第七章 穢れた花嫁①
腰へ回される祥希の手から、彩夢は逃げ出したかった。
代わる代わるに祝辞が交わされ、彩夢は笑みを絶やさないようにするのが、精一杯だった。
「会長、お招きいただき、ありがとうございます。古希、おめでとうございます」
満面の笑みで頷く源次郎に気を浴した祥希が、話を続ける。
「いかがです今日の彩夢さん。素敵だと思いませんか?」
「そうだな彩夢、魅力的だぞ」
「すべて、僕がコーディネートさせていただきました」
「まぁ趣味がお悪いこと」
清江に水を差され、祥希が眉を動かす。
「彩夢さんこちらへ」
「お待ちください」
祥希を見る清江の目に、厳しいものがあった。
「何か、勘違いされていませんこと?」
「そう申しますと」
「わたくし共は結婚を認めましたが、彩夢をあなたの所有物にさせた覚えはありません。彩夢さんも彩夢さんです。恥を知りなさい。恥を。女性にとって肌がいかほど大切か、この間、とくと教えたばかりじゃありませんか」
穏やかな雰囲気が、一変したのは確かである。
清江は自分が身に着けていたスカーフを彩夢の肩へかけると、源次郎に厳しい目を向ける。
「どこが美しくって。嫁入り前の娘がはしたない」
きっぱり言い切る清江に、彩夢は息を飲む。
「少し、奇抜すぎましたでしょうか」
にこやかに言う祥希を清江は見ようとしなかった。
「彩夢さん、わたくしは西園寺家に恥じないよう、あなたを躾てきたつもりでしたのに、なぜ、このような悪趣味をお断りいたしませんでしたの?」
彩夢は何も言い返すことが出来なかった。
「悪趣味とは、これは聞き捨てなりませんな」
半笑いで言い返す祥希を、清江が睨む。
「十三丘様、何か御考え違いなさっておりませんこと」
「仰っている意味が少々」
「主人から聞かされている話とは、だいぶ違っておられますのね」
わずかに祥希の顔が強張る。
「清江、祥希君にし連れだ。もうその辺で止さないか」
難しい顔をする源次郎に割って入られ、そこで話が終わる。
彩夢は動けず、その場に立ち尽くしてしまっていた。
急に笑い出した祥希に、清江は眉間に皺を寄せる。
「うわさでかねがね聞かされておりましたが、その通りのお方で、驚きました。嫌西園寺会長にふさわしい奥様でいらっしゃる」
満面の笑みで言う祥希を、清江は鼻で笑う。
「そのようなおべんちゃらは結構。彩夢さん、あなたはもうお帰りなさい。そんなみっともない格好でうろつかれては西園寺家の恥です」
「清江、もう止さんか」
「いいえ止めませんわ。教育にあなたは口を挟まない約束でしたわよね」
「そうだが」
彩夢は驚かされていた。清江にここまで発言権があるとは、今の今まで知らずにいたのである。
「何をぐずぐずしているのです」
「では、今日のところは、僕も帰るとしましょう。さ、彩夢さん参りましょう」
「十三丘様。ここまで頭がゆるい片だとは存じ上げませんでしたわ」
祥希の顔が一瞬引き攣る。
「何のことでしょうか」
清江が鼻で笑う。
「そこまで説明をして差し上げないと、分らないのかしら。ここは社交の場。仮にも西園寺グループの社長代行であるあなたが、あの方々を無視して、お帰りあそばされますの? 無礼千万も甚だしいですわね」
清江の気迫は見事なものだった。
祥希の顔から、危うく笑顔がなくなりかけていた。
「いやぁ参りましたね」
取り繕ったかのように笑って言う祥希に、清江はどこまでも厳しい態度を取り続ける。
「十三丘様と仰ったかしら、彩夢はわたくし共のたった一人の孫娘。正式に婚約なさったわけでもないこの子に、軽かる敷く触れられては困りますわ。節度をお持ちなさい」
「もう止さんか。祥希君、申し訳ない。うちの家内はどうも気が強くてならん」
「いいえいいえ。実に理想の奥様でいらっしゃる。彩夢様にもその血が流れておられると思うと、心強いです」
嫌気を露骨に顔を出す清江に、祥希は余裕の笑みを浮かべてみせる。
「何をしているのです彩夢さん」
行くに行けないまま立ち尽くしていた彩夢だったが、凛とした顔で清江を見る。
「おばあ様、そういうわけにはいきませんわ」
彩夢の態度は、祥希を喜ばせた。
「奥様の躾が行き届いておられる。実に素晴らしい女性だ彩夢さん。西園寺会長、そして奥様、必ず彩夢さんを幸せにすること、ここで誓います」
そっと祥希の腕を取り会釈する彩夢に、清江は眉を顰めるばかりだった。




