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第九章  追憶の果て⑧

 こんな日を迎えられるなど、思いもしなかった彩夢は始終ご機嫌で、晟也の定位置の倉庫脇に本格的なテラスまで設置させてしまっていた。

 誰でもお使いになってよろしくってよ。にこやかに言う彩夢に対し、誰もが苦笑して、近寄ろうとはしない。

 みなさん、ご遠慮なさらなくてもよろしいのにね。そう言って微笑みかけられても、彩夢の魂胆は見え見えである。

 できれば晟也もご遠慮したいとこなのだが、保科たちがそれを許さなかった。


 せっせと並べて行く弁当を見て、何人前あるんだ。と晟也は顔を顰める。

 「はい。ダーリンあ~ん」

 満面の笑みで、頻りに料理を口へ運んでくるのである。

 「寄越せ」

 箸を奪い、乱暴に鶏肉を放り込む仕草さえ、喜びとして変えてしまう彩夢ではあるが、テーブルがあるのにも拘らず、二人を挟むように弁当は広げられていた。

 「折角、食べさせて差し上げようと思いましたのに」

 「余計なお世話だ」

 「またそんなことを仰って。全然、箸が進んでおりませんことよ」

 「うっせぇなぁ」

 「そんなはしたないお言葉、お使いにならないの。こちらをどうぞ。はい、あ~ん」

 何だかんだ文句を言いつつも、こうして付き合ってくれている晟也のためにも、彩夢は自分が抱えている問題を、克服したい。と思った。

 行動あるのみ。

 そう自分に言い聞かせ、彩夢はなみなみならない決意をして、今朝家を出てきたのである。

 職場復帰して一週間。

 清江の言いつけを守って送り迎えをする梶山の車に乗ったが、終業間際、彩夢は計画を決行するため、管理室を後にする。

 晟也となら、大丈夫。

 首を伸ばすと、門扉の前にはもう梶山が待ち構えていた。

 彩夢は素早く倉庫へ、入って行く。

 晟也が中にいるのは、確認済みである。あとは居場所を特定するのみ。

 探すことなく、その姿はすぐに見つかった。

 彩夢は大きく深呼吸をして、自分に弾みをつける。

 迷ってはダメ。

 自分に言い聞かせ、彩夢は有無なしに晟也の腕を取り、裏口へとまっしぐらに進んで行く。

 実行するまで、自分がこんな大胆な真似が出来るとは、思いもしなかった。内心では冷や冷やしていたのだが、荷物が乱雑に置かれた道を何とか通り抜け、表へと出た彩夢は満面の笑みで晟也を見る。

 「ダーリン、わたくし、ついにやってやりましたわ」

 晟也に、もっと抵抗されると思ったが、何となく気持ちが通じ合った気がして、それがまた嬉しくて、彩夢は声を弾ませる。

 晟也に手を振り解かれても、達成感に満ち溢れた彩夢には、恐れるものなど、何一つないと思えてきて、仕方なかった。

 「さ、参りましょう」

 「参るって」

 「つべこべ言わず、行くわよ」

 強引に晟也の腕を引く。

 「お前、何を考えている」

 「ね、今夜、何を食べましょう」

 掴みかけた腕を取り損ねてしまったことは、敗因だった。

 「あのなぁ」

 満ち溢れていた自身が、一気に失せて行ってしまった彩夢は、目を伏せる。

 晟也となら……晟也となら……。

 頭の中で繰り返す言葉を、彩夢は噛みしめる。

 ふわっと頭に手が乗せられ、彩夢は思わず上目遣いで晟也を見る。

 「焦るな。ゆっくりで良いんじゃねぇの」

 彩夢の目から、大粒の涙が零れ落ちる。

 「でも」

 「あんたが思っている以上に、あんたを気に掛けてくれている人が、大勢いることを、忘れちゃダメだろ」

 晟也の手で向きを変えさせら、彩夢は咽び泣く。

 もう二度と立ち直れない気がして、それが悔しくて悲しくて、涙が取り留めなく流れ落ちて行く。

 背中越しに、晟也に嘆息を吐かれ、それが決定打になり、彩夢を絶望の淵へと追いやる。

 振り返るのが怖かった。

 何も言わず、晟也が彩夢の横をすり抜けて行く。

 恐らく、自分に手が負えないから、連れて帰るよう、告げに言ったのだろう。矢張り、穢れてしまった自分など、受け入れてはもらえないのだ。そう思った矢先、一言二言、梶山と会話を済ませた晟也が自転車に乗って、彩夢の元へ戻ってくる。

 「行くぞ」

 不愛想に言う晟也の顔を、信じがたい目で、彩夢は見続ける。

 「行かないなら」

 チラッと梶山の方を見る晟也の腕を掴み、彩夢は無我夢中で首を振る。

 そんな彩夢を見て、晟也がフッと口元を緩ます。

 「今日だけだぞ。但し、条件付きだ。あとで梶山さんが家へ迎えに来るから、そしたら大人しく帰るんだぞ」

 彩夢は、奇跡だ。と思った。

 「後ろ、乗れるか」

 自転車に跨りながら晟也に聞かれ、彩夢はしゃくりあげなら頷く。


 彩夢は晟也の腰へ恐る恐る手を回す。

 「しっかり捕まっていろよ」

 ぐんぐん上げられて行く速度に、彩夢は夢中で晟也の背中に身を任せる。

 不思議な気分だった。

 風は冷たいのに、心地よくさっきまであった不安や恐怖が、どんどん飛ばされて行く気がする彩夢だった。

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