなくて、こんな自分が生きていていいものか、何度も悩んだ。と結ぶ椎野木に、彩夢は静かに微笑む。

「椎野木、あなたがいてくれたから、いつでもわたくしの味方でいて下さったから、わたくしは今もこうして、生きてこられたのですわ」

 心が荒み、すべてをあきらめようとしていた彩夢のそばにいて、いつでも見守っていたのは、紛れもなく、椎野木だった。

 「勿体ないお言葉です」

 椎野木が声を殺し、泣く。


 陽だまりに揺れるひなげしを見た時、彩夢の目から涙が溢れた。

 それは冷ややかな目を向けられた時。それは、真剣な顔で叱られた時。それは……。忘れようとしても、消えてくれない沢山の晟也が、彩夢の心を埋め尽くしてしまうのである。誰も、晟也の代わりなど、出来ないのは、知っていたのに……。

 「もし罪を問うのなら、わたくしも同罪ですわ」

 手を振り払われた時の、難波の顔が、彩夢の頭から離れないのも事実。

 「それでも、わたくしは彼とともに、生きて行きたい」

 「彩夢様、お強くなられましたね」

 椎野木からの餞の言葉に、屈託のない笑顔で彩夢は会釈すると、迷うことなく雑居ビルの中へと消えて行く。


 「馬場ちゃんお帰り。ちょうど良かった。チェック頼めるか?」

 座ったまま言う晟也に向かって、彩夢はまっすぐ進んで行く。

 「ダーリン、見つけた」

 その声に驚いた晟也が、目を凝らし、彩夢の姿を探す。

 「わたくしを甘く見ないで。って申し上げましたでしょ」

 慌てて立ち上がった晟也は、嫌っていうほど、近くにあったゴミ箱へ足をぶつけてしまう。

 「ここはあんたが来る場所じゃねぇ、帰れ」

 脛を摩りながら言う晟也の言葉など、聞き入れるつもりなど、さらさらない彩夢である。

 「来るな」

 ぼんやりと見える輪郭に近づいてこられ、晟也が喚く。

 「まぁ大変。血が出てますわ。手当を」

 怯むことなく、彩夢は晟也の手をどかし足の手当てを始める。

 「こんなことしてくれなくていいから、帰れ」 

 「帰えれません」

 きっぱり言う彩夢に、晟也が目を瞠る。

 「何で分からないんだよ。俺とあんたの住む世界は、違うんだ」

 「あら。何が違っていて? ここは日本ですわよ。大きく区分けをすれば、同じ地球人ですわよね。それに、わたくし、帰れと言われましても、帰る場所がなくってよ」

 あっけらかんと言う彩夢を無視して、晟也は携帯を取り出す。

 「無駄ですわ」

 その言葉の意味を、繰り返し流れてくるアナウンスで知った晟也は目を見開き、彩夢の顔を改めてみる。

 「もう西園寺家とは、無縁ですわ」

 「は?」

 「あなたがおっしゃったのですよ。お忘れになったの?」

 彩夢は晟也の胸ぐらを掴む。

 「自分のために生きろって、仰ったじゃありませんか。わたくしが息が出来るのは、あなたのそばだけですわ。何度逃げたって、わたくしは、あなたを探し当てる自信があってよ」

 彩夢の迫力に押され、晟也は手で目を覆うように、俯く。

 「ったく、おまえって、どうしようもないバカだな」

 クスクス笑い始める彩夢に、晟也は思わず顔を上げる。

 「わたくし、あなたの目になってさしあげてよ」

 まっすぐ見つめてくる彩夢から、晟也は目を反らすことが出来ずにいた。

 「どれだけ俺が、我慢しているのか、あんた、知らないだろ?」

 晟也は彩夢を抱きしめる。

 「わたくしの勝ちですわね」

 わずかに震えるその唇を、晟也はそっと塞ぐ。


 苦々しい顔をする晟也に、彩夢は教えてあげたい。まだ震えてしまう、自分のためにも。

 ひなげしにいくつもの呼び名があること。そしてそれにまつわる由来を。愛は麻薬。時には人を狂わせてしまう。それでも求めてしまうのは、愛がなくては、人は生きていけないから。それは、晟也も同じはず。自分たちが、似た者同士であること。忘れようとしても、消えない想いがあることを。どんな時でも、心の支えは何時でも晟也だったことを。自分も、晟也にとって、そうでありたいと願い、泣いて眠れなかった夜があったことを。

 そっと額を胸に寄せる彩夢に、晟也は苦笑いをする。

 「参ったな。俺がまさか、あんた如きにKO負けするとはな」

 そんな思いで植えた種が、今では庭を埋め尽くし、色鮮やかに咲き誇って、美しいことを。ゆっくりゆっくり時間を掛けて。

 


 【FIN.】

ややこしい話ですいません。

とっ散らかっていて、分かりにくいかもしれませんね。

突っ込みどころ満載ですよね。これが私の実力なので、そこは突っ込まないで上げてください。と言い訳をしつつ……。

脱字誤字だらけの駄文にお付き合いいただき、ありがとうございます。

心から感謝を込めて、この物語を結ぼうと思います。

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