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第一章 希望を胸に②

自信満々で出社した彩夢だったが、対応に出てきたのはやたらくたびれた感じの中年男性。

前途多難な彩夢の初仕事が始まる。

 経営学を学んで二年。講師の評価は悪くない。何より自分には実力が備わっている。と自負している。源次郎は何も知らないだけ。


 よろしくってよおじい様。この彩夢の実力をお見せてさしあげてよ。


 勇んだ彩夢は、インターフォンへ指を伸ばして行く。

 「はい。どちら様」

 すぐに、しゃがれた声が戻ってきた。

 「わたくし、五十嵐彩夢と申します」

 「五十嵐……。はい。只今」

 乱暴にインターフォンを切られ、彩夢は顔を顰める。

 待つことなく、一人の中年男性が建物から飛び出してくる。

 事務所らしき扉が開き、血相を書いた中年男性が出て来るのが見えた彩夢は、軽く会釈する。

 「おはようございます」

 アメリカならハグするところだが、日本であることに内心ホッとしながら彩夢は出来るだけ明るい声を作る。

 「おはようございます。お早いご到着で」

 確かに特別扱いはされないことは頭にあったが、選りによって初っ端から警備員の出迎えとは、酷い仕打ちである。

 「ええ着任早々遅れるわけにはいきませんわ。で、あなた様は」

 一応のつもりで聞いた彩夢だったが、

 「申し遅れましたが、ここの責任者を務めさせていただいております。桑井正一郎ともうします。こちらを」

 予想外の言葉に、彩夢は一瞬言葉を失ってしまう。

 「ごきげんよう。お目にかかれて光栄ですわ。わたくし、本社から参りました、五十嵐彩夢でございます」

 気を取り直し微笑む彩夢に対し、桑井の眉がハの字に下がる。

 「ご丁寧なごあいさつ、誠にありがとうございます。お嬢様お待ちしておりました。むさ苦しいところですが、どうぞこちらへ」

 「桑井所長様」

 「はい。何でございましょうお嬢様」

 額から吹き出す汗を押さえながら訊き返す桑井に、彩夢はつい眉を顰めてしまう。

 「そのお嬢様っていうのは、お止めになって下さらないかしら」

 「はぁ」

 彩夢にとって、桑井は最も苦手なタイプである。

 「何も聞かされなくて?」

 自ずと強い口調になってしまう彩夢に、桑井はひっきりなしに吹き出す汗を拭う。

 「梶山様から連絡を頂いております」

 「でしたら、ご留意頂かないと、困りますわ」

 「承知しておりますが」

 歯切れが悪い物言いに、彩夢は桑井を訝る。

 「切にお願いいたします」

 「はぁ、そう言われましてもね、なかなか」

 「伏してお願い致します」 

 力を込めて言う彩夢に、桑井は苦笑いを浮かべる。

 「はぁ」

 「よろしくお願いいたしますわね」

 最後の最後にして、拷問にあった気分の桑井である。


 会長秘書なる男から電話を受けたのは、昨晩の九時だった。

 ひと風呂浴びほろ酔い加減になっていた桑井は、受話器の向こうで言われていることを理解するのに、若干時間が掛かってしまっていた。

 「はい?」

 「ですから、来週より孫娘の彩夢様をそちらで一年間、勤務させるよう、と会長からのご命令です。何卒無礼がないよう且つ、特別扱いをなさらないようにお願いいたします」

 「来週? お嬢様? えっとそれは」

 一つに結び付かないままでいる桑井に、咳払いを一つし頼みます。と電話を切れてしまっていた。

 受話器を押し当てたまま、しばし忘却してしまった桑井は唸りをあげ、大きく頭を振る。

 「さっぱりわからん。丁重且つ特別扱いするなって、どうすりゃいいんだ? 母ちゃん、分かるか」

 投げやりな気持ちになった桑井は、テレビを食い入るように見ている妻へ、問いかけたがその答えは嘲笑で終わった。


 なぜ今更になって、が桑井の見解である。

 湧き上がってくる疑念に、桑井の汗が止まらなかった。

 「どこかお加減でもお悪いのですか」

 「いいえ。特に悪いところは。いやぁ、今日は暑いですね」

 彩夢に引かれ、桑井は笑うしかなかった。

 見渡す限り、みすぼらしい建物と途端つくりの倉庫が二棟しかないことに、彩夢は眉根を寄せ振り返り訊く。

 「わたくしは何をすればよろしくって?」

 「そうですね。とりあえず」

 これが悪夢なら今すぐ冷めて欲しい、と願う桑井だった。

 米神から一筋の汗が流れ落ちる。

 「とりあえずですの」

 「いいえいいえ。滅相もございません」

 末端と言っても、天下の西園寺グループ。源次郎の魂胆が垣間見えた彩夢だった。

 「説明もそうですけど、みなさんがいらっしゃる前に倉庫を見学させていただけないかしら?」

 是が非でも成果を出さねばと、彩夢の気が逸る。

 「それは構いませんが、お召し物が汚れやしませんか心配なので、少々お待ちいただいた方が」

 第一印象が大切、と気遣った彩夢の服装がまさか指摘対象になるとは。

 「よろしくってよ勝手に」

 「お嬢様」

 注意を促そうとした桑井だったが、時すでに遅かった。

 自転車が勢いよく入ってきて、彩夢をすれすれに通り過ぎて行く。



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