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第一章 希望を胸に⑤

 ――そして一週間が過ぎていた。


 すっかり仕事を把握してしまった彩夢を横目に、岡部が溜息を吐く。

 運ばれてくる荷物は、輸入物も少なくない。

 積み上げられた荷物を一つずつ確認する彩夢は、ふと視線を感じ目を上げると、岡部が分かりやすく目を反らす。

 笑ってはいけないと思いつつも、彩夢はつい顔を綻ばしてしまう。

 「何がおかしいのよ」

 春の日差しが眩しく、彩夢は目を細め、岡部を見る。

 「いいえ、何度もございませんわ」

 「変な子ね」

 首を竦めながら言う岡部に、どうしても顔がにやけてしまう彩夢である。

 初日、どうしてあそこまでわだかまってしまったのか、未だに分からないが、それでも少しずつだが、距離は縮まってきているのは確かだった。源次郎が何を考えているのか、そんなものどうでも良く思える程、綾夢にとって充実した日々を送れているのだ。不服はなかった。やるべきことは、ただ一つ。ここで成果を上げる。それだけである。その手応えは、感じている。この岡部でさえ、癖は強いものの、ここでは唯一の正社員である。桑井がここへ配置してくれたのも、そう言ったことを考慮してくれたからだろう。そう思うと、益々やる気が出る綾夢だった。

 強いて言うなら、綾夢は遠目で、フォークリフトを操る晟也を見る。

 今まで味わったことがないほど、屈辱な態度を取り続ける晟也を、綾夢はどうしても、許せずにいた。

 あいつはそういう奴。放って置けばいい。とみんなが口を揃えるが……。

 

 「……また見ている」

 ふいに耳へ入ってきた声に、綾夢は飛び上がる。

 「そんな驚かなくっても、良くない?」

 咄嗟に言い訳が思いつかない彩夢は、笑って誤魔化す。

 「まぁいいや。そこはもういいから、伝票整理お願い」

 「畏まりました」

 硬い挨拶をされ、岡部は苦笑いで首を振る。

 「あんたのそういうとこ、ついて行けんわ。ねえ一つ聞いてもいい? どうして五十嵐さんみたいな優秀な人が、うちみたいなとこへ研修に来たわけ? 何か訳あり?」

 もののついでに聞かれ、彩夢は返答に困る。

 「それは、わたくしにも分りかねます」

 ドアを開けてくれた岡部に先を譲られ、彩夢は頭を下げながら答える。

 「そうよね。でも本当不思議。あたし8年もここで働いているけど、今まで本社の人間が、派遣されてきたことなんて一度もなかったし、それどころか、まるで無関係だとばかり思っていた。それが今になって、おかしくない? しかも英語も出来て、フランス語とかも出来るような人をさ、寄越すなんて。何かあるとしか思えない」

 片手間に聞いてくる岡部に、彩夢はどう答えて良いのか分からずにいた。

 「ねぇ本当は何かあるんでしょ。隠さずに教えてよ」

 何か知っているのでは、と一瞬、彩夢の脳裏を掠めて行く。

 だがそれは牽制に過ぎないことはすぐに分かった。

 頬杖を突き岡部にじっと見詰められ、彩夢は言葉に困る。

 「それって、本物のダイヤだよね?」

 何を思ったか、急に話題を変えられ、彩夢は慌てて胸元を手で隠す。

 その反応を見て、岡部が意地悪く笑って聞いてくる。

 「それって、彼からの贈り物だったりして」

 「いいえ違いますわ。これは父からいただいたもので」

 「別に良いじゃん隠さなくても。五十嵐さん頭が良いし、顔だって悪くないから、さぞかしモテモテでしょうよ」

 少しだけひにくめが込められた岡部の言葉に、綾夢は手に汗を握る。折角、良い関係を築けそうなのに、こんなことで台無しにしては、元も子もない。

 「そんなことありませんわ」

 身を乗り出すように言う綾夢に、岡部は意地悪く続ける。

 「そういう相手がいるなら、比嘉になんかに、見とれていちゃダメじゃない」

 「ですから、それは誤解と申し上げているじゃありませんか」

 「ムキになっちゃって、かわいい」

 「もう、勝手になさって」

 「おう。岡ちゃん新人いじめかい?」

 急に話に割り込まれて、二人同時に振り返る。

 浅黒い顔をくちゃっと縮め笑う木庭が、軽く手を上げて見せる。

 「木庭ちゃん、人聞きの悪い言い方しないでよ」

 初めて見る顔だった。

 「この人は」

 木庭の顔を見た岡部が、ニッと笑う。

「紹介するまでもないわね。ショッチュウ所長に会いにお茶詩に来るけど、相手にしなくっていいから」

 「酷い言われ方だな。あんただろ、本社から研修に来たって子は」

 「はい。五十嵐彩夢と申します」

 「俺は木庭。木庭ちゃんでいいからね。彩夢ちゃんなら特別セイさんって呼んでもいいぞ。俺は大歓迎だ」

 「ここは飲み屋か。それに同じせいはせいでも違う方の名前を呼びたいよね」

 「だからその話はもう」

 岡部に冷やかされ、彩夢の顔は真っ赤になる。

 「その初々しさいいね。岡ちゃんとはまるで大違い」

 親しみなのか、馴れ馴れしいのか、とらえようのない笑みで手を差し出された彩夢はぎこちなく手を握り返す。

 「ちょっと木庭ちゃん、若い子が入ったからって鼻の下を伸ばし過ぎ。五十嵐さんも気をつけなきゃだめよ。ここは優しくするとすぐに突け上がる連中ばかりなんだから。ほら木庭ちゃんも用事がないなら行った行った」

 「岡ちゃんの言うこと鵜呑みにしちゃならんよ。孤独のドライバーたちのお愛想さ。悪気はない。優しくしてやってよ。根は良い奴らばかりだからさ」

 「まだ言うか。五十嵐さん騙されちゃダメよ。もう行って。仕事の邪魔よ」

 岡部に手払いをされ、木庭が首を縮め、部屋から出て行くのを、彩夢はほのぼのとした気持ちで眺めていた。


 岡部に言われるまでもなく、彩夢も同様のことを思っていた。

 源次郎が何をもってここへ寄越したのか、その真意は分からないが、全力を尽くすまで。

 必ず成果を出して見せる。

 何となくうまくいく予感がする彩夢だった。


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