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第八章 委ねられた自尊心⑨

 もっと警戒するべきだった。我ながら、自分の浅はかさに飽きれてしまう。

 意図も容易く、ドアが開いた時に、いやもっと前だ。椎野木の存在が現れた時点で、気付くべきだった。

 晟也は遠のく意識の中で、自分の愚かさを呪った。


 用意周到に事を企ててきた祥希にしては、あまりにお粗末すぎる。

 一瞬そんなことが脳裏を過ったが、椎野木が何らかの方法で解除させておいたのかもしれない。と、正論付ける自分を否めず、晟也はそのドアを開いてしまったのだった。


 店内はうす暗く、晟也は携帯の明かりを頼りに、前へと進んだ。

 だんだん目が慣れてき他晟也は、眉間に皺を寄せる。

 ぼんやりだが、何かが動いた気がした。

 固唾を飲んでそちらの方へ近寄って行った晟也は、言葉を失う。

 見るも無残な姿で、彩夢はそこに項垂れるように座っていた。


 「五十嵐さん?」

 それは聞き取れないほど小さな声だった。

 「……ごめんなさい。ごめんなさい。わたくしのご主人様はただ一人、あなた様だけです、わたくしを自由にできるのも。どうかお許しください」

 「何を言っているんだお前。しっかりしろ」

 「わたくしはあなた様のものでございます。あなた様の言いつけだけを守り、あなた様にだけ愛される女になります。どうかこんなに穢れてしまったわたくしをお仕置きしてくださいませ」

 怯えた目で言う彩夢に、晟也は息をのむ。


 「困りますね。僕の可愛いペットに、勝手に触れられては」

 背後からの声に晟也はハッとして、振り返ると、そこには棒を手にした祥希が立っていた。

 「あなたが、僕を見張っていたのは知ってました。どうです? 僕の躾は」

 「俺は」

 晟也は言いかけて、その先の言葉が出なくなってしまった。

 あの高飛車で傲慢だったはずの彩夢が、まるで子犬のように祥希に貪りついているのだ。

 「そんなに恋しかったのかい? おいおいお客様の前で、はしたないぞ」

 必死で祥希のベルトを外そうとする手を止められ、彩夢は項垂れまた同じことを来る返し言い始める。

 信じがたい光景である。

 「この通り。君が心配することは、何一つない。お引き取り願おうか」

 「何を言っているんだお前? 自分がしていることが分かっているのか?」

 「ペットは躾が肝心。ご主人様に絶対服従させて何が悪い。それにこれも、自分から求めてきたことだ。そうだね、彩夢」

 「はいご主人様の仰る通りでございます。躾の悪いわたくしを、ご主人様に縛り付けて欲しいと、お願いいたしました。ご主人様はわたくしの躰の一部。一生離れたくありませんわ」

 「悪いが、彩夢は僕無しでは」

 晟也は、祥希が言い終わらないうちに殴り掛かっていた。

 それが愚かなことだと、誰よりも一番晟也が分かっていたが、どうにもその衝動を止めることが出来なかった。

 顔に命中した右こぶしが、祥希の躰をふらつかせ、左の拳がとどめを刺す。

 鈍い音を立て、祥希が床へと崩れ落ちるのを、晟也は呆然と見つめていた。

 手首がちぎれんばかりにのたまう彩夢を見ているのが、辛かった。

 近寄る晟也に、彩夢は汚い言葉を使い、何度も何度も躰を痛めつけて来ていた。

 それが正しいのか、自分の着ていた上着を肩に掛けさせ、祥希の元へ戻ろうとする彩夢を、無理やり引きずるように連れだした晟也だったが、気を揉むのもそこまでの話である。


 一瞬の隙を突かれ晟也はその場へ崩れ落ちてしまっていた。


 狂ったように泣きじゃくる彩夢を抱き抱えた椎野木は、暗がりから姿を現した祥希を見て、目を大きくする。

 「どういうことだ?」

 足元がおぼつかない祥希のねっとりした視線に、椎野木は息を飲む。

 「害虫を排除する、決定的な方法を取りました。これで彩夢様も揺れることはなくなることでございましょう」

 苦し紛れに出た言葉だった。

 「祥希様」

 自分の手を振りきり、祥希の胸の中へと媚びて行く彩夢に、椎野木は手にしていた傘を強く握り直す。

 「殺したい。って目をしているな」

 祥希が携帯片手に、口角を上げる。

 頭から血を流し膝をつく祥希の前でも、椎野木は惨めでしかなかった。

 しっかり晟也に握らせる椎野木を見て、祥希が再びあの目を向けてくる。

 どう足掻いても、この目から逃れることが出来ない。と悟らされる椎野木だった。


 


怪しい雲行きに押し流される二人の運命! って、う~ん。ヤバイ。方向性が……。

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