第七章 穢れた花嫁⑦
取り返しがつかないことを、してしまった。
ひんやりした空気が漂う待合のソファーに、彩夢は一人項垂れていた。
無謀すぎた。源次郎になど勝てるはずがないのに……。惨めだった。何て愚かなことをしてしまったのだと、後悔が彩夢を攻めたてる。晟也が処置室へ入ってから、かれこれ二時間が経つ。一向に出てくる様子がないままだった。
晟也は、大丈夫だと言っていたが、そうではないことぐらい、素人の目でも分かった。
勢いよく走ってくる靴音が聞こえ、彩夢の顔が強張る。
祥希だと思ったのだ。しかし、それはまるで別人のものだった。
あの子だ。
晟也と一緒にいた、佐武凛子だと、彩夢は分かると、跳ね上がるように立ち上がっていた。
余程慌ててやって来たのだろう。
凛子は肩で大きく息をしていた。
「せいちゃんは?」
聞かれても、彩夢はすぐに言葉が出てこなかった。
「どういうことですか? 運ばれたぽいって、友達からメールが回ってきて。家に行ったら、せいちゃんが居なくて。全然、電話も繋がらないし」
ものすごい剣幕で、凛子に言い寄られ、彩夢は圧倒させられてしまっていた。
「リン。お前、何でこんなところにいるんだ?」
処置室から出てきた晟也は、右腕を固定されていた。
「何でじゃないよ。電話、全然つながらないしさ。めっちゃ心配したんだからね」
「大袈裟だわ」
安堵からなのか、凛子の瞳から涙があふれ出ていた。
「その手、どうしたの? 何があったの?」
矢継ぎ早に問い詰めてくる凛子を無視して、晟也は彩夢を見ていた。
「大したことないから」
不愛想に晟也から告げられ、彩夢の顔が強張る。
何ていいのか分からないのだ。
「リン、帰るぞ」
その言葉を聞いて彩夢は焦る。
「お待ちになって」
急に大きな声を出され、凛子が驚いた顔で彩夢を見る。
「わたくし、どう責任をお取りしていいのか……」
彩夢は晟也の顔を、まともに見ることが出来なかった。
「どういうこと?」
目を瞬かせ、凛子が晟也の顔を見上げる。
「そんなもん、いらん」
「しかし、そういうわけには参りませんわ。すべてわたくしのせいなのですから、責任を取るのは当然の義務ですわ」
「義務って」
面倒くさそうに、晟也は頭を掻く。
「もしかして、この人のせい?」
「いらんもんはいらん」
きっぱり断る晟也に、異論を投じたのは凛子だった。
「せいちゃんを怪我をさせたのって、この人? マジムカつく。あんた何してくれちゃったの? もうせいちゃんも、こういうことは、はっきりせておかないと駄目なんだからね」
「リンはいいから」
晟也が慌ててリンの口を塞ぐが、それはすぐに剥がされてしまう。
「何、良い人ぶっちゃっているのよ。1000万。ううん、一億。それくらい慰謝料請求してもいいくらいのこと、せいちゃんはされたんだよ。あんたちゃんと払ってよ」
「承知いたしました。必ずお支払いいたしますわ」
真顔で言う彩夢に、晟也はいささか焦った。
冗談でも成り行き上の勢いでもない、本気でいっている。それが、どんな手法をとってもだ。躰を売ろうが、闇金融で借りてこようが、彩夢の勝手だが、そういうもの一切に、晟也は関わりたくないのだ。
食い入るように見つめる彩夢から、逃れるため、晟也は口任せに、ここの支払いを頼んだ。異議申し立てる凛子の首根っこを掴み、晟也は出口へ言い股で歩いて行く。
一人取り残された彩夢は、呆然と立ち尽くしていたが、晟也の姿が見えなくなった途端、全身から力が抜け落ちてしまっていた。
ふと、人の気配に気が付き、彩夢は顔を上げる。
「彩夢様、お迎えに上がりました」
疲れ切った顔で微笑む彩夢に、椎野木が深く腰を折る。
「十三丘様が、お待ちです」
「そ」
追い越して行く車窓から、歩道を歩いている二人が見えていた。
彩夢はそっと目を瞑る。
浅はかな夢を見過ぎた。そう思えばいい。




