第十章 消えない想い④
すっかり翳ってしまい、寒さで彩夢は身を震わせ目を覚ますと、晟也も寝てしまっていることに、笑みを零す。
彩夢は怖いくらい幸せだった。
夢ではないかと、そっと手を伸ばす。
触れた頬の冷たさに、彩夢は目を瞠る。
「バカね」
彩夢は泣きそうだった。
「ダーリン起きて。こんな場所で寝ていたら、風邪を引いてしまいますわ。ダーリン」
いきなり目を開けた晟也が、彩夢を抱きしめる。
予想外の晟也の行動に、彩夢は小さな悲鳴を上げる。
「やっと起きたか、バカ目」
「わたくし、バカじゃなくってよ。ダーリンこそおバカさんなんだから。こんなに冷たくなっちゃって、起こせば良かったのに」
声を弾ませながら言う彩夢を押しのけ、晟也は伸びをしながら立ち上がる。
「うっせぇ。今何時だ?」
「もすぐ三時ですわ」
それを聞いた途端、慌てて戻って行く晟也を、彩夢は呼び止める。
「ダーリン、今晩、何をお食べになります」
「何でもいいよ。それより躰が冷えちまっているだろうから、早く中へ入れ」
振り向きざまに言う晟也に、彩夢は嬉しそうに頷く。
「時間よ止まれ。なんてな」
柏木に冷やかされ、晟也は照れ笑いをする。
フォークリフトを回すと、彩夢が嬉しそうに倉庫の中へ入って行くのが見えた。
なんて幸せそうな顔をしているんだよ。
晟也は心の中で、舌打ちをする。
「良いじゃありませんか。恋くらいしたって。君にも、その権利はありますよ」
桑井の言葉が、ゆっくり晟也の中で溶けて行く。
あんなことくらいで、はしゃぎやがって。
保科たちに報告するその姿が、目に浮かぶようだった。多分あの調子だと、一晩中、喋り通され、寝かせて貰えないのだろう。そう考えただけで、口元が緩んでしまう自分に、晟也はふと気が付く。
「なんだかなぁ」
認めざるを得ないことは、晟也とて分かっていた。
「思いは叶うものなのね」
そう言うと彩夢は、以前凛子がそうしていたように、二人で選んだ食材を晟也の持つカゴへ入れて行く。
彩夢が渡米している間に、晟也は自転車を処分してしまっていた。
「歩くのも、悪くありませんね」
ポケットに手を突っ込む腕にそっと手を添える彩夢を、晟也は拒まなくなっていた。
それが嬉しくて、お喋りが止まらなくなる。
晟也が急に足を止める。どうしたのかと、彩夢はそっと晟也の顔を覗く。
「少し寄って行くか?」
ぼそっと言う晟也に、彩夢は大きく頷く。
二人して、ベンチに腰掛ける。
何があるわけではない。しかしみるものすべてが、今の彩夢には輝いて見えた。
「雪が降りそうですわね」
空を見上げながら言う彩夢につられ、晟也も背中をベンチに預ける。
「どっか、二人で遊びに行くか?」
彩夢は自分の耳を疑った。
「ダーリン、今、何て仰りました?」
「嫌ならいい」
晟也は、彩夢の髪をくしゃくしゃにしなながら言う。
どんよりとした空が広がっていた。
彩夢は返事の代わりに、冷えてしまった手を晟也の頬へ押し当てる。
「つめてぇ」
逃げようとする晟也に、彩夢は笑いながら止めようとはしなかった。
「だよ」
「お返しですわ」
「止めろよ」
きつい言い方をされ、彩夢はハッとする。
元通りになってしまった横顔に、彩夢ははしゃぎ過ぎたことを反省する。
「隙有り」
晟也がいきなり彩夢を引き寄せる。
「まじ、デートするか?」
しばし彩夢は晟也の顔を見詰めてしまっていた。
「嫌ならいいけど」
彩夢は慌てて、首を振る。
「行きたい。デートしたいです」
「どこへ行くかな? 俺、そういうの得意じゃないから、お前が決めていいぞ。ただし、俺が奢れる範囲でな」
「奢るだなんて、そんなこととんでもございませんわ。わたくしがお出ししますわ」
「俺にだって、男のプライドがある。俺の言うことが聞けないなら、この話はおじゃんだ」
「そんなのあんまりですわ」
「だったら良いんだな、俺の奢りで」
彩夢はそっと目を瞑る。
晟也は寸前まで顔を近づけ、そっぽを向いてしまう。
「さみぃ。帰るぞ」
立ち上がった晟也の腕に、彩夢もぶら下がるように立ち上がる。
「どんなリクエストにも、その日は応えて下さるって、約束してくださいますか?」
「何なりとお申し付けくださいませお嬢様。このわたくし比嘉晟也、全身全霊を捧げる所存でございます。但し、それには条件がある」
彩夢は晟也の瞳を覗き込む。
そんな彩夢を晟也は小突く。
「心配するな。行き成り同棲じゃなく、そこらへんの奴らみたいなこと、俺はしたい」
「でも」
「嫌なら、俺はお前と一生、デートはしない。部屋に来るのもNGだ」
はい。と答えるしか選択肢を残されていない彩夢は、唇を噛む。
歩きなら晟也は梶山に電話を掛ける。
簡単に話は済み、心配げに見上げる彩夢を晟也が見詰め返す。
「すぐに迎えが来る。部屋で待とう」
「見て雪」
彩夢の伸ばした手の中へ、雪が落ちては解けて行く。
「どおりで寒いわけね」
そっと寄り添うその躰は熱く、小刻みに震えていた。
旅行の疲れと、うたたねをしてしまったのが原因だろう。それに……。




