第六章 付けられた烙印⑥
彩夢と面識がない人ばかりが集まっていた。
「一体この人たちは、どんな集まりなんです」
率先して聞く坂東に、祥希は目じりを下げる。
「この方たちは、僕たちが支援している団体の人たちで」
「支援? 凄いわね」
坂東ならずとも、そこに居合わせた誰もが同様の反応を見せていた。
「学生時代から続けている活動で、微力なんですが、いろんな方面から手助けできたらと、立ち上げたのが始まりです。今では良い関係が築けていることに、埃を持っています。大変申し訳ございません。僕たちは用意がありますのでいったん下がらせていただきます。どうぞ皆さんは気兼ねなく、どんどん料理に手を伸ばしてください」
彩夢は腰に手を回され、顔を強張らせる。
「どうぞどうぞ」
「では僕らは」
反論する隙を与えず、祥希はそのまま彩夢をエレベーターへ乗せ、静かに微笑む。
何も言わない祥希が、返って不気味で仕方がない彩夢である。
カードキーでドアが開かれ、祥希が彩夢の背をそっと押す。
「これは?」
部屋は、真紅のバラで埋め尽くされていた。
「どうやら彩夢さんは、夢見がちなお姫様のようなので」
祥希に微笑まれ、彩夢は顔を強張らせる。
「さ、中へ」
「十三丘様」
振り返ろうとする彩夢の唇を、祥希が奪う。
「何をなさるの?」
彩夢は無我夢中で祥希を引き離し、頬を打つ。
「ますます気に入りました」
頬を押さえ、祥希が薄く笑う。
「わたくし、帰らせていただきますわ」
「あの男のどこが良いんです?」
彩夢は後退り、ノブに手を掛ける。
「そんなこと」
声を震わせ言う彩夢の顎を、祥希が人差し指でしゃくり上げる。
「あの男は彩夢さんの害になるだけ。あなたを幸せに出来るのは、この僕だけってなぜ分からないのです?」
祥希が詰め寄る。
恐怖に満ちた目で彩夢は祥希を見ていた。
緊迫した空気が漂う中、部屋のチャイムが鳴らされ、彩夢は助けられた。と思う。
開けられたドアの前で、髪を一つに束ね、黒エプロンをつけた女性が深々と頭を下げる。
「このたびは婚約、おめでとうございます。本日、わたくし、勅使河原が心を込めてお支度を手伝わせていただきます」
「僕は、席を外すとしよう」
部屋を出て行く祥希を、彩夢は目で追う。
逃げるのは今しかない。そう思った彩夢は、勅使河原の顔をジッと見つめる。
「勅使河原さん」
思い切って口を開く彩夢に、勅使河原が愛想の良い笑顔を向ける。
「まずはスキンケアからして参りましょう」
そう言いながら背中を押す勅使河原に助けを求めようと、彩夢は口を開き掛けていた。
「でもうらやましいですわ。十三丘君とは中学高校が一緒でしたのよ。その頃から才気のある方で、それに奢ることのないあの性格でしょ、皆の憧れの的でしたのよ」
嬉しそうに話す勅使河原に、彩夢は目を瞠る。
「今だから白状しちゃいますけど、わたくしもその一人でしたの」
言いそびれてしまった彩夢は、ぎこちなく微笑み返す。
彩夢はアロマの炎に囲まれ、全身をマッサージする勅使河原は、祥希の話を昏々とし続ける。
断念するしかなかった。
「本当に、この色が良くお似合いになりますこと」
胸元に大きなリボンがあしらわれた真紅のドレスを着た、彩夢が姿が映っていた。
「彩夢さん、思ったとおりだ。その色が良く似合う」
いつからそこにいたのか、祥希が壁にもたれ立っていた。
勅使河原が丁寧に頭を下げて下がっていく。
「仕上げは、僕にさせてください」
アグレットをつけた足へ口づけをされ、彩夢はゾッとした目で祥希を見る。
「十三丘様」
「美しい。僕好みの香りだ」
うっとりした顔をした、祥希が後ろから腕を回され、彩夢の強張った顔が鏡に並んで映る。
「わたくしは」
祥希は、そのまま彩夢の唇を奪う。
濃厚な口づけをしてくる祥希を拒む、気力が彩夢にはなかった。
「あなたは僕のものだ」
耳元で囁いた祥希の手が、胸元へと伸ばされる。
「残念だが、行かないとなりませんね」
立たされた彩夢はよろけ、一人で立つこともままならなかった。
祥希に口元がわずかに緩む。
「皆さん、お待たせしました」
無表情で現れた彩夢を目にした途端、誰もが歓声を上げる。
「キャー彩夢ちゃん、凄い凄い。そのドレス、良く似合っている。もう本当に綺麗な子ね」
坂東に褒められても、恥ずかしさからなのか、彩夢は目を伏せたままだった。
「彩夢、あんた」
そこまで言いかけた保科を、桑井が窘める。
「今日はお招きいただき、大変ありがとうございます。五十嵐さん、お綺麗ですね」
「お褒めに頂き、誠にありがとうございます。彩夢もお礼を言って」
顔を上げようとしない、彩夢だった。
「困った人だ。すっかり緊張しちゃって。早くこういう場にも慣れて貰わないと」
彩夢の顔を見ながら言う祥希に、桑井が苦笑する。
「ちょっと。そのダイヤ何カラットあるのよ」
目を爛々と輝かせる坂東に、祥希は愛想の良い笑みを浮かべるばかりで、彩夢は何の反応も見せなかった。
「あら」
にやけた坂東が、保科に目配せをする。
「やっぱ、うちら帰るわ」
「まだいいじゃありませんか。ぜひ、ゲームにも参加して行ってください」
「あら、そんなのまであるの?」
「微々たるものですが、景品もご用意してあります。ぜひ当てて行ってください」
「もう少しゆっくりして行きましょうよ」
「ばんちゃんはごゆっくりどうぞ。あたしは帰る。所長は?」
「私もこれで」
怒った素振りでありて行く保科とともに桑井が会場を後にするのを、坂東も名残惜しそうに追って行く。
フッと祥希が、鼻で笑う。
「彩夢さん、これからはお付き合いする方も、選別しなければなりませんね」
上機嫌で言う祥希の顔が、見る見る険しくなる。
その目の先に、人をかき分けやって来る人影があった。
「彩夢お嬢様、お待たせして申し訳ございません。お荷物はこれだけでよろしいでしょうか」
「何のつもりです」
不快を顕わにする祥希に、椎野木が深々と腰を折る。
「お加減が悪いように、お見受けしました。今日は連れて帰ります」
有無なしで祥希の腕から、椎野木は彩夢を剥がすと、再び頭を下げる。
「おい。何の真似だ」
肩を掴まれ、椎野木は祥希を睨む。
「彩夢様を傷つけるのだけは、俺が許さない」
椎野木に抱きかかえられ、出て行く彩夢を見て、会場が騒めく。
慌ててその場を言い繕う祥希が、ドアに遮られ、椎野木は彩夢を抱き上げる。
自分の腕の中でぐったりする彩夢を、出来ればこのままどこかへ連れ去りたいと思う。が、椎野木は深い溜息を吐く。
それは、彩夢が望むことではない。
椎野木はもう決めていた。
彩夢を後部座席に寝かせ、ドアを閉める。
今にも雨が降りそうな雲行きだった。
椎野木はアクセルを強く踏む。
もう、迷っている場合ではないのだ。




