エピローグ②
彩夢は苛立ちを覚えながら、電車を待っていた。
「どうかした。さっきからずっと黙り込んどるけど。イメージと違うて幻滅してしもうたやこー。まぁおおよそこねーなんじゃろ。あまり気にせん方がええ。わし、飯が上手え店検索してあるけぇ、これからそけー行ってみねえ。何ならわし、奢るけど」
静雄に顔を覗き込まれた彩夢が、フッと笑みを零す。
「生意気言っちゃって。今日はつきあってくれて、ありがとうございました」
気を取り直した彩夢は礼を言う。
「どういたしまして。彩夢さんの頼みならわし、何でも聞くけぇ、何でも言いんせー」
今まで見た中で一番をつけたいくらい眩しい笑顔を見せる彩夢に、静雄の顔が真っ赤になる。
「静雄君かわいい。わたくし惚れてしまいそうですわ」
真顔になった静雄にまっすぐな目で見られても、それが何を意味しているのか、全く気が付いていない彩夢は、鳴りだした電話にあっさり出てしまっていた。
さっきの電話で、難波に話しそびれてしまったことで、頭の中がいっぱいだった彩夢は、静雄が面白くなさそうにしていることに、まるで気が付いていなかった。漸くそれに気が付いたのは、二駅が過ぎたころである。一つだけ空いた席に彩夢を座らせ、前に立つと、思いがけないことを口にする静雄の顔を、まじまじと見る。
「わしが思うに、エスさんと鹿磯さんてできとる思う」
あまりの唐突な発言に、彩夢は目を瞬かせる。
「まぁどうしてそんなこと、おっしゃるの? あまり知りもせず誹謗するようなこと、おっしゃらない方がよろしくってよ」
「そうだけど。けどありゃ絶対怪しい。ずっと躰擦り付けて、わしらがおっても、止みょうとせなんだしさ。それに彩夢さんみてーなきれいな人が目のめーに現れても、反応が薄かったしさ。あの二人、出来とるんじゃねえかな。芸能人って、そねーな人が多いいって聞くしさ。エスさんなんて、まるで興味なさそうじゃったし。ファン、もう止そうかな」
「物事を憶測で言うものではありませんわ。もしそうだとしても、何がいけませんの? アメリカにいた時、そういう方々が大勢いましたけど、どなたも気さくで大変優しい方ばかりでしたわ」
「わしゃ別に人格を否定しとるわけじゃねえ。ただそう思うたけぇ感想を述べただけで、もうええ。何も話さん}
不機嫌になる静雄に、彩夢はつい笑ってしまう。
しかし、その胸の内は穏やかではなかった。
「彩夢さん?」
物思いに耽ることが増えた彩夢を、難波が心配そうに顔を覗き込む。
「何のお話でしたかしら。わたくしボーっとしてしまって」
「でーぶ良うなったたぁいえ、人ごみはきつかったのじゃねえか」
慌ててその場を繕うように、、彩夢は笑みを作る。
不機嫌な静雄は待ち構えていた難波をひと睨みすると、さっさと自分の部屋へ帰ってしまい、彩夢に至っては、何を聞いても上の空で、まるで話にならなかった。それは、帰って来てからもそれは続いていた。
「そうですわね。確かに疲れましたわ。でも、充実した時間でしたわ」
旅行から帰って来て、二週間が過ぎようとしていた。
「その言葉を信じて、わしと今度の週末、遠出してみんか?」
キャンドルライトに照らされた難波の顔は、まじめそのもので、彩夢は戸惑う。
「ごめんなさい」
まともに顔を見るのが、辛かった。でも言わなければ。一度伏せてしまった眼を上げる彩夢に、難波は何かを感じたらしく、慌てふためく。
「ええええ。ちいと言ってみただけじゃけぇ気にしなんな。けど是非機会があったら。彩夢さんを連れて行きてー場所があるんじゃ」
ずるずると時間だけが過ぎて行ってしまうのが、心苦しい彩夢である。
「征四郎さん」
こんな優しい人をいつまでも待たせてはいけない。
「今日は疲れましたね。彩夢さん、明日は夜勤ですよね。早く帰られた方が良い」
「征四郎さん、お話が」
「さお腹もいっぺーになったし、そろそろ帰るとするか」
「征四郎さん」
「そうそう。無理に引率なんか頼んで、わりかった。近々、院長先生にもお礼を言いに行く。と伝えてつかぁせぇ」
「征四郎さん。わたくしのお話を聞いてください」
「じゃけぇ今日は疲れとるけぇ、また今度にしようっ言よーるが」
大声を出され肩をビクつかせる彩夢に、難波はハッと我に返る。
「大声を出してしもうてわりい。ほんまに疲れとるんじゃ。お話は今度ゆっくりしよう」
それからの難波は、彩夢に話しをする隙を与えないように、停まっていたタクシーへ押し込める。
「征四郎さん」
難波ににこやかに手を振られ、彩夢は何も言えなくなる。
「どちらまで」
運転手に聞かれ、彩夢はため息交じりで、適当にその辺を流すよう頼む。
流れる景色へ目をやる。
不思議なくらい、心にはまる景色だった。
礼を言って降りる彩夢に、サービスで配っていると言う飴玉を差し出され、彩夢は胸につっかえていたものがこみ上げてくる。




