第八章 委ねられた自尊心②
いよいよ祥希の本性が……。
本社から見捨てられる。閉鎖は間逃れられない。審判を下すための視察。それが今日。 覚悟はしていた。昨日今日始まった話ではない。しかし、彩夢が派遣され、事態が好転して行くのではないかと、ほのかに期待をしてしまっていた。勝手な憶測だがそれでも、 桑井は青白い顔で、時計に目をやる。期待せずにはいられなかった。
「そろそろかい?」
お茶を啜りの身ながら聞いてくる柏木を、チラッと見る。
頼んだわけではない。示し合わせたかのように二時間前から、こうして一緒に待機してくれているのだ。
細かい指示はされてはいないが、桑井はそれ相当の書類を準備をした。不手際はないはずだ。そう思っても、胃が切れるように痛んだ。
居ても立っても居られない気持ちで、二人で表へ出向く。
止められた車から、最初に降り立ったのは祥希だった。少し遅れて、彩夢が姿を出す。
「彩夢ちゃん」
思わず声を上げてしまう柏木だったが、彩夢は目を伏せたままだった。
「おはようございます。お待ちしておりました」
「桑井所長とお会いするのは、これで二回目になりますかな。改めまして。西園寺様から、経営コンサルティングを任されました、十三丘と申します。こちらの彩夢さんは、紹介するまでもありませんね」
あれほど、代表取締役にこだわっていたにもかかわらず、代理とは言え、それを述べなかった祥希に、彩夢は違和感を覚える。
何を考えているのか、まるで意図が読めないのである。同席をさせるべき、的確な人材はもっと他にいたはず。それなのに、なぜ同席を求めるのか、彩夢にはまるで理解できずにいた。
「何、最後のお別れをさせたくってね」
そう嘯く祥希に、懐疑心は晴れなかった。
事務所の奥手にある扉を開き、桑井は二人を通す。
こんな部屋がることすら、彩夢は知らなかった。
テーブルを挟み、三人が腰を落ち着かせると、柏木がお茶を運んで入って来る。
当然のように桑井の隣で腰を落ち着かせようとする柏木に、祥希の顔つきが険しくなる。
それだけで充分だった。
桑井が申し訳なさそうに、柏木を見る。言われるまでもない。柏木は、これは失敬。と言い残し、すぐ退座して行った。
「業務停止日は、十二月末日となります」
資料を広げようとする桑井の手元を見ながら、祥希は本題へとすぐに入る。
驚く桑井を、祥希が滑稽そうに嘲笑う。
この非道なやり方で、祥希はのし上がってきた。それを咎めることなど、彩夢には許されない。ただじっと耐えるしかない、自分が悔しかった。
「遠回しなことを言っても、時間の無駄です。こちらが通告するまでもなく、認知されていることと、報告を受けております」
俯く彩夢を、祥希が見る。
寝耳に水である。彩夢は、手にしていたハンカチを握りしめる。
「待ってください。突然やって来て、そんな無茶な話がありますか。業務整理をするにしても、もう少し猶予を、頂かなければ」
抗う桑井に、祥希は誇張して彩夢に言う。
「彩夢さん、桑井所長は、ご冗談が随分、お上手と見える。君も相当、楽しませてもらったんだろうね」
なかなか顔を上げようとしない彩夢に、祥希が意地悪く笑う。
意を決して顔を上げる彩夢は、震える思いで言葉を絞り出す。
「ええ。ご年配の方も多いですし」
こんなことを言ったとて、祥希に通用するなどと、彩夢にでも分かる。しかし……。
「なるほど」
目を細め頷く祥希を、彩夢はまともに見ることが出来なかった。
「どうしたんです。続けて」
「早く決断された方が、従業員皆さんのためになるかと、存じ上げます」
「と言うことですが、桑井所長」
桑井の視線が痛かった。
彩夢は腕時計へ、目を落とす。
「祥希さん、話が長引いてしまいましたわ。内部視察は、後日に回されてはいかがでしょうか」
「いや、僕としては、彩夢さんがどんな場所で、どんな方たちと過ごされていたのかが、実に興味深くってね」
「ですが」
食い下がる彩夢に、祥希の口元が歪む。
「何か、見られては困ることでも、おありかな?」
冷ややかな眼差しで言う祥希に、彩夢は息を飲む。
「そのようなことは、決してありません」
言い切る桑井を、目を細めた祥希が見る。
「それでは、さっそくお願いするとしよう」
真っ先に立ち上がった祥希が、彩夢を見やる。
「どうしたのです彩夢さん。あれほど、皆さんに、会いたがっていたではありませんか」
気になって仕方なかったのだろう。ドアを開くと、そこには柏木が、待ち構えていた。
「彩夢ちゃん。この方と」
柏木に聞かれ、彩夢はぎこちなく微笑む。
「ええ。式は、来年の予定ですの」
「招待するので是非、出席してください」
柏木の返事はなかった。
「十三丘様、大変申し訳ないですが、やはり今日のところは、お引き取り願いたい。従業員たちへの説明もまだですし」
急に桑井に態度を変えられ、祥希が、眉間に皺を寄せる。
「祥希さん。そう致しましょう。ここの方たちは、とても、元気な方たちばかりでいっらしゃるの。ですから」
半瞬ほど置いて、祥希が彩夢を見る。
「それを聞いて、納得するとでも?」
柔らかい口調ではあったが、その目は笑っていなかった。
「混乱が、生じかねませんわ」
背を向けた窓越しに、彩夢は視線を感じていた。中には、祥希と目が合った者もいただろう。
「君がそこまで言うなら、そうすることにしよう」
祥希が、頬を緩ませ言う。
「祥希さんなら、分って頂けると、わたくし信じておりましたわ」
嬉しそうに祥希が彩夢の腰へ、手を回す。
誰から見ても、仲睦まじく見えているはず。
祥希が、助手席のドアを開く。
一言二言、桑井と挨拶を交わした祥希がドアを閉め、車が発進される。
見送る桑井達に、彩夢は笑顔で会釈した。
怒りをかったのは、間違いない。
ハンドルを握る指が、リズムを刻んでいる。これが何よりの、証拠である。




