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第七章 穢れた花嫁⑥

 「とりあえず、ここへ座れ」

 晟也は彩夢を卓上へ座らせて

 「こちらは? 何かの作業所ですの?」

 明かりが灯された部屋は、雑然としていた。

 泣いていたカラスが、何とやらである。

 ケロッとした顔で言う彩夢に、晟也はつい笑いそうになってしまっていた。

 「ここは、何をされる場所ですの?」

 「こちらは、俺の御殿だ」

 彩夢が驚いたように、目を丸くする。

 すっとぼけるのも、ここまでくると怒る気がしない、晟也である。

 「汚い顔しやがって」

 晟也は首に巻いていたタオルを濡らすと、彩夢目がけ放り投げる。

 「ナイスキャッチ」

 辛うじて受けとめたタオルに、彩夢は嬉しそうに笑う。

 晟也は呆れて、物が言えなかった。

 「成るほど。そうなんですね」

 タオルを握ったまま、彩夢は晟也の部屋を見回し、一人納得の声を上げていた。

 薬を手に、晟也は彩夢の前で胡坐を掻く。

 「寄越せ」

 タオルを引っ手繰られ、彩夢は晟也を怒らせてしまったと思うが、しかしそれは違っていた。

 乱暴だが、晟也は汚れをふき取り、怪我の手当てをしてくれているのだ。

 「応急処置だから、明日にでも病院で診て貰えよ」

 そう言いながら、晟也は電話を掛けようとしていた。

 「ここに、いてはいけませんか?」

 「あんた、自分が何を言っているのか、分っているのか?」

 半瞬ほど遅れて言う晟也に、彩夢は思わず抱き付く。 

 「お願いです。わたくし、このご恩は一生忘れませんわ」

 「時代劇でもあるまいし、何を言ってんのか、本当にあんた分ってる?」

 「分かっております。わたくし、何でも致しますわ。一晩だけでいいの。お願い」

 「断る」

 しがみついてくる彩夢を、晟也は無理矢理剥ぎ取る。

 「これだけお願いしているのに、なぜ、お受けしてくださらないの?」

 「少し、冷静になれ」

 「彼の言う通りです。彩夢さん」

 突然、割り込んできた声に、彩夢は息を飲む。

 薄笑いを浮かべた祥希が、玄関で立っていた。

 「何度かお呼びしたのですが、聞こえていないようなので、勝手に入らせていただきました」

 身を凍らせる彩夢に、祥希が微笑みかける。

 「探しましたよ。彩夢さん」

 彩夢は、言葉が出なかった。

 「待てよ」

 「放したまえ。現場は押さえました。もう言い逃れは出来ませんよ」

 止める晟也を無視して、祥希は土足のままずかずかと中へ、上がって来ていた。

 「不法侵入で、警察呼ぶぞ」

 祥希が冷ややかに笑う。

 「呼んでくださって結構。果して困るのは、どちらなのでしょうね、彩夢さん」

 ジリジリと近づいて来る祥希に、彩夢は息が出来なくなる。

 「彩夢さんにも、困ったものです。こんな男に、騙されるなんて」

 理解に苦しむ晟也が、彩夢を見る。

 「彩夢さん、火遊びはここまでです」

 逃げ場がないことを、彩夢は思い知らされてしまう。

 観念するしかないのだ。

 祥希の手が腰へ回され、彩夢は唇を噛む。

 「おい待てよ」

 祥希を咎める晟也の声が、遠くに聞こえた。

 「あなたには、後ほど、弁護士から連絡させます」

 「何だよそれ」

 「さぁ帰りましょう」

 後ろ髪を引かれる思いで、彩夢は振り返る。

 助けて欲しかった。でもこれ以上、巻き込むことはできないとも思った。

 「十三丘様、わたくしが悪うございました。どうかお許しください。比嘉様は、何も悪く、ございませんわ。怪我をしていたわたくしを解放してくださっていただけですわ」

 「話は後で、ゆっくり聞かせていただきます」

 「お願いです。彼は、比嘉様は、わたくしの命の恩人ですの。ですから」

 「なぜそれほど、彼を庇うのです?」

 ぞっとするほど冷たい目をする祥希に、彩夢は息を飲む。


 「だから待ってって言っているだろ? 」

 肩を晟也に掴まれ、振り向き様、祥希が殴りかかって行く。

 瞬発力は、晟也の方が上である。

 こんな怒りを顕わにする祥希を見るのは、初めてである。

 「比嘉様、助けて頂き、ありがとうございました。さ、十三丘様、参りましょう」 

 「待てよ」

 「本当に大丈夫ですから」

 何としても、晟也を巻き込むことだけは避けたい彩夢である。

 祥希の車が、すぐそこに見えていた。

 突然、祥希が後ろへなぎ倒され、彩夢は唖然となる。

 何が起こっているのか、彩夢は理解できずにいた。

 手が引っ張られ、唾を吐き出す祥希が、こちらを睨む。

 「人のものを横取りとは、褒められませんね」

 「うるせぇl。そんなこと知るか」

 彩夢は気が付くと、晟也に手を取られ、走っていた。

 このままで済むはずがない。悲しいが、認めざるを得ない事実である。

 「もう本当に大丈夫だから。わたくしたちのことは放っといてください」

 彩夢が出来ることは、この手を振り解くことだけだった。

 「良いから早く中へ」

 手が引き千切れるかと思うくらい強い力で、彩夢は部屋の中へと入れられていた。

 「おい、鍵を閉めたか。俺が良いぞっと言うまで、絶対に出て来るなよ」

 「でも」

 彩夢は立っていられないほど、躰が震えてしまっていた。

 「良いから。俺の言うことを聞け」

 彩夢は怖かった。

 「そこを退くんだ」

 怒りに満ちた祥希の声に、彩夢は震え上がった。

 ここから出て行かなければ。そう思うのに、躰がいうことを聞いてくれないのだ。

 「断るって言ったら」

 お願い。わたくしのことはもう。

 彩夢は両手で顔を覆う。

 「彩夢さん、惑わされてはいけない。僕と、帰るんだ」

 「何かよく分からないけど、本当にこんな奴で良いのか? あんた」

 交互に聞こえてくる声が、尋問のように、彩夢を苦しめる。

 「そこを退け」

 「嫌だね」

 その直後に、鈍い音がドアの向こうから聞こえてきていた。


 助けなければ。そう思うのに……。

  

 サイレンの音が、どこからともなく聞こえてきていた。

   

 しばらくして、チャイムが鳴らされるのと同時に、ドアが叩かれる。

 「警察です」

 その言葉を聞いても、彩夢は動く気になれずにいた。

 「もう、出て来ていいぞ」

 やっと生きた心地が戻った彩夢は、恐る恐るドアを開く。

 晟也が二人の警察官に支えられ、立っていた。

 「本当、あんたに関わると、ろくなことないな」

 皮肉を言う晟也を見て、彩夢は両手で顔を覆う。

 晟也は、何もわかっていないのだ。

 これで済むはずが、ないのである。

 



 


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