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第八章 委ねらえた自尊心①

お嬢様育ちの彩夢はある日、会社の危機を救うため、祖父の源次郎から政略結婚を命じられるが、それに反発。自分の力を試させてほしいと言う彩夢に、源次郎は末端会社である、マルシチ倉庫の勤務を命ずる。しかしそれには条件があった。身分を決して明かしても悟られてもいけないことだが、生粋のお嬢様育ちの彩夢である、まるで正反対の従業員たちとうまくいくはずもなく、小さな諍いはあったものの、何とかなじみ出したのも束の間、事件が起こってしまう。何とか自分を認めさせようと、止めるのを無視して、仕事を手伝った彩夢は、自らの不注意で、荷物の下敷きになりかねる。あわや惨事と言うとき、救ったのは、比嘉晟也だった。不愛想でカゲがある晟也に文句を言いつつ、気になって仕方なかった彩夢の心に、一気に火が点くきっかけになる。そこで新たな試練が彩夢に降りかかる。晟也が女性を連れて歩いているのを、目撃してしまったのである。その衝撃も冷めやらない彩夢を待ち構えていたのは、政略結婚の相手、十三丘祥希だった。

源次郎の言いなりになりたくないが、事態は急転して行くのだった。と言うのが、ここまでのダイジェクトです。

うっつらうっつらしたまま、一週間が過ぎようとしていた。

晟也のことは諦めると心に誓いはしたものの、どうしてもマルシチだけは彩夢の手で守り抜きたかった。それだけが心残りである。

 彩夢は祥希に支えられるように、車へ乗せられていた。

 「どこへ」

 「お父様が会いたがっております」

 「お父様?」

 記憶が混濁したまま彩夢は、窓にもたれかかるように外を眺める。

 「あなたも頑固なお人だ。一週間も食事を摂らないなんて。点滴を受けてください。会うのはそれからです」

 彩夢は、まるで表情のない人形のようだった。

 「祥希さん。わたくしを大事と思うなら、願いを聞いて頂けませんか」

 「彩夢さん、それとこれとは別です。会社を守るためです。どうか諦めてください」

 訊くまでもない。答えはずっと前から決められていたのだから。覆されることなどない戦いを、彩夢はしてきたのである。


 身も心もボロボロである。少しだけ血色がよくなった顔に、彩夢は紅をさし直し、哲司が待つ病室へと入って行く。

 哲司は彩夢を見るたび、開口一番、許しを請う。病気になってしまったことも、経営が行き詰ってしまったことも、すべては自分に責任がある、と言っては涙を流す。彩夢にとってそれは、耐えがたいことだった。

 弱弱しく伸ばされた哲司の手に、彩夢はそっと手を重ね合わす。

 「お父様、わたくしは幸せよ」

 誰が悪いのでもない。自分の意思で決めたこと。その理念さえあれば、どんなことでも耐えていける。

 微笑む彩夢に、哲司は涙を流す。

 長居はお互いのため、禁物である。

 また会いに来ることを約束し、彩夢は病室を出る。

 張っていた気が解かれ、彩夢は足をふらつかせてしまっていた。

 「お嬢様」

 そんな彩夢に救いの手を差し伸べたのは、若槻である。

 利害が一致したものでね。と平然と嘯く祥希に、彩夢はホッとした笑顔を見せた。

 こうなるだろうと、心のどこかで思っていた。寧ろそうなればいい、とさえ願っていたのである。

 「社長は急用が御出来なったそうです。自宅で待つよう、言付かっております」

 「若槻、これで良かったのですね」

 「お嬢様、良く決断されました。これで、西園寺家の未来が開けます」

 慣れ親しんだ笑みを携えたその言葉を、今は信じるしかなかった。和歌子が、この場に居なかったことは、せめてもの救いである。こんな姿を、見せるわけにはいかない。誰からも羨まれる、花嫁でなければならないのだから。


 彩夢が大きな決断をした頃、マルシチ倉庫へ一通の封書が届けらていた。本社からのものである。桑井はその封書を目前にしたまま、難しい顔で腕を組む。内容は見当がつく。彩夢が出社しなくなって、十日が過ぎていた。人伝にいくつか情報は得ているが、どれ一つとっても、信ぴょう性に欠けている。唯一、晟也の怪我に関係しているのは、確からしいが、それも直接聞かされたのではなかった。晟也からは、怪我をしてしまったから、休ませてくれとしか、聞かされていないのだ。


 「桑井ちゃん、難しい顔して、どうしたや?」

 柏木に顔を覗き込まれた桑井は、深い溜息を吐く。

 「なんだい。それは?」

 意を決した桑井は、黙々と封を切る。柏木もその手元を、覗き込んでいた。

 「随分と早い時間に来るもんだな」


 名目は、内部視察とされているが、おそらく一方的に閉鎖へ持って行かれてしまうだろう。期日は、明後日の日付書きされている。柏木がいうう通り、就業前の時間が、指定されているのである。

 「ああ本社も、バタバタしているらしいからね」

 そう言ったものの、何一つ、聞かされてはいない桑井である。

 「ま、経営状態が芳しくない話は、前から噂されていたしな。こちとら、覚悟の上だ。しかしよ桑井ちゃん。ひょっとしたら、彩夢ちゃんが休んでいるのって、このこととなんか関係があるのかい?」

 もう、時は熟しただろう。そう思いつつも、桑井は喉まで出かかった言葉を飲み込んでしまっていた。

 変な間が出来てしまったものの、ぎこちなく笑って見せる桑井を、柏木はそれ以上追及しては来なかった。

 今でこそ、上司と従業員の関係だが、マルシチ倉庫の経歴上では柏木の方が長く、大先輩である。酸いも甘いも、桑井より余程心得ている。

 言い淀む桑井の肩を軽く叩き、柏木は、黙って出て行く。

 柏木がいてくれるだけで、心強い。

 桑井は、携帯を取り出す。

 待つことなく、相手はすぐに出た。

 その通話は、一時間以上に及んだ。

 どう転ぶのか、予測が出来ない。これが今の実情である。明日からの、身の振り方を考えなければならない。その前に。桑井は外へ目をやる。従業員たちにどう伝えるべきか、あぐねる。

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