第九章 追憶の果て⑨
二人で帰って来たのを見つけ、凛子が部屋まで追いかけて来ていた。
「ちょっと、迷惑女が何で一緒なの?」
こうなることは薄々感付いていたが、どうすることも出来ず、ただひたすら苦笑いをする晟也である。
「あなたこそ。このような場所まで、何なの?」
「良いから」
こういうことか。妙に納得させらえた晟也がいきり立つ二人の間に割って入る。
というのも来る道中、彩夢は並々ならぬ決心を聞かせていた。
「わたくし、強くなりますわ。そして、ダーリンをお守りいたします」
風にかき消され、聞き取り切れないほどの小さな声ではあったのだが……。
「せいちゃん、どういうことか説明をしてよ」
鼻息荒く晟也の腕を掴む凛子の手を、彩夢が払う。
「何するのよ」
「軽々しく、お障りにならないで」
つい笑いそうになるのを、晟也は必死に堪える。
「何でそんなこと、あんたに言われなきゃならんのよ」
今にも掴み掛ってきそうな勢いで言う凛子の、首根っこを晟也が掴む。
「放して、せいちゃん。こういう女には、はっきり言ってやんないとダメなんだから」
「まぁはしたない。あなたこそ、身なりをお整え下さいませ。男性の前でお恥ずかしくないの?」
「お前ら、いい加減にしろ」
喧々囂々の女の戦いに口を出すのは躊躇われたが、このままではらちが明かないと、重い口を開いたのだが、それがさらに二人を焚き付けてしまうとは……。
「何だよその顔?」
「この浮気者」
「浮気って、凛子お前な」
「せいちゃんは甘いよ。この女のせいでさ、どれだけ迷惑を被ったと思うのよ。本当なら今頃」
「凛子」
晟也には珍しく大声を張り上げられ、凛子は出かかった言葉を飲み込む。
「今日は、練習を休むから。そう親父さんに伝えておいてくれ」
「それ、本気で言っている? せいちゃんこの女と会ってから、おかしいよ。どうしちゃったの?」
「俺はどうもしない。今日、予備校へ行く日だろ」
「こんな気持ちで、勉強なんて頭に入らないよ。せいちゃん、目を覚まして。練習を休んでいる場合じゃないじゃん。今だってギリギリなのに」
目を赤くして訴える凛子に、晟也は頭を掻く。
「分かった。練習は休まない。ただ」
晟也はちらっと彩夢を見る。
「用事を片付けてから行くから、遅くなるって言っといてくれ」
「遅れるって? ダーリン、今日、何かご予定が入っておりましたの?」
「だ、ダーリンですって」
「凛子、頼むから帰ってくれ」
晟也に無理やり踵を返させられても、凛子の抵抗は必死で続けられていた。
「あんた、これで勝ったなんて思わないでよ。せいちゃんは絶対渡さないからね」
「嫌ですわ。お下品ね。レディが公共の場でお騒ぎになるなんて、はしたないとお思いにならないの? そんな方がダーリンと釣り合うはずがございませんわ。こんな方など放っときましょう。さぁ中へ」
それは彩夢にとって、奇跡だった。
腕を回され晟也は驚きのまま、彩夢を見る。その光景は、凛子の目には見詰め合う二人に見えていた。
「行き成り横から出て来て、何よ。泥棒猫」
「凛子、もう止せ」
晟也に再び首根っこを掴まれ、凛子の目から涙が零れ落ちる。
「どうして? どうしてよ。おかしいじゃん。全部この女のせいじゃん」
「凛子」
手を振り解かれ、駆け出す凜子を追いかけようとした時だった。驚きのまま、晟也は振り返る。
晟也の腕を、無意識のまま、彩夢は強く握りしめていた。
「……行かないで」
声にならない声で言う彩夢に、晟也は嘆息を吐く。
「わりぃ。心配だから、あいつを家まで送って来るわ」
彩夢は無我夢中で首を振る。その手は力を込められたままだった。
「大丈夫だ。あいつとは何でもない。俺の恩人の娘さんに、何かあっては困るから」
そう言われても、彩夢は手を緩めようとしなかった。
「ったく。心配するな。俺を信じろ。ほら家の鍵だ。先に入って待っていろ」
そっと手が振り解かれ、走って行く晟也の背中から、目を話すことが出来ない彩夢である。
「梶山、出ていらっしゃい」
物陰から姿を現す梶山に、彩夢はフッと笑みを零す。
「わたくし決めましたわ。誰が何を言おうとも、比嘉晟也さんと苦楽を共に致しますことを、ここにお誓いしますわ」
「畏まりました。ではそう急にお支度の方、させて頂きます」
反論することなく、深々と頭を下げる梶山に、彩夢はホッと胸をなで下ろす。
「よろしく頼みます」
彩夢に押し切られる形で、二人の生活が始まるのだった。




